第14話 逃げ道のノート
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アルトとソフィアが帰宅し、事務所も改めて閉めてからシャワーを浴びた後、ルーシーは事務所の奥の六畳程の居住スペースである個室のローテーブルにノートを広げて唸っていた。
「うーん、色々案は出したんだけど、これでいいのかな……」
ノートには『一、ボブに学習法の不安を聞く。二、ともかくヤマを張りまくる! 三、ボブと一緒に勉強をする』と書かれていた。
「……うーん、そもそもあれからアルト君に追加で勉強法を聞いては見たものの、やっぱり実際にやらないと身につかないかも……」
言葉にすると、ふと閃く。
「……そうだよね。うん、これはもう実際に試験の範囲の問題集を解いてみて、対策を立てていくしかボブさんに対する答えは出てこないかも!」
方向性が定まってからルーシーの動きに身が入り、慣れない操作で電子端末を操作してテキストを表示させ自分なりに読み取っていったのだった。
ただ、瞬く間に頭痛が襲って来るし、すぐに止めたい衝動にも駆られるが何とか抑える。
また、アルトが先程深夜は避けた方が良いと言っていたので、二十二時には止めてベッドに潜り込み、朝六時に起床し再びテキストと向き合ったのだった。
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「ヤマかは分からないけど、一応試験範囲の問題集の出題傾向は把握出来たな。アルト君曰く、ともかく先にテキストの解説文を読むより、問題が解けなくても問題集を先にやって答え合わせをして、もう一度範囲のテキストの説明文を読むと良いって言っていたし」
二日後の午前十一時頃。
ルーシーは事務所の机に向かい、なお試験問題と向き合っていた。やり始めの頃と比べてテキストを読んでも頭痛が起こらなくなり、随分馴染んだような気がする。
ただ、今ひとつ確固たる手応えを感じられなかった。
「何だろうな。後はノートに出題傾向をまとめて手渡すだけで良いような気がするんだけど、今ひとつ決定打に欠ける気がするんだよね」
うーんと唸りながら、ともかく新品のノートを取り出して出題傾向を書き写していく。
「……アルト君に教えてもらった学習法もメモして、本人に口頭で伝えれば依頼は完了だとは思うけど……」
言葉では言い表し難いが、何かを見落としている、そんな気がした。
「もう、これは情報を収集するしかないかな! えっとボブさんの通ってる高校はサウス高校だったよね。そういえば、確かご近所さんにその高校に通ってるお子さんがいる家があったような……」
立ち上がり身支度を整えて事務所を閉じると、裏通りのパン屋へと向かった。
「こんにちは」
「ああ、ルーシーさん、いらっしゃい」
店の出入り口付近に設置してあるトレイとトングを手に持ち、スコーンやマフィンを乗せてレジ台へと足を運ぶ。
「あのー、つかぬことをお聞きしますが、ジョーンズさんのとこのお子さんって確かサウス高校に通っていますよね」
「ああ、そうだよ。うちの娘がどうかした?」
ジョーンズと呼ばれたのはこのパン屋を切り盛りしている夫人で、いつもパンを買っていくルーシーとはいつの間にか打ち解け砕けた口調で会話をしていた。
「そういうわけでは無いのですが、サウス高校ってどんな感じの高校なのかなと思いまして……」
「うーん、そうだね。まあ一応公都では名の知れた進学校だよ」
少々誇らしげに見えるその表情は、自分の子供の努力を理解した上のものなのだろうかとボンヤリ思い、嫌な気はしなかった。
「そうなんですね! あの、もうすぐ期末試験のようですけど、やっぱり成績が芳しくないと落第するんですか?」
「落第……?」
ジョーンズ夫人は目を瞬き首を横に振った。
「あまりそんなことは聞かないけどね。補習もあるわけだし、これから模試もあるし……」
「そう……なんですね」
「ああ。……ただあまり大きな声では言えないけど、……試験の問題も難しいしクラス分けもあるしで、結構皆ノイローゼになってるみたいだよ」
「ノイローゼ……」
