第2話『檻の中での出会い』
俺が何故、魔法が使えるにも関わらず国外追放になったかと言えば話は数日前に遡る。
あれは母親の知る全ての知識、もしくは母親の伝で知り得たあらゆる知識を俺に教えたと真顔で告げた後、泣き崩れながら俺に謝り始めたのだ。
魔法が使えない体に産んでしまった事とか謝られても俺が困るだけなのだが。
散々謝れても困る事を泣かれながらに言われて俺は本当に困ったな。
母親は気にしていたのかもしれないが俺にとっては何でもなかった。
元々魔法の存在しない世界で生きてきたからか魔法が使えない事自体が自然な事だと俺自身は思っていたしな。
まぁ、どれだけ母親がこの事に気を病んでいても流石に母親相手に許すって伝えるのも違うだろうし。
そもそもの話、俺は魔法が使えなくともいいと思っていた。
いや、魔法に対して憧れはあったし、使えるならば便利そうだなと魔道具を使いながら思ったものだ。
だって貴族のお嬢様だぜ?
いつかは他の貴族に嫁入りしなければならない状況も来るだろう。
嫁入りすれば、やる事はやらねばならないだろうが…俺には無理だ。
体が女性に変わった事は受け入れたとはいえ、男を受け入れられるかどうかはまた別問題だ。
その為の淑女の仕草から性に関する教育もあったが、俺自身でも自覚できるほど顔が蒼ざめていた。
それから母親から俺が男嫌いの気があると思われたのだろう。
男性に関わる教育は他のものに比べて淡々と教えられた記憶がある。
女と未経験の俺に性行為において男からナニをどうされるか教えられたところで恐怖でしかないだろ。
そういう事情から国外追放、というよりも貴族のお嬢様という身分から逃げ出せるのはありがたいと思えた。
愛情を注いでくれた両親には悪いがどうにも二人が世話を焼いてくれる他人としか思えない俺には家を出る事は苦ではなかった事もある。
しかし、母親は最後に国外追放された後の話をしだした時は怖気が走った。
母親はどこから情報を仕入れたのか、国外追放される俺が奴隷にされるという話を聞いたらしい。
確かに俺は見た目は一級品だ。
それに若い女、というか少女だ。
どんな変態行為でも好きに使える可愛い美少女が買えるならば大金を出す好事家も居るだろう。
それだけでも欲しがる輩が出る事は理解ができる。
魔法が使えるようになる方法を探している時に俺の体目当てに騙そうとした輩は何人も居た。
それどころか嫁入りすれば魔法が使えるという事にしてやるという馬鹿も出たな。
黙れロリコン、歳を考えろクソジジイ!
祖父と孫ぐらいの歳の差があるだろうが!
早くくだばれ好色老害め!
思い出しただけで吐き気がするわ!
その上、俺には膨大な魔力と現在確認されている全ての属性に適正がある。
魔力量と適正属性は親から子に引き継がれやすいらしい。
俺がダメでも俺の孕んだ子ならば、神の子が産まれるかもしれないと期待する馬鹿もいたそうだ。
無垢な少女に新たな命を宿らす事を期待されても気色が悪いとしか言えないぞ。
まぁ、俺自体は無垢から程遠いだろうが。
そういや、俺に子供を産ませて研究させてほしいと願ってきた阿保も居たな。
いや、何処のエロ同人誌だと聞きたくなるような道具を見せながら聞かれて、はいと答える女が居るかよ。
常識を考えろよ。
もしくは道徳を学べよ。
つまり、俺を欲しがる輩が多くて、俺は何処かに出品される予定、というか決定事項である事を母親に教えられた時は頭が真っ白になった。
そんな話を聞いて呆然としている俺に母親は俺の手のひらに収まる程小さな小瓶を手渡して俺の目をじっと見つめながら言った。
『これは私が貴女に渡せる最後の愛。
これを飲めば貴女に穏やかな終わりを迎えられる。
これから先、貴女はとても辛い環境で生きていかなくてはいけない。
もし、耐えられないのならば。
もし、恐れるのならば。
これを飲みなさい。
追放前に飲めば貴女は我が一族の一員として扱える。
追放後に飲めば貴女は人の醜さから逃れられる。
我が愛しき子よ。
私はそれでも貴女が生き続ける事を望む。
貴女の歩む先に幸あれ』
俺は初めて、母親を貴族なのだと実感した。
この人は愛している娘に毒を渡したのだ。
国の悪習に逆らえないなりに愛した娘に地獄から逃れる為に死という希望を最後に与えるとは。
これが普通の女性ならば愛する娘を引き離される事を嘆き悲しむか連れて行かないでと懇願するぐらいだろうか。
あれほど激しく泣いていた女性が一瞬で泣くのを止め、怖いと思ってしまうほど気品を感じさせる雰囲気で、されど母親としての暖かさを残しながら別れを告げられた。
その日、俺は母親の元から連れ出されて移動用のゴーレムに乗せられた。
移動用のゴーレムは人一人入れる個室に直接大きな車輪が付いた見た目はシンプルな物だった。
個室には扉しかなく、それが閉められれば目的地にたどり着くまで開かない密閉空間だった。
トイレも小窓も無いとは既に物として扱われているのか。
ゴーレムに乗せられてからは本気で毒を飲むか悩んだ。
だって、エロ同人誌の奴隷モノのような扱いが俺を待ち受けているんだぜ?
