第16話 黒髪の青年ジークフリート
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祭り当日の十三時頃。
ルーシーは、王都の外れにある一軒家へ依頼のために訪れていた。
「こんにちは! 何でも屋のルーシーと申しますが、ご依頼の件でお伺いしました!」
石造りの二階屋の玄関の前に立ち、呼び鈴を押す。
「えっと、確かルネさんによると、前もって鍵は開けてくれているって話だったよね」
そして、玄関の扉を緊張しながらも掴んで開き、出来る限り息を吸ってから大きな声を張り上げた。
しばらくすると、ゆっくりとした動作で部屋の奥から腰の曲がった男性──老爺が姿を現し、緊張した面持ちで玄関で立ち尽くすルーシーが目に入ると表情を和らげる。
「ああ、あんたがルネさんが頼んでくれたって言う何でも屋か」
「はい! 不束者ですが、本日はよろしくお願いします!」
「不束者……」
「何だか変わった感じの少女がやってきたな」と小さく呟きながら、老爺はスリッパ立てからスリッパを取り出し玄関マットの上に置くと、ルーシーは謙遜しながらもそれを履いた。
ちなみにルネというのは老爺の息子の妻であり、先日一人暮らしの彼のために、ルネがルーシーに「義父の話し相手になって欲しい」と依頼をしたのだ。
普段はボランティア団体に依頼をしているそうなのだが、たまには違う人物とも話した方が良いのではという判断から、最近にルーシーに良い話相手になってもらったという知人を介して依頼をすることになった、というわけである。
「お邪魔します」
老爺の後を控えめに歩いていくと、リビングへと案内された。
全体的にグリーンの家具で統一されており、窓から差し込む陽の光が柔らかく好印象を抱いた。
「わあ、素敵なお部屋ですね!」
「ああ、これは亡くなった妻の趣味でな。……さて、あんたには、儂のささやかな話し相手になってもらうわけだが……」
言いながら老爺は、奥のキッチンから予め用意されていたのか、トレイに乗ったティーセットを運んできた。
「わあ、気を遣っていただいて申し訳ないです」
慌てて駆け寄るが老爺はそれを制し、対面ソファーに挟んで置いてあるローテーブルにそのトレイを置いた。
「……これぐらいさせてくれ。何しろ、一人暮らしの身の上では普段、誰かに茶を出すこともないんだからな」
言って、手慣れた手つきでティーポットを持ち上げ、予め温めておいたティーカップに注いでいく。
その様子を眺めながら、ルーシーはゆっくりと一人掛けのソファーに腰掛けると、出された紅茶に口をつけ感嘆する。
「とても美味しいです! 普段、私もよく紅茶を淹れるんですが、こんなに美味しく淹れられたことは一度も無いです! これは、どうやって淹れたんですか?」
「ああ、これはな……」
そうして一時間ほど、依頼者の老爺ポールの紅茶の淹れ方講座が続き、その話が終わった頃、ふと彼が不安を打ち明けた。どうやらそれは普段から抱いている不安らしい。
「実はな、儂と亡くなった家内はこの国の出身じゃないんだ」
急に身の上話になったので多少目を瞬かせたが、そうなんですね、と言って相槌を打った。
「ああ。儂等は、今内乱で混乱している隣の国のマギア王国の出身だ」
「マギア王国……?」
「……まさかあんた、あんなにも連日テレビで報道されている『マギア王国の内乱』を知らないのか……⁉︎」
控えめに頷くルーシーに、大きなため息と共に「今時の若者は……、いや、どの時代もこんなもんなのかもな……」と呟き、力無く紅茶を一口含んだ。
「あ、あの。内乱と言うと、今この時にも戦いが起こっているのですか……?」
掌をギュッと握りしめると、冷たい汗が滲んでくる。
今まで全く知らなかったが、平和だと思っていたこの国の隣国では、今この時に悲しみ傷つく人々がいる。その事実はルーシーにとって衝撃的であった。
「いや、面だった内戦には幸い発展していない。……だが、今は反乱を起こした『武力派』が仮政府を作って内政を動かしているんだが、元々政治に関してはほぼ素人集団だ。早速他国との外交に関して亀裂が出来始めているらしい」
どこか現実味は無いが、鳥肌が立って来て他人事の様に感じられず、気がついたらより詳細を知りたいと思っていた。
「そう、なんですね。……国民の皆さんは混乱しているのでは無いですか?」
「ああ、そうだな。……だが、反乱が起きて一年以上経つが、未だに武力派の力が強く、市民や他派閥の政治家等が立ち上がっても尽く潰されているので、どうにも出来ないらしい。国民も上が変わったことで、生活様式も大きく変わったので大きく混乱しているが、……何しろ、国王一家が武力派によって殺されているからな……。マギアに今も住んでる儂や家内の親族たちも心配だし、やはり故郷の悲報は聞きたくないな」
