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③ 風の神




***




 バタン! リムジンの左ドアを荒く閉めて、京香は車内の第六課達へ顔を向けた。


 カーチェイスでの戦闘。京香には向いていない分野だ。PSI、アクティブマグネットを使えばある程度は戦えるだろう。だが、身体能力自体は人間レベルの自分ではどこかのタイミングで振り落とされてしまう。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 霊幻は負けないだろう。だが、京香達足手まといをあの一体では守り切れない。


 グイングイン! 京香達が乗るリムジンのハンドルが右に左に切られ、その度に車内に慣性モーメントが生まれる。


 高速で動き続ける車の中、第六課が持つ手札はそう多くなかった。


 後部座席に居たその数少ない有効的戦力へ京香は命令した。


「ホムラ、戦って!」


「いや」


「……」


 そして、即座に断られた。ガクッと椅子にしがみ付く京香の腕から力が抜ける。断られると分かってはいた。お互い以外何も要らないキョンシー達が素直に命令を聞くはずが無い。


 ならば、持ち主に頑張ってもらうしかない。


「恭介、何とかあんたのキョンシーをやる気にさせなさい!」


「ええ!?」


「じゃなきゃ多分この中の誰かが死ぬわよ!」


 いきなり無茶ぶりを受けた恭介がフレームレス眼鏡越しに愕然とした瞳をする。この様な激しい戦闘に彼が巻き込まれたのは初めてだ。


 見るとヤマダはいつの間にかセバスチャンに抱えられ、ダイヤルが付いた武骨なゴーグル、ラプラスの瞳を装着している。


 恭介自体に京香とヤマダの様な戦闘能力は無い。対策局実行部の護身術はそれなりに仕込まれているが、それでもキョンシー相手に勝てる物では無かった。


「ホムラ! あいつらはココミを狙った敵だ! ぶっ飛ばせ!」


 しかし、恭介は直ぐに対応した。座席にしがみ付きながらも、思い切り良く彼のキョンシーに命令する。


「は?」


 ずっとココミに抱き着き我関せずを貫いていたホムラがピシッと剣呑な雰囲気を纏う。


 顔を上げたホムラはココミと共に恭介を見た。キッとした右眼とボウッとした左眼が主へ注がれる。


「は?」


「……」


 もう一度短くホムラは声を出した。ココミは相変わらず口を噤んでいて、事の成り行きに任せている様に見えた。


「敵の攻撃理由は一つしかない。世界唯一のテレパシスト、ココミを攫いたいんだ! じゃなきゃわざわざ霊幻と清金先輩が乗ったリムジンを狙うはずが無いだろ!」


「ねえ、ココミ。本当?」


「……」


 ココミの口は何も語らない。だが、姉妹の間で何かしらのやり取りがあった様だ。


「分かった。燃やしてあげる」


 ホムラはココミを抱き締めたまま、リムジン右座席へと移り、そのまま分厚いガラス窓から外に敵の車両を見つめる。


 それと同時に恭介が声を張り上げた。


「木下恭介がホムラへ許可する! PSIを発動しろ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 瞬間、ホムラの蘇生符が輝き、敵の車両を巨大な火柱に包まれた。


 ホムラのパイロキネシスは設置型。認識できる座標位置へPSI力場を設置し、炎を生み出す能力者だ。設置から発火に掛かる時間はコンマ五秒。自身との相対位置がほとんど変化しないのであれば、この炎を躱す方法は存在しない。


 火達磨に成った敵のワンボックスカーはけたたましいブレーキ音を立てる。炎の熱よりも視界を塞がられたのがまずかったのだろう。ハンドルを切り間違えたのかワンボックスカーは横転し、屋根に乗っていた大鎚のキョンシー達がジャンプした。


「運転手さん、止めて!」


 京香の命令にリムジンの運転手は即座に従った。


 キキィーー! 急ブレーキでリムジンの前方への慣性が襲う。だが、こちらのブレーキは余裕がある物で、リムジンが横転する気配は無かった。


「ヤマダ、ココミ達の護衛をお願い!」


「はイ」


 リムジンが止まる直前に京香が車外へ飛び出す。既に四十メートル先で霊幻はワンボックスカー前の大鎚のキョンシー達と交戦していた。


「シャルロット、トレーシーを出して!」


「ショウチ」


 左手に持った補助AIシャルロットが取り付けられたアタッシュケースが独りでに開き、ポン! と武骨なピンクのテーザー銃、トレーシーが飛び出た。


 飛び出た自身のメインウエポンを右手で掴み、京香はモルグ島の街を疾駆する。


 道路脇や見える位置に島民達の姿は無い。既に自主避難が完了している様だ。


――なら、遠慮する必要ないか!


