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「ササ、次の休日、空いてる?」
七人いる幹部の一人が笹山に声をかける。
ササとは社内での笹山のあだ名である。
ササはパッと携帯でスケジュールを確認する。
ササも、もう社会人である。上司たちとのお付き合いは大事だろう。
予定は動画閲覧しかない。
問題ないみたいだ。
確認してから、空いてます、と返事をしようとしたら、目の前で幹部がうずくまっている。
体調不良だろうか。
ササが慌ててどうしたのか聞く。
「い、いや、別に。ただ、貴方は無垢だと改めて実感して浄化されそうになっただけよ」
無垢。
ササは驚愕した。純粋だなんて言われたこともなかった。
「むく、ですか?」
「ええ。このお誘い、コスモスならゲームするとかいって断ってくるし、社長なら野良猫観察行くから無理だっていうだろうし、テングダケやイチョウは筋トレがあるとかいうのよ。くっだらない用事でこーんな美人のお誘いぶった切ってくるの! いちいち、スケジュール見て確認してくれるなんて優しさあいつらにはないの!」
コスモス、テングダケ、イチョウ。
これらは全て、幹部たちのあだ名だ。
ササが社員の本名を知らない理由だ。
ちなみに先輩たち同士でも知らないらしい。
だから必然的にみんなあだ名で喋る。
他の会社に出張営業するときもそうなので、他の会社からはおかしな会社だという認識をされている。
事実である。
ササは否定するのもどうかと思うが肯定するのもなぁと思ってそうなんですかと相槌を打つ。
ちなみに今話をしてくる幹部はハピネスという。
おっとりした可愛らしい女性だからぴったりのあだ名だと、ササは思う。
実際のところ、それはあだ名ではなく、コードネームである。
「……ツキヨ先輩はどうでしょう」
確か、ササの直属上司、ツキヨタケも幹部だったはずだ。
優しいし、仕事は早いし気も配る。これ以上ないくらいの適任だとササは思ったのだが。
「ツキヨ?! ……貴方正気?あの子なんて誘ったら、最悪料理に激辛スパイスとかゲテモノ入れてくるじゃない」
「お茶目ですよね」
「………あぁ、貴方、天然だったわね」
「はい、天然パーマです。このウェーブ、すぐ絡まるし学校ではいちいち地毛証明とか必要で大変だったんです」
微妙に会話が噛み合っていない。
そしてそのことにササが気がついていない。
ハピネスはため息をついた。
「おっ、ササだ。それ、研究部にか?」
ハピネスと少し雑談してから廊下を歩いていると前からゼニゴケ先輩が来た。
彼はササの直属上司二人目である。
幹部が二人も上司につくなんて珍しいこともあるものだ、とササは思ったが、それは当然ともいえる。
ササがいくら頑丈といっても、一応表社会育ちの一般人である。
こんな会社にぽいっとお守りなしに放り込むのはどうかと、社長も幹部たちも下っ端ですら思った。
そして元の犯罪組織にかけられた懸賞金はうなぎ登りである。
危険がいっぱいだから幹部二人はつける。
それでは労力の無駄遣いにならないか、と思う一般人もいるだろう。
しかし犯罪オンパレードな社員からしたら癒やしのオアシスに等しいのである。
そう簡単に手放せない。
「はい、ゼニゴケ先輩。先輩はー」
「ツキヨの回収」
「お疲れ様です」
ツキヨタケは自由奔放で、大人しく猫を撫でている日もあれば朝っぱらから生きのいい深海魚を全員のディスクの上に鎮座させるという奇行を起こすこともある。ディスクは濡れなかったがダイオウグソクムシを並べられたゼニゴケがメンタルに重傷を負った。
ゼニゴケは虫が大嫌いだ。ダイオウグソクムシはダンゴムシの白色バージョンである。
その日のゼニゴケの重要書類は他の幹部が持っていった。
普通の書類はササと他の社員で持っていった。
翌日には回復して戻ってきたが、ツキヨタケが亀甲縛りで宙ずりにされていた。
ツキヨタケは、きゃーなんて楽しそうにしていた。
あれ、この人ってMなのかな? とササは首を傾げた。
この話を聞いてわかるであろうが、ツキヨタケとはこういうよくわからない生態をしている幹部の一人だ。
犯罪組織では、メカニック開発班の所属で、幹部まで仕上げた古参幹部テングダケが保護者役、親友は同期のゼニゴケ。営業スマイルでいつもニコニコとしている。中性的な顔立ちで、男ですか女ですかとササに聞かれ、さぁ? なんて答えてみる遊びゴコロ溢れるやつだ。ちなみに男である。
この話の主人公はササではなく、ツキヨタケなのかもしれない。