第5話 公女様からの手紙
三日後。ルーシーの事務所に、件の依頼主であるルドルフが呼び出され、応接スペースへと案内された。
アルトも夕刻で放課後だからと、部屋の隅に事務椅子を持ち込み様子を見守っている。
「結論から言います。申し訳ありません。……駄目でした」
ルドルフは、小さく頷いた。
「と言うことは、セリアと話すことは出来なかったのですか?」
「いえ、話すことは出来たのですが……」
ルーシーはルドルフが事務所を訪れるまで、彼に対してどう説明をしようか悩んでいた。
だが結局アルトと相談した結果、飾らずに正直に話そうと言うことになったのだった。
そして、丁寧に彼女の気持ちを伝えていく。
「……そうでしたか。ここまでハッキリ言われたら、もう見込みはないですね」
ルドルフは、無理矢理笑ってみせた。
「すごく、スッキリしました」
ルーシーは、生まれて初めて人の笑顔に、悲しさを感じることがあるのだと思った。
だからか彼女は言葉を紡ぐことが出来ず、無言でルドルフの前に封筒を置いた。その封筒は、薄桃色の上品さを感じられるデザインのものだった。
「……これは?」
「……公女様から、スミスさん宛のお手紙です。帰り際に、侍女の方から預かりました」
もちろん内容は確認していないので、ご自宅に戻られたらゆっくり読んでください、と付け加えた。
ルドルフは息を呑んだ。一体それには何が書かれているのだろうか。先程の彼女の話を聞いた後だと心細くて封筒を開くことができなかった。
「……ここで読んでもいいですか?」
彼女は思わずアルトと顔を見合わせて、頷き合った。
「……どうぞ」
ルドルフは封筒の封を切って、中の便箋を取り出した。それは二枚入っているようだ。
しばらく無言でそれを読み、途中で目頭を熱くして下を向いたまま動かなかった。
二人は心配になって声をかけようとするが、すんでのところで堪えていたがルドルフの方から声をかけたのだった。
「是非、お二人にも読んでいただきたいのですが」
「いいんですか?」
ルーシーが思わず聞き返すと、ルドルフは無言で頷く。その手紙を預かると、アルトと一緒に読み始めた。
『改めて、私の気持ちを手紙に書こうと思います。
正直に言います。私はあなたが内心では人を見下すところが嫌で、別れを切り出しました。
先程、あなたが依頼した何でも屋のルーシーから、こう言われました。
「身分が高い者が下の者を見下すのは当然だ」と。
私は、正直に言って憤りました。ただ同時に、彼女に誰にだってそう言う気持ちは、あるものだと言われ、内心同感だなとも思ったのです。
考えてみると、私にだってそう言うところがあります。それなのに、私は、あなたにだけ自分の色眼鏡だけで判断して、厳しくしてしまった。
こうして、自分の正直な想いを書き綴っていると、私はあなたを軽蔑したことを後悔していきました。
そもそも、結婚が近づき、この国を一緒に背負って行かなければいけない重責に押しつぶされそうになっていて、あなたの粗ばかりが目についていたのだと思います。
思い返せば、あなたはいつも私を思って行動してくれていたのに』
一枚目の便箋を読み終わると、二人は大きく息を吸った。
あまりにも素直な文面と気持ちに、心が持って行かれそうだった。
ともかく、二枚目の便箋に目を通した。
『一方的に、別れを切り出したことを謝りたいです。
ただ、あなたのことは前のように見れなくなっているのも事実です。でも、あなたともう一度向き合いたいとも思うのです。
あなたが許してくれるのなら恋人ではなく、一旦、以前のような関係からやり直しませんか。
お返事をお待ちしています』
手紙を読み終わり、ルーシーはルドルフの方に視線を移す。彼は大きく頷いている。
「もう一度、恋人ではない関係からやり直してみたいと思います。……例えまた、恋人に戻れなくてもいいんです」
そう言うと、気持ちの良い笑顔を見せた。
「スミスさん……」
「ルーシーさん、アルト君、本当にありがとう。あなた方のおかげでセリアの気持ちと、大切なことに気がつかせてもらえました。こんな無茶な相談に乗ってもらえただけでもありがたいのに、本当にありがとう」
そう言って彼は深々と頭を下げて、成功報酬を支払うと、事務所を後にしたのだった。
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「……僕も、ここからやり直してみようかな」
アルトが呟くが、聞いていないのかルーシーは報酬を確認しながら戸惑いだす。
「そもそも、成功報酬をいただいてしまったけど、今回の依頼って、成功したと言えるのかな……」
青くなっている彼女を横目に、彼は片目をつぶって答えた。
「まあ、色々あったけど復縁は出来ていないわけだから、成功とは言えないね」
「……そうだよね」
更に青くなってくる。
「でもいいんじゃないかな。……あんなに気持ちの良い笑顔を見せてくれたわけだし、二人の関係には可能性も残っているわけだしね」
ルーシーは釈然としない気持ちもあったが、今はアルトの言葉を反芻して、納得するようにした。
「そうだね」
そして、ホッとしたからかあることに気がついた。
「……そうだ、アルト君。これからもうちで手伝ってくれる?」
「うん、そのつもりだけど……」
「良かった! 本当にまかないぐらいで、金銭的なものは財政的に厳しくて出せないから、アルト君が去ってっしまったらどうしようって思って」
ルーシーは、ふと思いついた。
「……アルバイト代の代わりにはならないとは思うけど、いつか必要な時が来たらアルト君も私に何かを依頼をして欲しいな。内容によっては報酬ももらうかもだけど。……でも、割引しておくからね!」
アルトはドキリとした。正直今すぐその権利を使ってしまおうとも思ったが、やめておいた。
使ったところで、とてもどうこうなる問題でもないと思ったのだ。
「うん、分かった。……その時が来ることがあったら、頼もうかな」
うん、と笑顔で頷いて部屋の掃除を行うために用具室へと向かったルーシーを眺めながら、その日が来ることがなければ良いなと、アルトはぼんやりと思ったのだった。
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