第9話『疫病の羊』
ルーに背負われて辿り着いた場所は石壁に覆われた村だった。
石壁と言っても大人の腰程の高さで村の様子は外からも見えた。
さらに、村の建物は壁と同じように石を積み重ねた様式だ。
村には遠くからでも見える一際大きな建物がある。
ルーは村から変な匂いがするとは言っていたが、俺には分からなかった。
この村の特産品か何かの匂いだろうか。
メニューの地図機能で分かったが、この村の住民は現在一箇所に集まっているようだ。
集会か何かだろうか。
何かの行事の途中だと話を聞くのは難しいかもしれないな。
祭りとかだと皆、興奮して話にならなさそうだし。
その場合は残念だ。
ここがどこか聞きたかったのだが。
母親のおかげで大陸の地理も大まかには分かっている。
そして、俺の目的地はアルペイダ帝国だ。
理由は色々あるが、最大の理由は奴隷だ。
奴隷として売られそうになった俺が奴隷を求めるというのは皮肉な話だが、俺の能力を活かすには必要な人材なのだ。
俺の能力、【契約】と【支援】は第三者、それも人外の存在が必要不可欠だ。
俺単体ではどちらも、というか、【支援】を使う事はできない。
【支援】を使えない俺はただの美少女だ。
そんなか弱い美少女が知識以外は何も無い状態で生きていけるかと聞かれればノーと答えるだろう。
いや、無力というのは言い過ぎか。
少なくともメニューによる地図機能と復活機能がある。
とはいえ、地図機能はまるで子供が本物の地図をざっくりと真似して描いたような出来だ。
範囲を狭めれば…それこそ、あまり広くない室内であれば目を瞑っていても動ける程の精密さではあるし、ある程度以上の大きさの生命体ならば感知する事も可能だ。
…虫や微生物など小さい生命体は認識外なのか地図機能では確認できない。
復活機能は未だに詳しい発動条件が分かっていない為、頼りにはしたくない。
例えば、現在、俺は足を挫いているが、死亡した場合、復活機能で治るのは死因となった致命傷だけなのか。
それとも全身のあらゆる怪我が治るのか。
病や毒も適応されるのか。
ケースが2つしかない為、致命傷は治るぐらいしか分かっていない。
爆発に巻き込まれて体が散り散りになったらどうなる?
凶器が体に刺さったままの状態の場合は?
どんな死に方、殺され方でも復活するのか?
…寿命で死んでも生き返るのか。
広範囲では精密性に欠ける地図機能でも知られたら色々と目を付けられそうなのに、その上、不死性もあると知られた日には…俺の安全は権力の前で消えて無くなるだろう。
どちらも俺自身を直接守れる能力じゃない。
能力を知って狙う敵が出れば逃げるしか手は無い。
逃げれなければ?
捕まって蹂躙されるだけだ。
能力を隠して生きる?
能力を活かさないで生きるとして、まず、必要となるのはお金だ。
読み書きや計算ができてもそれだけではお金は手に入らない。
一文無しで住所不定の美少女が働ける場所と言ったら水商売しか思い浮かばない。
はは、男に抱かれて生きるなら毒を飲んで死んだ方がマシだ!
…お金自体は【支援】でどうにかできる。
【支援】の中には貴金属や宝石などを出すエフェクトもある。
【支援】さえ使えれば生きていく事は可能だしな。
そう、【支援】さえ使えれば問題は無いのだ。
そして【支援】を使うには人外の他者が必要だ。
俺の能力には第三者の存在が問題である。
今はルーが居るから俺も【支援】を使える。
だが、俺とルーの関係はなんだ?