 トレーシーの有効射程は二十メートル。その距離まで近づいて京香は敵のキョンシーへと人差し指の引き金を引いた。


 パシュ! 内蔵されたサスペンションと圧縮ガスが音を立て、ワイヤーが取り付けられたトレーシーの電極を撃ち出される。


 ガキン! だが、軽く振られた大鎚に弾き飛ばされてしまった。


「京香、こいつらは電撃対策をしている! 頭を狙え!」


「分かったわ!」


 シュルシュルシュルシュル! ワイヤーを巻き戻し、電極を再装填しながら京香は戦況を整理した。


 ワンボックスカーは横転したまま。大鎚のキョンシー達の持ち主の姿は無い。逃げた可能性が高いが、ワンボックスカー内で焼け死んだ可能性もあった。


 敵のキョンシーは柄が伸縮自在な大鎚を操っている二人組。どちらも全く同じ放出型のパイロキネシスト。電撃対策がされている。


――勝てる相手ではあるわね。


 これくらいならば、勝率の方が高い。確かに、霊幻の紫電対策をしていて、身体改造もされているが、その程度では負けないと京香は信じていた。


 要は霊幻があの二体に近寄れるだけの隙を作れば良いのだ。


「シャルロット、盾に成って」


「ショウチ」


 ガチャガチャガチャガチャ! ルービックキューブの様にアタッシュケースが高速で形を変える。


 二秒と掛からず、シャルロットは京香の左手の甲を中心とした直径一メートルの円形の盾へとその形を変えた。


「広がれ」


 ギュイン! 主の命に半透明の薔薇の盾は花開き、直径を二メートルに広げて京香の体を覆った。


――良し。


「行くわよ!」


 わざと宣言して京香は突撃する。


 ダダダダ! 鉄板が仕込まれた靴は硬い音を鳴らした。


 ゴオオオ! ゴオオオ! 霊幻と相対しながら、大鎚のキョンシー二体は京香へ火球は放つ。


 京香には避ける気が無い。最短最速で行かなければ、人間である自分がキョンシーと渡り合えない。


 二つの火球が盾に直撃し、ボオン! ボオン! と爆発する。爆風の風圧にピキッと左腕が痛むが、腕の角度を調整し、衝撃を上手く受け流していく。


「ハンマーはよろしく!」


「ああ!」


 ガガッキキイイイイイイイイイイン! 霊幻が二つのハンマーをほとんど同時に蹴り飛ばし、京香へと道を作った。


 二十メートルの距離は数秒にしてゼロとなり、そのまま京香はシャルロットごと大鎚のキョンシー達へ体当たりした。


 全身に力を入れ、衝撃に耐える。人間の重さではない敵のキョンシー達の体はほとんどグラつかない。人間とキョンシー、身体能力の差は超えられる物ではないのだ。


 それで十分だ。京香が作りたかったのは蹴りを放った霊幻が体勢を戻す僅かな時間だ。


「霊幻!」


「ハッハッハァ!」


 想像通り、背後の霊幻が突撃する。「閉じろ!」シャルロットの薔薇が閉じた瞬間、京香の肩から霊幻の逞しい腕が伸び、前方のキョンシーの頭を掴んだ。


「撲滅だああああああああああああああああああああああ!」


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 強烈な紫電が敵のキョンシーの脳を焼く! 一瞬にして蘇生符どころか脳が破壊された敵のキョンシーの体は只の肉体へと転移した。


――次!


 後一体残っている。京香はトレーシーの銃口を向けた。


 ダンッ! 既に残った一体が逃走を開始していた。相方が壊れた事を認識した直後に動き出していたのだ。


 十五メートル先までそのキョンシーは逃げており、京香は「ちっ!」と舌打ちする。


「逃がすな!」


「当たり前だ!」


 ハハハハハハハハハハハ! 笑い声を上げながら霊幻が走る。きっと追い付ける距離だ。


 しかし、その追撃は意味を為さなかった。




 音は無かった。


 ヒュウ。一瞬の風が京香の背中を通り過ぎただけだった。


 それだけで、京香と霊幻の前方に居た()()()()()()()()()()()()()()()()




 京香は何が起きたのか分からなかった。


 ブシュウウウウウとキョンシーの首から薄く赤い人工血液が噴き出す様子を見ても、何があってそれが起きたのか認識できなかった。


 まるで重要な場面が切り取られた映画のブツ切りのシーンを見たかの様だった。


 果たして、答えは空から現れた。


「『はーい、おねえさん、こっちこっちー』」


 涼やかな子供の声が上から聞こえた。


 京香が上を見上げると、そこには小麦色のレインコートを着たキョンシーがフワフワ浮いていた。


 血の気が引いた土気色の肌をした子供のキョンシーだ。髪は色が抜けたのか真っ白で、眼はクリクリとしている。元の素体が少年なのか少女なのか分からない曖昧なキョンシーだ。


 可愛らしい顔をしているキョンシーだ。少年としての愛らしさと少女としての愛らしさが同居している。少年と少女、二つの魅力が混在した刹那的な美しさがあった。


 そんなキョンシーがニコッと笑って京香達へ声を掛けた。


「『やあ、ぼくはアネモイ。おねえさんたちがぼくを〝壊して〟くれる人たちかな?』」


 ヨーロッパの至宝、至上最高のエアロキネシスト、天気を司る風の神の名を冠したキョンシー、アネモイがそこに居た。

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