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終止符からのルーシー 〜なんでも屋で解決します〜  作者: 清川和泉


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第4話 公女様への説得

ご覧いただき、ありがとうございます。

「失礼致します」

 

 室内へ入ると茶色のセミロングの髪に、緑色の瞳が印象的な女性が椅子に座って本を読んでいた。彼女は、グリーンの花が控えめに描かれている上品な印象のワンピースを着ている。

 今時電子ではなく紙の本を読んでいる人は少ないようだが、彼女は文庫本をテーブルに何冊か重ねて読んでいた。

 

 ルーシーは震える手をなんとか抑えながら、彼女の近くのテーブルに音を立てずにティーカップを置くことが出来た。

 続けて焼き菓子が数種類入った皿も置くと、静かに背中を向けないように注意して下がった。

 

 ふと公女セリアが顔をあげ、ルーシーに気がつくと声をかけようとするが、彼女のとある気配に気がつき、息を()む。


「ありがとう。……あなたは、初めて見る方ですね。今日から入った方ですか?」


 思わぬ丁寧な口調に、ルーシーは固まりながらも感動していた。


(身分が高い方なのに気取ったところがまるでない。こんな方、他にもいたんだ)


 感慨に(ふけ)りたいところだったが、間を作ってはいけないと思いすぐに返事をした。


「はい、ルーシーと言います」

「そう」

 

 さて、とルーシーは思った。

 ここからルドルフとのことをどう切り出せば良いのか。もちろん無計画(ノープラン)だった。


(え? え? この空気はもうこれ以上ここにはいられないよね。でも、きっとこの先、こんなチャンスもう二度とないと思う)

 

 ──でも怖かった。


 目の前の、再び文庫本を読み始めた公女に声をかけ、ましてや恋愛事情を聞き出すなんて、なんて難易度なんだと改めて思う。……だけど。


『私は、自分の過ちを正すためにも、誰かの役に立ちたいんです。そのためには、なるべく賃金が発生するやり方で、責任を持ってあたりたいと思っています。それにはやっぱり……』

 

 かつて、唯一の友人が自分に語ってくれた言葉が脳裏によみがえった。


(ジェシカ、お願い。私にあなたの勇気を分けて)


 静かに目を閉じると、金髪の長髪の少女が静かに笑いかけてくれている気がした。ルーシーは目を開け、そっとカチューシャに触れた。


「……公女様。失礼を承知でお伺いします」


 鼓動が速く鳴り響き始める。


「何」


 先程とは違い、少し低い声が響く。


「……実は、私はスミスさんの知り合いで、あなたの気持ちを知りたくてここまで来ました」


 セリアは文庫本をテーブルに置いた。


「……ああ、そう言うこと」


 様子が変わり、鋭い目つきに変わった。


「あなたは、どうしてそれを私に聞くの? 聞いてどうするつもり? もしかしてルドルフと付き合いたいけど、今だに私に未練があるから断ち切らせようとか、そんなところかしら?」


 ルーシーは、静かに首を横に振った。


「いいえ、実は私は何でも屋なのです。スミスさんは私の雇用主で、私にとあることをご依頼されました。守秘義務があるので内容はお話することは出来かねますが、本日はその依頼を遂行するのに必要な、公女様のスミスさんへの気持ちを伺いたくまいりました」

 

 正直、自分が何を言っているか分からなかった。

 道理も通っていないし、第一自分の正体やルドルフのことを明かすのはおそらくマナー違反だろう。

 

 だがそれぐらい打ち明けなければ、とても取り合ってもくれない相手だと直感で悟った。


「正体や目的を明かしてしまうのね。あなた、面白い」


 セリアは素直に笑った。


「どんな依頼か気になるし、……大体予想もつくけど、いいわ。あなたの勇気に免じてそこは聞かないで、私の気持ちだけ教えてあげる」


 ルーシーは、思わず息を呑んだ。


「お話、……いただけるのですか?」

「ええ」


 言ってセリアは彼女に自分の向かいの席に座るように促した。

 ルーシーは遠慮をしたが、私がいいと言っているのだからと言われ諦めて座る。


「もったいぶるのは嫌だから、結論から言うわね。私はもうルドルフに対して恋愛感情は無いわ」


 ルーシーは緊張して声が中々出せないが、なんとか振り絞った。


「……それは、どうしてですか?」

「人を見下しているから」

「え……」


 セリアはティーカップに口をつけて、静かにソーサラーに置いた。


「意外でしょう? 物腰は割と柔らかいし、そう言った言動だって殆どない。……だけど、明らかに私の侍女たちに対しての対応が違うって、今更ながら気がついた」

 

 四年も付き合ってたのに最近気がついたの、とセリアは自嘲気味に言った。


「……それって、何か問題があるんですか?」

 

 セリアは目を見開く。


「侍女たちの対応が違うって、何がどう違うんですか?」

「何がって、……例えば学歴の良い侍女とそうで無い侍女と態度が違ったり……」

「それって、当然のことだと思います」


 セリアは憤ってルーシーを(にら)みつけた。


「私だって、この世の中には平等なんて無いって思ってる」

「はい、その通りだと思います」


 ルーシーは何故か譲れない、譲ってはいけないと言う気持ちに支配されてしまった。

 