身を強張らせ、思考がどんどん鈍くなってきたように感じた。
(この世界でも、そう言うことが起きるんだ……)
ブリンク大陸全体で文明の発達が進み、人道的な思想家たちが導き築き上げたことにより、結果的に科学技術が高くなり、よって誰もが豊かな暮らしを送れているのだが、どの時代でも必ず陰りは存在するものである。
「だが、幸い他国に留学中だった第一王子様だけは無事だったんだが、命を狙われている状況には変わりが無く、現在消息不明だ」
「……とても危機的な状況なんですね……」
「ああ。今は、武力派が何とか国政を動かしてはいるが、それがいつまで持つのか……。第一王子様は確か大学で優秀な成績をおさめられたと聞いているから、何か良い知恵をお持ちに違いないんだが……」
「第一王子様って、おいくつなんですか?」
「歳? えーっと、確か二十一だか二くらいだったと思うぞ。まあ、既に武力派の手に落ちていなかったらだがな……」
ぞくりと背筋が凍り、食欲が一気に落ちたので、お茶請けにと出してもらったクッキーに手を伸ばす気力が無くなった。
その後、ポールの趣味の土いじりの話や近所の噂話などの話題で会話をしたが、先程のマギア王国の内乱の話がどうにも気にかかり、今ひとつ身が入らないのであった。
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「この国は平和そうだけど、いつ隣国で内戦が起こるか分からないから、その時は、ここも巻き込まれるかも知れないってポールさん言ってたな……」
帰りの電車の中で、いつもよりも深く座席に腰掛けているが、何処か気が抜けた様で落ち着かなかった。
「……せめて、この世界の人たちには幸せであって欲しいと思うけど、……私が出来ることなんて、たかが知れているんだろうな……」
だが、漠然と何かの役に立てたらと思うが、この世界の人々が当然のように使える魔法すら使えない自分に、一体何が出来るのだろうとも思った。
そうして、力無く電車に揺られていると、いつの間にか電車は終点のムーア駅に到着しており、ほぼ無意識で駅を出ていた。
「……そうだ、今日はこの後依頼がもう一つあるんだった。しっかりしなくちゃ」
気を引き締め、カバンの中から電子端末を取り出し時間を確認すると、時は既に十七時半を過ぎていた。
「わわ、大変だ! 急いで向かわないと約束の時間が過ぎちゃう!」
ともかくルーシーは走りだした。途中で休憩を挟みながら走り、どうにか会場のノム川の河川敷へとたどり着くことが出来たのだった。
河川敷沿いは、既に多数の屋台の設営が済んでおり、今は焼き栗やパエリア等、飲食系の屋台が絶賛仕込み中である。
「美味しそうな匂い……。何だかお腹が空いて来たな……」
香ばしい匂いと共にお腹の音が鳴るが、同時にすぐに思考を切り替えた。
加えて、先程まで食欲が無かったのに、自分の身体は打算的だなと内心苦笑をする。
「今はともかく、アルト君と合流しなくちゃ!」
前もって、ビアンカから送ってもらっていた屋台の設置図を出すべく、電子端末おぼつかない手つきで操作し件の屋台の位置を確認すると、意外と目先の位置にあった。
「あ、アルト君! ごめんね、遅くなっちゃって……」
全速力で屋台の傍まで駆け寄ると、そこには黒髪の男性の後ろ姿があった。ルーシーが声をかけたことにより振り向いたのだが、彼はルーシーにとって馴染みのあるあの少年では無かった。
「アルト? ああ、申し訳ないけど人違いだ」
人見知りのルーシーはともかく固まってしまった。
目の前の、白いTシャツを上手く着こなしている長身の青年に、人違いで気軽に声をかけてしまったことに対して気がつくと、瞬く間に顔が赤く染まった。
「わわわわわ、す、すみません‼︎ 間違えて声をかけてしまいました!」
背を向けないように、後ずさりを始めるルーシーに対して、青年は堪えきれず笑い始める。
「……君って、面白いな。……そうそう、君はルーシーさんでしょ?」
ルーシーは動きを止め、不思議そうに青年を覗き込んだ。
「あの、どうして私の名前を知っているんですか?」
「ああ、アルトから聞いているから」
思わず目を見開いたルーシーに対して、屈託のない笑顔を浮かべて続ける。
「俺の名前はジークフリート。大層な名前だけど、親がおとぎ話の英雄のようになって欲しいって願いを込めて付けたらしい」
突然、初対面の相手に自身の名前の由来を語られ始めたのでルーシーは唖然とするが、どうにも人懐っこい笑顔をする青年に対して悪い気は起きず、加えて漠然と何か大きな力を感じるのであった。
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