強姦、獣姦、調教、拡張、異物混入、薬物…
永遠と男の欲望をぶつけられ例え心が壊れても犯し続けられ…
死体も剥製や死霊術かなんかに利用されるのだろう。
この世界で死霊術なんて聞いた事はないが大抵の空想世界にはアンデットやゾンビ等は出てくるし、無機物を操る術があるなら死体を操る術が存在してもおかしくは無いだろう。
まぁ、性奴隷となっては碌な結末を迎えない事は確かだろう。
そんな毒を飲むか性奴隷として生きるか悩んでいる時にふと、貴族のお嬢ちゃんになる前の地球に居た頃にハマっていたゲーム『魔王の契約』を思い出した。
死ぬ前に見る走馬灯というか、極限状態の選択肢から現実逃避としてか、10年の歳月が経ったにも関わらずストーリーの内容が明確に頭に浮かんでくる。
このゲームは人外魔境がひしめく魔界を舞台としたもので主人公は魔を統べる魔王となる為、部下を集めて支援する、という内容だ。
主人公は弱いが【契約】と【支援】という二つの能力を駆使して魔王を目指すゲームで俺は効果が多種多様な【支援】を全て取得した事が密かな自慢だった。
簡単に説明すると【契約】で部下にした対象を様々なバフ効果のある【支援】で強化してさらに強い相手を【契約】で部下にしていくというゲームなのだ。
その際に【契約】で特定の種族を部下にしたり部下が一定数超えるなどの条件を満たすと新たな【支援】を取得していく。
取得条件が難しい【支援】ほどバフ効果が高く、最終辺りで取得できる【支援】では最弱クラスのゴブリンが最強クラスのドラゴンに単騎で勝てるほどの破格な倍率を誇っていた。
そんなゲームにハマっていた頃の記憶が蘇りとても懐かしく感じた俺はつい、【契約】の詠唱を唱えていた。
すると突然視覚に《契約失敗》という文字が浮かんで驚いた。
まぁ、結論を言うと国外追放の途中で俺は『魔王の契約』の主人公の能力、【契約】と【支援】、それからおまけのメニューが使える事が分かったのだ。
だからと言って事態が好転したという訳ではない。
膨大な数だった為に長い時間が掛かったが【支援】は俺が取得した全てを使用する事が可能である事が分かった。
途中で空腹やら喉の渇きやら悪臭、異臭でストレスが限界を超えそうになったが乗り切ったぞ。
密閉空間で食事なしの垂れ流しな状態はストレスしか生まない。
絶対精神を弱らせる為の仕打ちだろと思えてならない。
環境が悪ければ体も心も蝕まれるとは聞くがその通りだと心の底から言える。
今ならまともに動く事すらままならないから襲われても抵抗ができないだろう。
なんだか、数日不眠不休でゲームをし続けた時のように体も頭も重く感じる。
既に限界が近いのかもしれないな。
【支援】についてだが、どれも対象が居なくて失敗という文字が視界に浮かんだが使えるならば大丈夫だ。
ちなみに【支援】については周囲の状況から部下の状態、俺自身の情報まで分かるメニューという機能で確認が取れた。
問題は【契約】の方だ。
【契約】を使うには対象となる相手が必要で【支援】は【契約】で部下にした相手にしか使えない。
さらに言えば【契約】を使える相手がこの世界に存在しないという事だ。
『魔王の契約』は魔界を舞台にしたゲームで登場する種族はどれも人外やモンスターばかり。
そして、この世界にはそんな怪物なぞ存在しないのだ。
つまり【契約】する事ができず、部下が居ない為に【支援】も使えない状態なのだ。
本当に毒を飲みたくなるな。
まぁ、飲まないが。
そんな軽く絶望している時に移動用のゴーレムが止まった。
どうやら目的地に着いたらしく、扉が開くと覆面の輩に連れ出された。
外、というか何処かの洞穴のような場所だった。
こちとら数日飲まず食わずで衰弱しているというのに俺の状態には構わず大量の水を浴びせて本物の檻の中に入れられた。
檻の中には先客がおり、小さな人影は人と獣を合わせたような姿をしていた。
そう言えば、この世界には獣人が存在するんだったか、遠のく意識の片隅で俺はそんな事を考えていた。
次回、『目覚めよ反抗心』