② 異邦からの依頼人
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コンコン。
三つ目のスコーンを食べ終わった時、ドアをノックする音が響いた。
「水瀬だ。待たせたな、入るぞ」
京香達の返事を待たずして、ガチャッと水瀬が第六課のオフィスへ足を踏み入れる。猛禽類を思わせるその双眸は鋭く力に満ちていた。
ハカモリの局長である水瀬の背後に見慣れぬブロンドヘアの女が居た。癖の無いストレートヘアで、柔らかいヨーロッパ系の顔立ち、年はおそらく京香より少し上だろう。
――依頼人か何かかしらね?
水瀬はブロンド美人を連れて京香の前まで来た。その背中を新人の恭介だけが首を伸ばして観察している。他の連中は各々好き勝手だ。
「おはようございます、水瀬部長。要件は何でしょう? そちらの人が関わっているんですか?」
「ああ、この人はセリア・マリエーヌ。遠くヨーロッパの地からの依頼人だ」
「へぇ」
ハカモリは基本的にシカバネ町を活動拠点とし、日夜、誘拐や殺人、素体狩りなどのキョンシーが関わる犯罪の防止や鎮圧に当たっている。
だが、それとは他に外部依頼も受け付けていた。キョンシーを使った戦闘及び鎮圧能力を持った組織はそう多くなく、ハカモリは世界でも有数の揉め事処理屋であったからだ。
そして、第六課はこの外部依頼を最も多く受注する課でもあった。シカバネ町で第六課が必要な危険度の仕事はあまり発生せず、更に少数精鋭で動かし易いのが理由であろう。
「それじゃあ、依頼内容は何でしょうか?」
京香は水瀬の後ろの依頼人、セリアへ目を向け、聞きの体勢に入った。水瀬を通している時点で拒否権は無い。だが、内容の確認に失敗すれば、大火傷を負うのが水瀬の持って来る依頼の常だ。
視線を受けてセリアが口を開いた。
「%&%%&&%&$%%&%?」
「ストップ」
京香は胸の前でバッテンを作り、水瀬へ顔を向けた。
「外国語じゃないですか」
「そりゃ外国の方だからな」
「ちょっと待ってください、翻訳機出しますから」
即座に元の先程まで座っていたデスクへ戻り、京香は引き出しを開け、グチャグチャ混沌とした中身からお目当ての物を探し出した。
京香が引き出したのは右耳に付けるインカム型のピンク色の翻訳機『トーキンver5』だ。
これは世界で使われている公用語をほぼリアルタイムで発信受信翻訳してくれる優れ物だ。素晴らしいのは相手と自分の肉声をほぼ完璧に再現し、互いが分かる言語で音声してくれる点である。
値段は張るが、日本語以外特にちゃんと話せない京香にとって外国人と話す時の必需品だった。
「え~と、その方の言語は? 英語じゃなかったですよ、ね?」
「フランス語ですヨ。いマ、彼女は、『初めまして。依頼を聞いてくださり感謝いたします。あなたが清金京香さんですか?』と言ってマシタ」
「サンキュー、ヤマダ」
ヤマダの補足に礼を言い、京香はトーキンver5への音声認識を始める。
「受信はフランス語から日本語へ、発信は日本語からフランス語へ」
ピピッ。即座に設定が完了し、京香は取り繕った愛想笑いを浮かべながら、セリアへと向き直った。
「お待たせしました。アタシは清金 京香です。第六課の主任をやらせていただいてます」
発した言語が即座に翻訳され、インカムのマイクから京香の声でフランス語に翻訳されオフィスに響いた。
セリアは面白そうな顔をした後、丁寧にお辞儀をした。
「『あ、こちらもごめんなさい。話せると聞いていた物でしたから。初めまして、セリア・マリエーヌと言います』」
右耳に付けたイヤホンがセリアの言葉を京香の分かる言語に翻訳する。久しぶりにこの翻訳機を使ったが、幸い壊れていなかったようだ。
――水瀬さん、適当な事言いやがったな。
ジロッと睨むが、水瀬は全く気にするそぶりを見せなかった。
「依頼内容をお聞きしましょうか」
長々と無駄話をする気は無い。京香は応接用の黒革ソファを指さす。
「あ、そうだ、全員集合」
ついでに、手をパンパンと叩いてオフィスに居た部下達を招集する。自分達全員への依頼なのだ。まとめて聞いた方が良い。
ガラス張りの机を挟んで向かい合った黒革のソファに京香とセリアは座った。
セリアの左隣では水瀬が座っていて、京香の後ろでは第六課の面々が立っている。
