第17話 クレープ屋台
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黒髪の青年──ジークは、相変わらず無邪気な笑顔でルーシーを眺めているが、彼女は次第にたじろく。
「あ、あの! もしかして、ここのクレープ屋台のお手伝いに来てくれたんですか?」
「ああ、そうだよ。何かアルトが『もう少し男手が欲しいな……』って呟いてたから、速攻で何のことか問いただして、有無を言わさずついて来たんだ」
「へ、へー……」
勢いが良いが、人によってはそれは有難迷惑になるのでは? とぼんやり巡らせるが、すぐに浮かんだ考えを掻き消した。
(えっとジークさん? は、あくまで好意でこちらに来てくれたんだから、これは最大限に感謝の気持ちを伝えねば!)
ともかく屋台の内側に入り、ジークに対して頭を下げた。
「今日はありがとうございます! 加えて設営に参加できず申し訳無いです! 今からでも交代しますので、良ければ引き継ぎをお願いします!」
ジークは目を丸くしたが、すぐに破顔する。加えてそれは、興味深そうなものを見るようでもある。
「いやいや、実は設営自体はアルトや他の屋台のスタッフさんと協力して行ったし、気にしなくていいよ。それに、実は食材の仕込みはこれからだし」
と言って、ジークはふと視線を積まれた段ボール箱に移した。
どうやらそれらには食材が入っているようだが、そもそも屋台自体十八時半から始まる予定であり、現在は十七時四十分を過ぎていた。
「わわわ! こうしてはいられなかった!」
慌ててカバンから持参したベージュのエプロンを取り出しそれを身につけ、三角巾代わりのバンダナも身につける。傍の手洗い場で入念に石鹸で手を洗い拭き取ると消毒も行った。
「よし、やって行こう!」
ビニール手袋を身につけると、ともかく事前に確認していた工程を思い出しながら、段ボール箱の食材を取り出して行く。
ちなみに、屋台自体はもう一人資格を持ったスタッフが後ほど手伝いに来る予定なので、今の時間ともかく、ルーシーは仕込みを行うことになっている。
「えっと、クレープの生地は既に冷蔵庫で寝かせてあるって言ってたけど……。あ、これかな?」
キッチンスペースの下方、ルーシーの足元に小さめな冷蔵庫が置いており、開いてみると大きな二つのボウルに生地が入っていた。
「うーん、二つで足りるのかな? まあともかく、今はフルーツを切らなくちゃ」
ダンボールからバナナやまな板、ナイフを取り出し、キッチン台に運んで輪切りにしていく。
「えっと、タッパーは……」
ルーシーが仕込みを始めると、ジークはクレープ用の円形の鉄板の調整に入る。
「そろそろ一度作っておいた方が良いな。君は、クレープは作ったことはあるかな」
「えっと、一応事務所で何度か練習はしておきましたが、お客様に出すことが出来るのかは果たして……。なので、調理自体はアマンダさんと言う方が行ってくれることになってます」
既にバナナは下準備を終えており、フルーツに関しては冷蔵庫に入っている苺や缶詰等をナイフで切ってタッパーに入れれば終いだった。
「次はおかず系の下ごしらえをしよう」
「ルーシー」
意気込み、冷蔵庫からハムやツナの缶詰を取り出していると、不意に声がかかった。
「あ、アルト君!」
屋台の外には、いつの間にやって来たのかアルトが覗き込んでおり、その隣には茶髪を頭上にまとめた女性がいた。
「良かった、着いてたんだね。僕の方は、アマンダさんを迎えに行ってたよ」
「遅くなってごめんなさい。あまりこちら方は土地勘が無くて、迷ってしまって」
アマンダは、普段は隣の市に住んでいるが、知人の紹介で今日の祭りに急遽参加することになったらしい。
ただ、地図アプリを見ても会場の場所が分からず、統括しているビアンカに連絡をしたら、既に準備を手伝っていたアルトに白羽の矢が立ったと言うわけである。
「俺でも良かったんだけど、どうもまだこっちの土地は分からなくてな」
「あれ? ジークさんってこちらの人では無いんですか?」
「ああ、そうなんだ。俺は元々タターキ出身で」
「おい」
すかさずアルトが口を挟むが、構わず続ける。
「今は、公国内の大学に通ってる二十一歳だ。ちなみにアルトとは同じシェアハウスに住んでて、そのシェアハウスは……」
「コホン」
なお詳細を話そうとするジークに対して、水を刺すようにアマンダが咳払いをした。
「ともかく今は時間がありませんので、込み入ったお話は後にしていただいてもよろしいでしょうか」
「わ、分かった」
しゅんと小さくなるジークに対して、ルーシーとアルトは互いに顔を見合わせて、小さく頷いたのだった。
□□□□□
二時間後。
クレープ屋台は開店してから好調で、客足が殆ど途絶えなかった。
祭りに来ている客自体の数が多いのもあるが、この屋台のクレープの種類がデザート系、おかず系と豊富なこともその理由の一つだと思われる。
「ルーシー、イチゴってまだあるかな」
アルトの声に、ルーシーは慌てて冷蔵庫を覗くがそれは見当たりそうに無かった。
「ルーシー、ツナ缶ってまだあるか?」
ジークの声でそれも確認するが、やはり見当たらなかった。
「ごめんなさい、もう無いみたいです!」
瞬間、ピタリとその場が固まった。
忙しなく生地を焼き続けるアマンダ。アルトとルーシーが、付け焼き刃だがその生地に生クリームや具材を乗せて巻いていく。
ジークは主に接客担当である。人当たりの良い彼は、客を引き寄せる才も持ち合わせているらしく、客足が途絶えないのは彼の功績によるところも大きいようだ。
「弱ったな。まだ二十時前だけど、食材が無くなり始めてる」
「それじゃ、私買ってくるよ。確かコンビニが河川敷の向こう側にあった筈だから」
エプロンを外し、鞄を持って買い物に向かおうとするルーシーの手首を、アルトは思わず掴んで制止させた。
「待って、念のため僕もいく。夜中に一人で街を歩くのは危険だ」
「でも、屋台が……」
「お店のことは気にしないで! 早めに気がついてくれたからもう少しストックが保ちそうだから」
アマンダの声がとても頼もしく聞こえた。
「ありがとうございます! それでは、アマンダさん、ジークさん、少しの間お二人でよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。気をつけてな」
「はい!」
言って、人混みを足早に歩いていく二人の姿を、ジークは横目で何とも言えない気持ちで眺めていた。
(あいつが、こんなに人と溶け込んでるの初めて見るな。このままここで平和に暮らせたら……。いや、それは難しいか)
ふと息を吐いて、目の前の客から新しい注文を取るのであった。
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