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第一話

本来短編であったものを加筆した中編作品です。




 「学園にいる間だけで良い。愛する人との思い出が欲しいんだ」

 

 ハウアー王国の王太子は真面目で清廉だと謳われている。

 王太子サミュエルの婚約者であるユリアも、今までサミュエルが噂にたがわぬ人物だと信じていた。

 けれど、その認識が間違いなのでは、という程の発言をサミュエルはした。

 サミュエルの気持ちはわからないでもない。

 幼い頃からサミュエルの側にいたユリアは、立場上、自由にできないことが多いサミュエルの辛さを理解しているつもりであった。

 今回の裏切りのような発言について、本来婚約者として言うならば、「それは許されません」と律するべきだとわかっていた。

 けれど、ユリアは頷いた。頷くしかなかった。

 サミュエルを愛していたから。

 


 自宅である公爵家の私室で1人になり、ユリアはようやくサミュエルの言葉を呑み込んだ。

 冷静でいたつもりだったが、やはり動揺していたのだろう。

 本当にこれでよかったのだろうかと考え、強烈な不安に襲われた。

 

 学園の間とはいえ、それは本当に?

 愛し愛される幸せを知ってしまった2人が本当にそんなに簡単に割り切れるようになるのだろうか。

 ユリアは想像してみた。仮面夫婦となる未来。優しい王の隣に立つ自分。ああ、なんて…

 「なんて、滑稽なのかしら」

 無感情な呟きは誰に聞かれることもなく消えた。


 ユリアの不安とは裏腹に、サミュエルは本命がいると告げたものの、ユリアを疎かにすることはなかった。

 今までと同様に変わらず手紙をしたため、プレゼントを定期的に送った。

 公務の際にはユリアを連れ、周囲は2人の仲を疑いもせずに睦まじい様子を褒めたたえた。

 いままでと変わらないサミュエルの態度と周りからの評価。

 ユリアは言いようのない感情に襲われた。


 サミュエルから笑顔を向けられても素直に喜べなくなった。

 (その笑顔の下では私のことなどどうとも思っていないくせに)

 周囲の言葉を受け入れられなくなった。

 (本当に仲が睦まじいと見えているのかしら…だとしたら節穴ね)

 この頃からユリアの中で何かが壊れ始めていた。



 ユリアはサミュエルの優しさがまるで毒のようだと思った。

 優しくされればされるほど、自分の中の感情が少しずつ死んでいく。

 誰も、ユリアの苦しみに気付ける人はいなかった。



 サミュエルの意中の相手が誰かは親切な方々が教えてくれた。

 辺境伯の娘、アイリーン・アドル。

 サミュエルの同級生であり、才色兼備な女性として学園内だけでなく社交場でも注目されている女性である。

 サミュエルと同じく生徒会に属し、生徒会長補佐として彼を支えていた。

 …ユリアの目から見てもお似合いの2人だった。

 2人は表面上、ただの生徒会仲間として接しているように見えた。

 直接仲睦まじくしている様子を見たことはないが、おそらく人目を避けたところで愛を深めあっているのだろう。

 その証拠に、聞きたくもない噂が幾度となくユリアの元に届けられていた。

 噂を耳にするたびにユリアは何でもないように微笑んでみせた。

 親切な方々は肩透かしな様子で帰っていく。ユリアは気が付かれないようにそっと息を吐いた。

 


 ユリアが虚しさや苦しさという感情を通り越し、達観し始めた頃。一本の救いの糸が垂らされた。

 外交を兼ねて短期留学で訪れていた隣国の王子ミハエルがユリアに自国への留学を提案したのだ。

 ユリアは勤勉家であった。特に医学に精通していた。

 ハウアー王国では女性が活躍する場が少ない。

 そんな中、ユリアは自分の知識を活かし訪問医としてたびたび領内を回り領民たちを救っていた。

 領民たちはそんなユリアを敬愛し「治癒の聖女」と呼んでいた。

 そして、ミハエルは留学前からユリアの噂を耳にしていた。正確には「治癒の聖女」の噂を。

 ミハエルの自国、パレンツェン王国は医学の先進国である。

 特に第三王子であるミハエルは外科技術はもとより特殊魔法による治療にも精通していた。

 ミハエルの話は大変興味深くユリアの好奇心をくすぐった。

 ミハエルも実際にユリアと会い、彼女の探求心や豊富な知識に感心していた。

 何よりその行動力には一目置いていた。

 だからこそこの国でくすぶっているのはもったいないと思った。

 


 医者であり、気にかけていた相手だからこそ、ミハエルはユリアの異変にいち早く気付いた。

 ミハエルは秘密裏に、ユリアの両親にコンタクトをとり、見解を述べた。

 ユリアの国ではあまり知られていない精神の病。ユリアはまさに心の病にかかっているのではないかと。

 ユリアの両親はユリアを愛していた。故に、ユリアの異変に全く気付いていないわけではなかった。

 笑っているのにどこか悲しそうな娘。何かを諦めたかのように遠くを見つめる娘。

 なにかがおかしい。そう思っていたけれど、医療知識に疎く、ユリア自身も健康上問題はなかったため気のせいだと思っていた。

 ミハエルに言われて、ようやく腑に落ちた。同時にそんな状態のユリアを放置していたことに後悔した。

 ユリアの両親はミハエルの申し出を快諾した。

 こうしてユリアは、表面上は次期王太子妃としての交流という名目で、その実、療養を兼ねた隣国への留学が決まった。





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