「紅茶はいかがですか? うちのセバスチャンが淹れた物です。とても美味しいですよ」
京香の言葉にセバスチャンが丁寧にお辞儀をした後、ティーポットを小さく胸の前で上げた。
セリアはチラッとセバスと京香の顔を交互に見た後、首を横に振った。
「『お気遣いありがとう。いただきます』」
「分かりました。セバスさん、二人分頂戴」
「承知いたしました」
コトッ。セバスが注いだ紅茶を一口飲み、セリアは大きく目を開いた。
「『美味しい』」
それは驚きに満ちた自然と溢れてしまった言葉だった。それに京香は得意気な顔をする。
「そうでしょうそうでしょう。アタシはこれ以上の紅茶を知りません。あ、お茶請けもありますよ?」
「『いえ、それは結構です。依頼の話をしましょう』」
――残念。
折角だからスコーンを味わってもらおうと思ったのだが、少し笑いながら彼女は首を傾けて断られてしまった。
京香はセリアの隣で黙っている水瀬を見た。口を開いたり、何かアクションを起こそうとする様子は無い。どうやら、やり方にとやかく口を出す気は無いらしい。
それならば、と、セバスの紅茶を一口飲んで京香は居住まいを正した。
「それじゃあお聞きしましょう。アタシ達第六課に何の用ですか?」
ジッと京香はセリアの眼を見る。セリアはその美しいブロンドの髪を一度撫でた後、おもむろに言葉を紡いだ。
「『京香、あなたは我々ヨーロッパ連合が保有するキョンシーの事を知っていますか?』」
「ええ、あなた方が開発するキョンシーは世界各地で使われていますからね、特に生活環境方面で」
死体全盛期時代である現代、世界各国でキョンシーが盛んに生産されており、それぞれの国と地域で生産されるキョンシーには特徴があった。
たとえば、京香達が暮らす日本を含んだアジア地域では、単純作業をインプットした特化型のキョンシーが主流だ。特定の動きを長時間一定のペースで行う必要がある工場などへ販売されている。
逆にアメリカ大陸全般では、多機能型のキョンシーが主流だ。身体改造し、人間では不可能な出力を持ち、一通りの事は何でもできる、ある意味でひな形のキョンシーが販売されている。
そして、セリアが暮らすヨーロッパ連合では、人間の生活を支えるサービス業がインプットされたキョンシーが数多く販売されている。農業、宅配、掃除、ハウスキーパー、ベビーシッター、変わり種ならばボディーガードまで、ヨーロッパ産のキョンシーを一体買えば、居住環境が高級ホテル並みに成ると言われている。
「『はい。私達のキョンシーのモットーは〝揺り籠から墓場まで〟。キョンシーを使って完ぺきな生活を目指しています。では、我々ヨーロッパ連合が持つもっとも有名なキョンシーは何なのか分かりますか?』」
「それはキョンシーの型番、それとも個体どっちの意味で?」
「『個体の方です』」
――回りくどいわね。
顔には出さず、京香は少し考えて口を開いた。
「個体で言うなら〝アネモイ〟でしょうね」
「『その通り。我々ヨーロッパ連合が保有する、世界に五体しかいないA級PSIキョンシー、アネモイのことで今回依頼があるのです』」
京香は一度自分の額を触った。これは面倒な依頼、それもとびっきりの物であると確信したのだ。
「へぇ。アネモイ、アネモイね。普通ならアタシじゃ一生関わり合いの無いビッグネームが出てきましたね。続きを聞きましょう。そのアネモイ、世界最高峰のキョンシーへアタシ達に何をして欲しいんですか?」
京香は嫌な予感がしていた。第六課の悪名は内外に知れ渡っている。
曰く、第六課は災害だ。奴らの通った後には骨の一本さえ残らない。
間違った表現ではないと京香は思っている。自分達に最も向いているのは何かを壊す、何かを撲滅することだ。
セリアはすぐに答えなかった。続く言葉を口に出してしまったら後戻りは聞かないと分かっているのだろう。もしかしたら、このまま母国へ帰ってしまいたいのかもしれない。
けれど、セリアの沈黙は決して長くなかった。
「『ヨーロッパ連合を代表して日本シカバネ町のキョンシー犯罪対策局第六課へ依頼します。我々の最も大切なキョンシー、我々ヨーロッパで最も価値のある至上のエアロキネシスト〝アネモイを破壊して欲しいのです〟』」