その一言で目前に昨日のボブの様子が浮かび、切れていた糸が結ばれたような思いだった。
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その日の夕方。ドアベルを鳴らして呼び出されたボブがルーシーの何でも屋の事務所へ訪れた。
「こんばんは。依頼が完了したって聞いたけど」
「こんばんはボブさん。はい、用意は整ってますのでご確認をお願いします」
応接スペースに案内し、あらかじめローテーブルの上に置いておいたノートを手渡した。
ちなみに突き当たりの事務スペースで事務椅子に腰掛け遠目でアルトが様子を伺っている。
ノートをパラパラとめくってその内容を確認していくのだが、最初は薄く笑みを浮かべていた表情がだんだん真剣なものに変わった。
「……うん、思ったよりもよくまとめられてる。試験の範囲の出題傾向も分析されているし、学習方法のアドバイスまで書いてあるな」
「そう言っていただけて安心しました! ……なので、これを参考にして試験勉強をしてみても良いかもしれません」
柔かな表情だが、その瞳の奥は珍しく笑っていなかった。
「な、何を言っているんだ。俺は最初から参考にするつもりで……」
「そうですね。ただ、ボブさんはきっとヤマなんか張らなくても、試験を落とすことはないんじゃ無いですか? そもそもサウス高校の定期試験で、落第するってことは無いようですし」
「……落第は言い過ぎたけど、俺が試験に対して不安を抱いているのは本当だから」
制服のズボンのポケットから財布を取り出し、予め調べておいたこの事務所の成功報酬の額に当たる紙幣をローテーブルの上に置いて玄関へと足を運んだ。
「……まあ、君が一生懸命まとめてくれたノートを、踏みにじるようなことだけはしないようにする。……ありがとう」
そしてドアベルの音を鳴らして、立ち去って行ったのだった。
「依頼は完遂……なのかな」
ドアベルの音が鳴り響いたので、依頼者が帰ったのかとアルトが奥の部屋からやって来る。
「少し揉めてたようだけど、大丈夫? 言い争ってる感じじゃなかったから様子を見てたけど……」
「うーん揉めてたと言うか、少し話してただけと言うか」
「話してた?」
うん、と言ってから給湯室でティカップに紅茶を注いでを用意し、アルトが使っている事務机の上に置いた。
「実は、サウス高校に通っているお子さんがいる人から聞いたんだけど、サウス校って進学校だからノイローゼになりやすいんだって」
「ノイローゼ?」
何故そんなことを急に言い出したのかと思ったが、アルトはすぐに察した。
「ああ、そう言うことか。つまり先の依頼者は自分の勉強法には自信は持っているけどノイローゼになり、その方法で万が一成績が落ちたらと思ったら気が気じゃ無かった。……だから、うちにこんなことを依頼して逃げ道を作った。そういうこと?」
「す、凄いアルト君! よくノイローゼだったって言っただけで、ここまで分かったね!」
煌めく眼差しを向けて来るので、思わず視線を逸らした。
「まあ、僕も一応学生だからね、気持ちは分かるよ。……成績が落ちた時に、何でも屋から教わったなんて言わないだろうけど、親に人から教わったやり方でやったらダメだったとでも言うつもりだったんじゃない?」
「なるほど、そこまでは思いもよらなかったけど、きっとそうだね」
「……人は誰しも、逃げ道を作っておきたいものだからね」
どこか目を遠くしてそう言ったアルトのことを、ルーシーは何故かしばらく忘れることが出来なかった。
「……でも、ボブさんは私がまとめたノートや勉強法を活用してくれるって言ってたよ。……良かった」
「……それは君が真剣に向き合ったからだよ」
「……え? 何か言った?」
聞き返しても特に返事をせず、夕食を摂る為に給湯室へ向かったアルトを、ルーシーは慌てて追いかけたのだった。
ちなみに、ボブがルーシーのノートを活用して定期試験の結果が前回よりも上回ったことは、この二人にはあずかり知らぬことであった。
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