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① キョンシーを持つということ

 ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。


――雨、すごいな。


 ガラス窓を打ち付ける大粒の雨を恭介は見ていた。彼が居るのはフランスのモルグ島中央に聳え立つ気象塔、その中腹部にある居住スペースの一部屋だ。


 時刻は午前八時。強化ガラス越しに打ち付ける雨音で目が覚めたのだ。


「スー、スー」


「……」


 高級ビジネスホテルを思わせるツインベッドルームで、恭介が眠っていたベッドは部屋の窓側だ。部屋の入り口側では彼名義で保有する姉妹のキョンシー、ホムラとココミが手を繋ぎ合って眠っている。


 いや、繋ぎ合うという表現は正確ではない。ホムラの右手とココミの左手は赤と白の紅白リボンで雁字搦めに縛られていて、ちょっとやそっとじゃ二体のキョンシーの手を引き剥がすことは不可能だった。


 恭介が同じ部屋で眠る事について、意外にホムラは反対しなかった。てっきり苛烈な拒否が出て来る物だと思っていたが、どうやらココミとの間で何かしらのやり取りがあったらしい。


 あらかじめホムラとココミは九時半に起きるよう言い付けてある。


「……メールは、と」


 何となしに恭介はスマートフォンを取り出してメールボックスを開いた。


 スワイプして行くが、ハカモリ第二課の主任、アリシアからのメールしか来ていなかった。そのメールも昨日恭介が送った定時連絡に対してで重要な物ではない。


 アリシア・ヒルベスタ。恭介の上司であり、穏やかな女帝。彼女が推薦してしまったせいで恭介は第六課という最悪の職場に配属されてしまったのだ。


 意図は恭介にも理解できる。ほとんど治外法権と化していた第六課に監視員を置きたかったのだ。度重なる清金京香の暴走は恭介の耳にも入っていた。


 そして、恭介は使い勝手の良い人材で、尚且つ、アリシアに逆らえない事情があった。


「はぁ」


 ため息を吐きながら恭介は自身の両耳を揉んだ。昨日一日フランス語を聞き続け、耳の奥が疲れている。


 ほんの少し前の学生時代、恭介は旅行を良くしていた。キョンシーの普及によって人件費が格段に安くなった現代社会、海外旅行は下手な趣味よりも安価だった。


 その経験にプラスして、第二課での僅かながらの日々の猛特訓のおかげで、恭介は、英語、中国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語と何とか日常会話が遅れる程度には外国語を習得している。


 だが、異言語に晒されるというのは中々のストレスだ。清金が持っていた翻訳機が欲しかったが、あれ一つの値段で恭介は一年暮らせる。そんな高価な物を持つ気に成れなかった。


 ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。


 ピッ。ピッ。スマートフォンを操作し、恭介はヨーロッパ一帯の〝天気予定〟を調べた。


――全体的に晴れ。一部農作地域に対してのみ少量の雨。


 この天気予定とは、アネモイがいつ、どこに、どのような、天気を作り出すかを記述した物で今の空模様とは全く違う。


「……これが不具合か」


 どうやらこの激烈な大雨こそがアネモイの不具合を証明している様だ。


 実際、爆弾低気圧で恭介は少々体がダルい。


「シャワーでも浴びるか」




 恭介がシャワーを浴び、外着に着替えて部屋に戻ると、窓ガラスからは見事な晴天が広がっていた。つい十分程前まであった文字通り滝の様な雨はその姿を完全に消し、窓ガラスに残る水滴だけが雨空の残滓である。


「うわ、良い天気」


 恭介は呟く。先程調べた気象予定通りの、雲一つない青空がモルグ島を包み込んでいた。


 スマートフォンで調べると、まだ、イタリアやドイツなどのこの島から離れた土地の天気は雨のままの様だが、急速にヨーロッパ全体が晴れて行っている。後一時間もすればヨーロッパ全土の天気図に晴れマークが灯るだろう。


 アネモイの天気制御がダイレクトに効くのはどうやらモルグ島一帯までで、ヨーロッパ全土となると一、二時間の時間差が生まれるらしい。


 エアロキネシスとは言ってしまえば、気体分子の運動を制御するPSIである。


 加速、停止、凝縮、拡散、どの様な運動制御が得意かはキョンシーの個体差に依るが。アネモイはその全てに秀でたキョンシーだ。


 恭介は脳に叩き込んだ第二課のデータブックを思い出す。


 アネモイのエアロキネシス。全気体分子の完ぺきな運動制御。特に凝縮と拡散に秀でており、周囲一帯の気圧をミリパスカル単位で制御できる。有効PSI半径は八百キロメートル。ただし、自身との距離が離れるほどPSIの制御が難しくなる。


――改めて考えても化け物スペックだな。


 ヨーロッパ連合が保有する奇跡の傑作。天候の支配と言う、有史以来、人類が夢見た大偉業を成し遂げたキョンシー。


 そんな物と今から関わらなければならないのだ。


「……憂鬱だ」


 ココミ、恭介が持つ二体のキョンシーの内の一体。世界で初めてで唯一のテレパシストであるこのキョンシーはそのPSIを用いて他のキョンシーにPSIを〝植え付ける〟ことができるのだ。


 どこからか漏れたこの情報が新生アネモイ計画を立てているヨーロッパ連合に眼を付けられてしまった。


 恭介にはどうでも良い。というか平穏に暮らしたく、あまりココミをシカバネ町の外に出したく無かった。


 ココミは現在世界で最も注目されたキョンシーである。合法非合法の組織がココミを手に入れようと画策しており、シカバネ町でもその魔の手が伸びていた。


 実際、昨日リムジンにて恭介達は正体不明の組織から襲撃を受けた。清金と霊幻が居たから良かったが、もしも恭介達しか居なかったらココミを守り切れなかっただろう。


 キョンシーを持つということはその存在に責任を持つということである。恭介にはその責任があった。


 キョンシー全盛期自体とも揶揄される現代。死者が存在を謳歌するのには、生者の後ろ盾が必要なのだ。


「スー、スー」


「……」


 鏡合わせの様に恭介のキョンシーは眠っている。


 PSI阻害首輪を嵌められた二体の顔は全く同じで、ホムラは左眼を、ココミは右眼を隠す様に蘇生符が貼られている。


 この二体には血縁上は無い。蘇生符の型番としても姉妹機ですらない。


 ホムラの体はココミを模して整形された外部性なのだ。


 勿論、キョンシーを作成する時、素体の体にある程度のメスを入れる。だが、それはあくまで防腐処理と内臓の入れ替えを目的としている。故に、キョンシーの顔や体は元に成った素体の影響を強く受けるのだ。


 だが、ホムラはそうではない。素体に成った人間は最低でも二十七。あり合わせで余ったパーツを継ぎ接ぎし、整形手術によってココミと同じ顔と体の形にしているキメラだ。


「ん、ココ、ミ」


「……」


 スリープモードに入っているホムラがココミを引き寄せて軽く抱き締めた。


 ホムラは自分をココミの姉だと信じている。理由を恭介は知らない。


 だが、ココミは知っているだろう。自分がホムラの姉ではないということを。


 蘇生符の起動時間を調べたマイケル曰く、ホムラはココミの後に起動している。そもそもとしてホムラはココミの後に造られたのだ。姉である筈が無い。


「ま、良いけどさ」


 それについて恭介は深く考えない。恭介が考えるべきなのは難局をどう突破し、自分とホムラとココミが生き残るのか、ということだけだ。

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