 目の前にいるのは公女なのに、自分に対して睨みつけているのに、先程まであんなにも緊張して震えてものも言えなかったのに。


「だからこそ、地位の高い方はそれが許されているのだと思っていました。……私は一番下の人間でしたから、それを受け入れなければ生きていけませんでした」


 余計なことを言ってしまったと思いながら、ルーシーは息を吐いた。


 セリアは、先程から気にかかっているルーシーのあることに対しての気配と、考え方が偏っていること、そして言葉の微妙な(なま)り等を結び付けてあることに気がついた。


「あなた、……もしかして、三年前に保護したと言う……」


 セリアは、目を閉じて考え始める。


「あなたの仲間も訳ありだし、……ルドルフはまた、大変なところに相談してしまったものね」

 

 ルーシーにはその呟きを聞き取ることが出来なかったが、セリアは少し柔らかい表情になってくる。


「ルーシー、あなたの考えは良く分かったわ。でもね、私は公女として世の中の不平等に目をつむるわけじゃないけど、それを是としてはいけないとも思っているの」


 ルーシーの中の熱が冷めた気がした。


「……過ぎたことを言ってしまって申し訳ありません」


 咄嗟に立ち上がって頭を下げた。


「いいの。それよりも、もっとあなたの意見を聞かせて」


 ルーシーは先程、自分の意見を発言したことによる脱力を感じながらも、必死に頭を働かせた。


「それでは、身の程を弁えず、行き過ぎた意見をあと一つ述べることをお許しください。……私は、スミスさんが誰かを見下したり、心のどこかで差別をしている事実は知りません。……ですが、人って割と皆んなそう言うところが、あると思うんです」

「だから、許せと?」

「だからだとは言いません。ですが、だからと言って、スミスさんの良いところは変わらずにあると思います」

 

 言って、ルーシーは胸に手を当てながら、この言葉が少しでもルドルフの役に立てますようにと、願いを込めた。


「せめて、スミスさんのこう言うところが私は嫌だったとか、受け入れられなかったとか、彼に説明をしていただくことは出来ないでしょうか」

 

 ルーシーの瞳の奥は、真剣だった。


「それをして何になるの? 結局別れたくないって、すがりつかられるのがおちよ」

「でも、今のままよりは幾ばくかは良いのではないのでしょうか。……彼は私に、無茶な依頼をしなくてはいられないくらい、きっと追い詰められていると思うんです」

「復縁なんかしないし、するつもりもない。私はね、一度切れた気持ちをつなぎなおせるほど、お人好しじゃないの」


 セリアの言葉が、ルーシーの胸に突き刺さった。


 もはや、これまでではないだろうか。これ以上食い下がっても、おそらく良い返事はもらえないだろう。それどころか、公女はルドルフからの依頼内容まで勘づいているようだった。


「……そうですか。でしたら今回の件は、私からスミスさんに伝えますので。貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました」


 深々と頭を下げると、ルーシーは部屋を後にした。

 

 彼女が去った後、セリアはそのまましばらく考え込み、立ち上がり机に向かって便箋を取り出すと、丁寧に何かを書き始めたのだった。



 □□□□□



 セリアの部屋を後にしてからは、ルーシーはずっと心ここにあらずの状態だった。


 よくよく考えてみると、公女相手に自分の意見を言って、しかも怒らせるとか何てことをしてしまったのだろう。


 彼女が比較的温厚で心が広い人物だから良かったものの、ルーシーの常識的に考えると、あれは通常ならとてもまかり通りそうになかった。


 自分はどうも、身分の話題を振られると頭に血が上ってしまうようだった。

 気をつけないといけないな、と力なく庭の掃き掃除をしていると、アルトがどことなく現れる。


「あ、アルト君! 今までどこに行っていたの?」

「……応接間の掃除をしていたんだ」

「ふうん、そうなんだ。そうそう、公女様と話すことは出来たよ。……でも、駄目だった」


 頷くアルトの様子が、先程とはうって変わって力なく見えるのはきっと気のせいではないと思い、ルーシーはどう声をかけようか思いを巡らせた。


「アルト君、そろそろ休憩したら?」

「もうすぐ、仕事の時間自体終わりそうだから大丈夫。……それより」


 アルトは、ルーシーの方を見ていたが、その瞳はどこか遠くを見ていた。


「……君は、見かけによらず結構言う時は言うんだね。正直ちょっと感動した」


 少し、口元が笑っている気がした。そして、静かに室内へと戻って行く。

 ルーシーは、彼が何のことを言っているのかわからないでいたが、思いをめぐらせるともしかしてと思う。


「さっきの話、聞いてたのかな? ……室外まで聞こえちゃってた?」

 

 思えば思うほど恥ずかしくなってくるが、アルトの言葉に少しだけ救われた気がした。


 空には夕焼け空が広がっている。その空の紅色は、スッとルーシーの心に溶け込んでいったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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