② 大鎚の襲撃
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衝撃はリムジンの右方向から放たれた。強烈な慣性が霊幻達を襲う。
運転手の腕のおかげかリムジンは横転せず、横滑りする。だが、京香達人間は横方向の加速度が働いた空間の中で動くことができず、各々シートベルトなりテーブルなりにしがみつき、体を浮かせまいと力を入れることしかできない。
幸いにして、このリムジンの運転手の腕は素晴らしい物だった。速やかにリムジンはその横滑りを止め、対向車線の一歩手前で車内に安定が戻る。
直後、京香が声を張り上げた。
「霊幻、迎撃!」
「おうとも!」
バチバチバチバチバチバチ!
即座に放たれた京香の命令に霊幻は蘇生符を輝かせ、体中へ紫電を纏った。そして、砲弾の様にまっすぐに入ってきたリムジン右側のドアへと突撃し、最小限の動きでドアを開け、車外へと飛び出る。
車外へ出た霊幻はリムジンの屋根へ紫電を放ち、帯電させる。そこはすぐさまスポットとなり、クーロン引力を用いてリムジンの上へと着地した。
ドン! 着地と同時に霊幻は周囲を見る。
――敵は何処だ? どのような攻撃だ?
果たして、その答えは直ぐに出た。
霊幻が乗るリムジンの右側に、白塗りのワンボックスカーがあり、その車上に二体のキョンシーが立っていた。
どちらもスーツを着た細身のキョンシーだったが、体に霊幻と同じく改造をされているのは間違いなかった。
なぜならば、二体とも身の丈を超える大槌を持っているからだ。武骨でおそらく金属製の重さだけを追求したハンマー。二体のキョンシーはそれを軽々と片手で持っている。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
霊幻は笑った。何の理由でリムジンを攻撃したのかは定かではない。
だが、このキョンシー達が京香達人間へ害を為そうとしたのは明白だった。
更に霊幻は京香から〝迎撃〟を命じられている。つまり、撲滅の許可だ。
グン! 霊幻が乗るリムジンが加速する。
相手のワンボックスカーも即座に加速し、霊幻達のリムジンから約七メートルの位置でピッタリ離れなかった。
確定だ。やはり、こいつらは撲滅するべき相手である。
リムジンとワンボックスカーがモルグ島を爆走する。
「ハハハハハハハハハハハハ!」
――撲滅だ!
ダァン! 霊幻はリムジンの屋根を蹴って相手のワンボックスカーに乗った二体のキョンシーへ突撃する。紫電の有効距離は四メートル。後少し近づかなければならない。
空中を飛ぶその体は無防備であり、ワンボックスカーに乗った二体のキョンシー達は即座に反応した。
大槌の柄の長さがグーンと五メートルにまで伸び、そのまま、まるで金属バットのような気軽さで二体のキョンシーは大槌を振り被る。
重さというシンプルにして強固な力が霊幻の体を左右から圧殺せんと迫った!
「だろうな!」
左右から迫りくる大槌へ霊幻は紫電を撃つ。
バチバチバチバチ! バチバチバチバチ!
大槌は両方とも絶縁加工されている様で、持ち主のキョンシー達へ紫電は届かない。
だが、霊幻の紫電は刹那の間、大槌の圧殺面に帯電する。
クーロン引力と斥力を高速で切り替えて、霊幻の体が上方へと加速した。
ガッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
霊幻の足元のすぐ先で、二つの大槌が激突して火花が散る。
「充電!」
ビリビリビリビリ! 霊幻は両手に紫電を帯電させ、足元の鉄塊を蹴り、前方へと加速する。
充電が完了すると同時に、霊幻の前方四メートルに敵の体が入った。
射程内である。それを認識するよりも早く、霊幻は両手に貯まった紫電のエネルギーを解放する。
「発射!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
霊幻の両手から放たれた紫電は即座に敵のキョンシー二体へと届く。必殺の紫電。即座に蘇生符をショートさえ、キョンシーの活動を停止させる……はずが、その手ごたえが無かった。
紫電は二体のキョンシーの胸と腹に落ちた。通常ならその電流はキョンシーの全身を駆け巡り、額の蘇生符をショートさせる。
だが、紫電は敵のキョンシー達の両足へと真っ直ぐに落下し、その蘇生符の破壊には至らなかった。
「対策済みか!」
考えられる可能性は幾つかある。この場で最も可能性が高いのは〝誘雷針〟だ。
誘雷針とは、電気工事や落雷が多発する地域等でキョンシーの足に付けられるアタッチメントパーツである。非常に高い電気伝導性を持った長さ十五セント程の針がキョンシーの体を流れるほぼ全ての電流を集電し、地面へと流すのだ。
加えて、どうやら、このキョンシー達が来たスーツも表面が導電加工され、霊幻の紫電が散らされてしまう様だ。
「ならば直接頭を狙う!」
だが、霊幻がワンボックスカーに着地しようとしたその時、敵のキョンシーから強烈な前蹴りが放たれ、その体が再び宙を舞った。
クーロン引力でスポットとしたリムジンの屋根へと速やかに霊幻は着地する。
カーチェイスをしながらというこの状況。地の利は相手にあった。
なおも状況は悪化する。ワンボックスカー上の二体のキョンシーの蘇生符が輝き、周囲に炎の球が浮かんだ。
――放出型のパイロキネシス!
「ハハ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
即座に霊幻は全身へ紫電を纏い、両手両足に電力をチャージする。
ゴオオオ! ゴオオオ! ゴオオオ! ゴオオオ! ゴオオオ! ゴオオオ! ゴオオオ!
二体のキョンシーから火球が連射される。交互に放たれるパイロキネシスには途切れが無く、容赦なく霊幻達のリムジンを狙っていた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
バチバチバチバチ! バチバチバチバチ! バチバチバチバチ! バチバチバチバチ!
迫ってくる火球へと高笑いしながら、霊幻はリムジンを守る様に紫電を薄く広く放った。
固体化したパイロキネシスは外部刺激で簡単に爆ぜる傾向にある。
火球は紫電に触れた瞬間、ボンボンボォン! と爆発を繰り返した。
その時、リムジンの左側のドアが少しだけ開けられ、京香の声が聞こえた。
「どんな感じ!?」
「ハハハハ! 悪い状況だ! 敵はワンボックスカー、屋根に大型ハンマーを持った二体のキョンシー、しかも、爆発する火球を放つPSI持ちだ!」
「分かった! あと少し踏ん張って!」
「了解!」
バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ!
紫電の出力が上がる。京香がもう少し踏ん張れと言ったのだ。それを果たす力が霊幻にはあった。
霊幻は京香を信じていた。間違いなく、相棒はこの状況を好転させると。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」




