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第2話 アルトとの出会い

 数日後の夕方。

 ルーシーは今日の依頼者に依頼の完遂の報告をし、誰もいなくなった事務所の机でぼんやりと思いを巡らせていた。


『セリアと過ごした時間は、どれもかけがえのないものでした。彼女は公女という立場からかいつも凛としていて、それでいて笑顔が素敵で、確かに僕には身にあまる女性でした。デートの時はいつも手製のお弁当を作ってくれて、それが美味しくて幸せで』


 思い返してみると、惚気のろけ話ばかりだったが、彼の話がどれも本当だとすると別れを切り出された理由が分からなかった。

 

 依頼の期限はとりあえず今月いっぱいとさせてもらったが、復縁の為に何をすれば良いのか全く検討もつかなかった。


「私に男女関係の修復なんて、無理だよ」


 一人口愚痴っていると、突然事務所の玄関の扉が開きドアベルの音が鳴ったので、慌てて「はーい」と応えながら玄関に向かう。

 

 ちなみにこの事務所は、国の公共事業で行われているだけあって、公都の商業地の一等地の表通りに建てられたビルの一室がテナントであるし、元々事務机や応接スペースのソファ、テーブルなど必要な家具やキッチンスペースの調理器具一つとっても、予め備え付けられていた。

 

 その上、それらはほとんど上等な物だったので、ルーシー自身も自分で揃える必要もなく安心したし、客にとっても備品が上質な物なだけでも安心して来店することができ、結果客からの信頼を得ることができたのだった。

 

 ルーシーが玄関先に到着すると、そこには黒髪の、涼しげな目元が印象的な少年が立っていた。

 背丈は身長百六十センチのルーシーよりも少し背が高いくらいで、見たところ十五、六歳といったところか。彼は、学校の制服だとおぼしき服装だった。


「こんばんは、遅くにすみません。あの、こちらは『何でも屋ルーシー』で間違いないですか?」

「はい、そうです。何かご依頼ですか?」

「いえ、実は僕は学生ですが、社会勉強の為しばらくこちらで働かせてもらえないでしょうか」


 思ってもみない申し出に息を呑んだ。だが人手は正直欲しかったが、先立つものがあまり無いというのも現状だった。

 

 何しろここは一年間の限定テナントなので、それ以降も何でも屋を続けたければ、その後は速やかに別の場所に移動しなければならない。

 現在、光熱費等は国が負担してくれていてかかってる経費はそこまでは無いが、これからの為にできるだけ貯金をしたいのだ。


「人手不足だし、申し出はとてもありがたいです。ただ人を雇う余裕がないので、今はアルバイトを募集していないんです」


 ここは下手に誤魔化さず、正直に事情を打ち明けることにした。

 こういう時に下手に誤魔化そうとすると、大抵話が捩れてしまうことは今までの人生で学習していたからだ。


「……それでは、ボランティアでも構いません。何でも屋にとても興味があるんです、お願いします」

 

 そこまで言われてしまうと、元々人から頼みを断ったことがないのもあり、顔を上げるように促した。


「分かりました。そこまで言ってくれて嬉しいです。美味しさは保証できないけどご飯くらいなら用意できると思うので、よろしくお願いします」


 少年は安堵したような表情をしており、ルーシーはそっとその様子を眺めた。


(そう言えば私、生まれて初めて人からの頼みを一度は断れてた)

 

 何故か目の前の少年を前にすると、肩の力が抜けるような感覚があった。だからなのか、気がつけば自然と言葉を紡いでいた。


「あの、良ければもっと気軽に話してください。見たところ同年代だしアルバイトで雇うわけじゃないから、上下関係も発生しないし」

「そうですか? ……それじゃ、早速そうするね」


 自然に笑みをこぼした少年に、どうしてか目を逸らせなかった。


「自己紹介がまだだったね。僕の名前はアルト・リベラ。僕の名前は、気軽に呼んで」


 気軽に、と言われて一瞬戸惑うが彼を見ていたら、これが一番しっくりきた。


「私はルーシー・シュナイダー。よろしくね、アルト君。私のことは、呼び捨てでいいよ」


 アルトは一瞬身体をこわばらせたが、すぐに笑顔で頷いた。


「こちらこそ。よろしく、ルーシー」


 ルーシーは、何処どこかホッとしていた。

 これまで一人で仕事をするのが苦痛だと思ったことは無かったはずだが、やはり心のどこかでは不安だったのかもしれない。

 

 だからか早速、今現在懸念材料となってる案件を打ち明けることにした。


「復縁をして欲しい?」


 ルーシーは、アルトにと来客用のティーカップに紅茶を入れて、近くに置いた。そして、自分も向き合って事務所の椅子に座る。


「そうなんだ。もう、どうしたら良いか全く検討がつかなくって、ものすごく困っているところ」


 アルトはそっと自身の黒髪を撫でた。


「それで復縁して欲しい相手というのは、その人の恋人? 奥さん?」

「恋人だったかな」

「どのくらい付き合っていたの?」

 

