幼馴染
ーー遡ること三年前
俺、ハイド=デッドリーは農業を営む両親の手伝いをしていた。
「母さん、この人参はどこに置いとけばいい?」
「それは向こうの箱に入れといて」
「分かった!」
父さんは貴族の次男だったが、親とうまくいかず家を飛び出してきたらしい。その後、今住んでる町の町長の娘だった母さんと結婚し、それ以来ずっとここに住んでいる。
「今日も朝から頑張ってるね、ハイドくん」
「あら、ディアナちゃん!」
「おはようございます、おばさま」
彼女はディアナ=エルドリア。エルドリア男爵家の長女で、この近くに住んでいる。昔から知り合いで、小さい頃はよく遊んでいた。
「どうした?何かあったか?」
「別になにもないよ?」
「じゃあなんで来たんだよ」
「べ、別にいいじゃない、理由がなくたって」
そういうものなのかな?ディアナは顔が赤くなってるし。なぜか母さんに至ってはずっとニコニコしてるし。
「あ、おばさま、私も手伝います!」
「あらー、いつもありがとね。それじゃあ、これを向こうに運んでくれるかしら」
「はい、分かりました!」
理由はないと言いつつも、来たら仕事を手伝ってくれる。自分の家のことは大丈夫なのか聞いたことがあるが、いつも大丈夫だよ!としか言わない。
貴族の娘なら何かと忙しいはずなのに、ディアナは何も話さない。信用されてないのかな、俺。
その後、作業を続けていると
「こんなところにいたのか!ディアナ!!」
そう言いながらディアナの方にずかずかと歩いていくこいつは、ベガー=ラスランド。ラスランド子爵家の長男で、昔からディアナにちょっかいをかけていた。今回もその類だろう。
「なんですか。私がどこにいようと私の勝手でしょ?」
「未来の妻のことを案じて何が悪いのだ?」
「なっ!?」
「ちょっと!やめてよ!」
「なぜだ?本当のことではないか」
「ディアナ、どういうことだ?」
「おや、まだハイドには言ってなかったのか?しょうがない、僕が直々に教えてやろう。ディアナは僕の婚約者になったのだ!」
...まじかよ。だけど、ディアナの顔は嬉しそうじゃない。むしろ嫌がっているように見える。
「私はあなたとは...」
「そんなこと言っていいのか?ご家族はさぞ悲しむだろうな〜〜。嫌だろ?そんなの。なら、黙って僕に従え」
ディアナは黙って下を向いた。状況を察するにディアナの家で何かあったんだろう。それを助けてもらうために、上の位である子爵家のベガーの家にディアナが嫁ぐって感じか。
あくまで予想だが、大体合ってると思う。そうでもない限りディアナが、嫌いなベガーと婚約する訳がない。
そうか。ディアナはこのことで悩んでたのか。言ってくれたら、俺も何か出来たかもしれないのに。
「そういう訳だから帰るぞ、ディアナ」
「...はい」
「ディアナ!」
俺はディアナを呼び止める。彼女は一瞬だけ振り返るが、すぐに歩いていった。
ディアナに対して横柄な態度をとるベガーにも腹が立ったが、一番腹が立ったのはディアナを引き止められなかった自分にだ。
少しだが、貴族に逆らうということについて考えてしまった。貴族、それも子爵家に逆らうとなると、俺たち家族はもうここには住めないだろう。そうなると両親に迷惑がかかってしまう。
俺は両親を理由に動かなかった。こんなにも自分が嫌になるのはこれで二度目か。
今すぐにでも行きたいが、おそらくディアナたちは馬車に乗っているだろう。子爵家だけあって、警備は厳しい。今行ったところで追い返されるだけだ。
なら、チャンスは一つ。明日の天職鑑定の時だ。
その時にもう一度ディアナを呼び止めて、今度は絶対に引き止めよう。手を取って逃げよう。
俺はそう固く決心するのだった。