第三話
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隣国の王城の一室、シンプルながらも見る人が見ればわかる質の良いインテリアでまとめられた部屋にユリアはいた。
本来、王子妃が婚姻するまでの間に使用する部屋だと聞いた時には驚いて断ったものの、現在この部屋を利用する人物はいない為、問題ないと押し切られた。
ユリアの一日のルーティンはほぼ決まっていた。
午前中は王城にあるありとあらゆる専門書を読み漁り、自主勉強に勤しみ、午後からは手が空いていればミハエルが講師として、そうでなければミハエルの講師という方が訪れ、実地を交えながら教えてくれるというとても有意義な一日を送っていた。
もし婚約破棄をされたとしたら、この知識を活かして本格的に"女性初の医師"になるのはどうだろうか。
ユリアはそんな未来を考え、実際に行動した際のことを想像し、もしやこれは名案ではないかと思い始めていた。
ユリアの心の深いところでかすかに痛みが走った気がしたが、気のせいだと思い輝かしい未来を夢想した。
ユリアが留学して2カ月経ったころ、事件は起こった。
その知らせはユリアがミハエルと特殊回復魔法についての見解を交わしていた時に届いた。
5人目を妊娠中の王妃が、出産予定日よりも1カ月も早く破水したという。
過去4回にわたり一度もなかった異常事態に、ミハエルも表情を変え立ち上がった。
ユリアもミハエルとともに王妃の元へと駆け付けた。
感染症を防ぐ為、保護魔法を自身にかけて部屋へと入る。
部屋の中には辛うじて意識を保っている王妃がいた。
第一王女が王妃の手を握り必死に呼びかけている。医者達が慌ただしげにしている中、王は青ざめた顔で立ちすくんでいた。
王を押しのけミハエルが王妃の元へと行く。
「…!これは…魔力の覚醒か!」
「はい!しかも、赤子様は王妃様よりも魔力が強いようでしてっ」
「なんだと?!」
ユリアは最近覚えたばかりの記憶を必死に辿る。
赤子は通常、母体の中にいるうちは魔力をもたない。ある程度育ち、ようやく魔力を開花させる。
しかし、たまにいるのだ。まだ母体にいるうちから魔力を開花させてしまう子が。
そういった場合、母体は赤子の魔力を抑えるべく自動的に魔力を垂れ流しにする。
それでも、その魔力は微々たるもので、貧血や体調不良に陥るくらいで命の危険まではない。
ただ、赤子が母体より魔力が強かった場合のみ母体の命を削っていくことがある。
そして、まさに今その現象が起こっていた。
母体を助ける方法は2つ。1つは母体の腹を切り開き赤子を取り出す。
もう1つは外から赤子の魔力を抑える方法。
王妃の様子を見る限り、衰弱しきっているこの状態で母体を傷つけた場合、母体が危ない可能性がある。
赤子の魔力を外から抑えた場合、力加減を間違えれば赤子が死ぬ可能性がある。
決断を迫られていた。
「…俺が、赤子の魔力を抑えよう」
ミハエルは決断したように宣言し、父親である王に了承を求めた。
王はミハエルの覚悟を受け取り、妻である王妃の様子を見た後、己も覚悟を決め頷いた。
すぐさま、ミハエルは王妃の腹部へと手を触れさせる。
皆が覚悟を決めた中、ユリアはこれで本当に良いのかと自答していた。
ふと気が付くと、王妃が何かをつぶやいている。
ユリアは王妃の声が聞こえるように近づき耳を傾けた。
「私の…子…たすけ…て…私のかわいい…子…おねが…」
「っミハエルまって!」
「なにをっ!」
ユリアはミハエルを押しのけて王妃から離すと、オペ用のメスを手に取り自分の腕を切りつけた。
ザワリと周りが騒いだが、ユリアは気にせずに血がしたたる腕を王妃の口元へと近づけた。
「王妃様、血を吸ってください!子を助けるためです!」
子の為という言葉に王妃は動かされたのか、ユリアの腕に唇を寄せ弱々しくも確かに吸い始めた。
ユリアは自分の血が凝固しないように魔法をかけつつ、同時に複数の魔法を己の血にまとわせた。
魔力は通常譲渡できないとされている。ただし、1つだけ抜け道があった。
それが、血を介しての魔力譲渡魔法。これはユリアの国では禁忌扱いとされ、王家のみが知る知識であった。ユリアは次期王妃としてその方法をすでに知っていた。
そう、ユリアだけはこの場で第3の方法があることを知っていた。
血による魔力譲渡を行い、王妃の魔力を補うことで両方の命を助ける方法を。
結果、赤子は無事に生まれ、王妃もなんとか一命をとりとめた。
この事件により、ユリアは王家より褒章をと言われ、ある提案をされた。
その提案とは、ユリアとミハエルの婚約。
ユリアはかたくなに断った。けれど、周囲はあきらめなかった。
ユリアへ大きな恩を感じている王妃や王はもちろん、ミハエル本人がユリアを欲した。
ミハエルはユリアの心の病の原因を知っていた。
最初はユリアを患者として見ていたが、ユリアと接していくうちに惹かれている自分に気が付いた。
最近では周りにも自分の気持ちがばれていたようで、2人で話しているだけで周りの目が生温かくなっていることにも気が付いていた。
それでもミハエルは、ユリアに己の気持ちを伝えるつもりは全くなかった。
王妃の事件が起きるまでは。
ミハエルにとって、ユリアは決して誰にも渡したくない特別な女性となっていた。
はっきりと自分の気持ちを自覚してからのミハエルの行動は速かった。
両親や周りに根回しをした上で、ユリアを呼び出し、愛を請うた。
今はまだサミュエルに気持ちがあっても良い、いつか自分を見てくれれば。
生涯共にいて欲しいとユリアの目を見てまっすぐと告げた。
「ユリア嬢。私はあなたを愛している。私の唯一の人となってほしい」
「―――――――?!?!?!?!?!?!?」
ユリアにとっては青天の霹靂といってもよかった。
正直、気持ちが揺らいだ。サミュエルを思う気持ちはいまだある。
けれど、ミハエルの気持ちを嬉しいと思う感情も確かにあった。
なにより、この国では自分らしくいられる。
この国で生きていく未来が容易に想像できてしまった。
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