 ルーシーは依頼書に目を通した。


「えっと、出会ったのは四年前で、付き合いだしたのもその数ヶ月後だから殆ど四年、かな」

「四年って、長いよね」


 事務椅子に座る十六歳の少年を、ルーシーはまじまじと見た。


「どうしたの?」

「アルト君って、もしかして恋愛とかしたことある? その道の手練(てだ)れだったりする?」


 あまりにもぐいぐい食いつかれたからか、アルトは目を細めて視線を逸らす。


「手練れって、僕まだ高校生だよ。そんな経験あるわけないじゃん」

「そうかな。第一、人見知りの私が、ほぼ初対面のアルト君とこんなにも打ち解けて話せているのは、君のもつ不思議な魅力のおかげなんだと思うんだよね」


 ルーシーは何故か興奮している。

 アルトは呆れた様子だが、不思議な魅力という言葉に反応したのか目を細めていた。


「僕の恋愛経験はともかく、今回はその依頼者と元恋人について、もう少し詳しく知る必要があるんじゃないかな」

「なるほど、確かに」


 それから二人は、(くだん)の二人について話し合うことにした。


「そもそも、対象の人達はどんな人達なの?」


 アルトに二人の情報を話そうとするが、ふと思いとどまった。


「そうそう、個人情報保護の観点から、名前を教えるのにも書類がいるんだった」


 アルトは「意外としっかりしてるな」と呟きながら、差し出された書類の文章を一通り確認してから署名をした。


「……ここで得た情報は、他言無用でお願いします」


 丁寧な口調で年を押し、アルトは無言でうなずいた。


「依頼者は、ルドルフ・スミスさんという二十三歳の会社員の男性。彼は先月までこの国の公女様であるセリア様とお付き合いをしていたんだって」

 

 アルトは、思わず息を呑む。


「公女様と付き合ってたなんて、凄いな」

「そうだよね。私には全く想像もつかないよ」


 アルトは、小さく拳に力を入れたようだった。


 ◇◇


「それで、復縁をさせてほしいって?」

「そうなんだ」


 手元の紅茶に砂糖を入れて一口飲み、アルトは意外だなと思った。


「何でも屋って、そういうこともやるの?」

「そんなことはないと思うけど。……何分、人からの頼みを今まで一度も断ったことがないから……」

「へえ」


 改めて目の前に座っている少女のことを眺めると、アルトの脳裏には何かが浮かんだのか、思わず神妙な表情をした。

 

 そもそも、何でも屋と言う職業自体、十代そこそこの少女が就いているのは珍しかった。

 更に本人曰く、人見知りで人の頼みを断ることができないたちらしい。


 そこだけ切り取ってみるとあまりこの職業には向いていないように思うし、何よりこの少女には初めて会った時からとても気になっていたことがあったが、アルトは言葉にはしなかった。


「そうだね。確かにこれは見当もつかないかも」

「そうだよね」


 ルーシーは机に伏したが、アルトはしばらく何かを考えるとおもむろに提言した。


「ここはやっぱり、公女様と会って話を聞く必要があるんじゃないかな。本人の意向を聞いて、そこで初めて復縁ができる可能性があるか分かるんじゃない?」


 勢いよく起き上がって、ルーシーはアルトの手を取った。


「凄い! アルト君、なんか凄いね!」

語彙力ごいりょくの無さ。……まあ、本人に聞くことができればの話だけどね」


 ルーシーの動きがピタリ止まる。


「そうだよね。……公女様と会うなんて、平民以下の私ができるわけないよ」


 アルトは気になるなと思いつつ、思案し思い至った。


「であれば、ここは依頼主に頼ってみようか。元はと言えば、あちらが無茶振りしてきたんだから、会う機会を作るくらいの協力を要請してもいいと思う」

「そっか!」

 

 目からうろこが出た思いとはこのことかと、ルーシーは呟いた。


「早速、連絡してみるね」

「待って。もう少し策を練ったほうが良いと思う」


 急に真剣な表情になったので、ルーシーは不意をつかれたのか体勢を崩しそうになるが、すぐに持ち直して椅子に腰掛け直した。


「確かにそうだよね。うーん作戦か」


 テーブルにノートを広げて、ルーシーは思案をし始めたようだ。


「えっと、まずは公女様に実際に会って話を聞く」

「うん」

「その為には、依頼者のスミスさんに協力をしてもらう」

「そう」

「……協力って言うと、実際にはどう言うものだろう。……引き合わせてもらうってことなんだろうけど、別れた相手だから直接どうこうって言うのは難しいよね」


 アルトは口元を緩めて、少し悪そうな表情で言った。


「そこは、正攻法じゃなくて、裏をかかないと」

「う、裏?」


 ルーシーは思わず息を呑んだのだった。

ご覧いただきありがとうございました♪

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