【契約】で俺の部下ではある。
しかし、ルーが俺から離れようと思えば離れられる。
【契約】に俺の側に居させる影響力は残念ながら無い。
いつルーが俺から離れても文句は言えないし、止める事は不可能だ。
全力で逃げられたら追いつけないし。
その点、奴隷ならば所有者の資源として管理をする為に魔道具で行動を制限する事ができる。
所有者から一定の距離を離れる事を制限する事も可能だと聞く。
そして、現在奴隷を合法としているのは帝国のみ。
それ以外の国では俺には都合は悪いが、奴隷を売買するのも所持するのも違法だ。
違法でも売買されているし、所持している輩はいるが、俺にはそのツテもコネも無い。
精々、奴隷として捕まるのがオチだ。
ルーは石で造られた村を珍しそうにキョロキョロと見渡してアレは何かと聞いてくるが、俺も分からない物が多かった為、答えを曖昧に濁した。
ルーはそんな説明を聞いても満足そうに頷いていた。
俺はその様子に安堵した。
今、ルーに対して俺が与えられる利益と言えば《呪い》の無効化。
それと【支援】による補助。
いつかはルーと別れる状況がきっと来る。
きっかけは色々と考えられる。
《呪い》を解く、なんて分かりやすいきっかけだろう。
俺は現状、ルーと別れれば身を守る術が皆無な無力の美少女。
悪漢に蹂躙されても抵抗できなくなる。
それは…嫌だ。
そうなる前に、俺の身を守れる程の地位と身分を手に入れる。
その手段として奴隷を手に入れて【支援】を自由に使える状態にする。
【支援】さえ使えるなら山奥に隠れ住んで居ても生きていける事は確認済みだ。
食事も水も住居さえも【支援】で解決できるほど万能性が高い。
奴隷さえ手に入れれば、自由が手に入る。
欲を言えば脳死した植物状態の人外であればなお良い。
文句も出ない、抵抗もしない。
世話は他の奴隷に任せれば良い。
奴隷が手に入るまでルーの俺に対する興味を失わせてはいけない。
俺がルーに背負われて今後の事を熟考している間に村の奥の方に行っていた。
メニューの地図機能で確認をしたがこの先の建物に村の住民が集まっているようだ。
少し遠くにも何か居るようだ。
奥には一際大きな建物があった。
そう、他の家と違って高く、少し離れた場所からでも見えたあの建物だ。
そして…
「ほー、ここ、くさい」
「…おぅ」
臭かった。
腐った魚と嘔吐物をミキサーで混ぜたような腐臭と生臭さ、それと変に甘酸っぱいような臭いが鼻を刺激する。
村に入る前にルーが言っていた臭いはこれか。
とんでもない臭さだ。
息をするのも苦しい。
「風よ舞え広がれ、【拡散】」
【拡散】は使用者から常に風が吹く【支援】でゲームでは毒ガスが蔓延するよう火山や洞窟などの地形効果を無効化する効果がある。
さらに一部の攻撃も無効化する事ができる。
そして、ありがたい事に低コストなのだ。
ルーを中心に風が吹き始めた。
もちろん、風の力は弱く、背負られている俺を吹き飛ばす程の力は無い。
しかし、臭いは確実に弱まっていく。
どうやら【拡散】は効果があったようだ。
今では少し臭いがするかなぐらいまで薄まっている。
ルーにはまだ臭いがキツイようで鼻を押さえて震えている。
あの臭さだ、もしかしたら人体に有害な毒ガスの可能性もあるな。
吸っても目眩や吐き気は無いから即効性の毒では無いようだが、後々体調が崩れる可能性もある。
ルーは《毒耐性》と【聖光】の2つの効果で致死量の毒だとしても無効化できる…ハズだ。
対して俺はどうだろうか。
ゲームの主人公は…部下が全て倒されるまでは毒にも病にも呪いにも冒される事はなかった。
部下が全滅するまで出てこなかったからな。
しかし、現実世界での俺はどうだ。
小さい頃に風邪をひいたことがあるからそのような機能はないのだろう。
「ほー、あれ」
他の【支援】を使って周囲の毒ガスと思われる何かの対処をしようか迷っていると、ルーが上に向かって指差して尋ねてきた。
俺も上を見上げてルーの指差す方向を見ると、そこには何か黒い塊が浮かんでいた。
次回、『聖なる監獄』