1-57 脅迫と落とし所
戦いから一週間後の朝、京香はヴァイオレットクリニックから退院していた。
──菫、ブチ切れてたわね。
額には包帯が巻かれ、胴にはコルセットも着けている。傍目には見えないが、四肢にはギブスのオマケ付きだ。
パンツスーツにトレンチコートと言ういつもの格好だが、その実、京香は歩くのも辛い。
菫からは本日はさっさと帰宅し、自宅で安静にしている様に命じられていたが、京香はこのままハカモリのビルへと向かっていた。
本日会議が行われるのだ。
三十分後。会議室にて第一課から第五課の主任、そして水瀬の前で京香は立っていた。それぞれの課の主任の後ろにはキョンシーが控えていて、第四課の関口の後ろには復帰したばかりのコチョウが居た。
──霊幻連れて来れば良かった。
霊幻はマイケルの所で修理中で、京香は少し心細い。
「……では、会議を始めよう」
全員へ目線を向けた後、水瀬が口を開いた。
「清金京香、お前から話せ。今回の議題はお前が言い出したことだ」
「まず、アタシの退院を待ってくれて、また、この会議を開いてくれてありがとう。感謝します」
関口がハッ! と笑った。
「お前が会議開けって脅したんだろうがよ!」
「今回の議題は、先日捕まえたテレパシストとパイロキネシストの処遇についてです。アタシはこの二体を第六課が所有する事を要求します。如何でしょうか?」
関口の反応を無視して京香は要求した。
「白々しい要求ですね、キョウカ、あなたは私達に肯定しか求めていないじゃないですか」
フフフと第二課のアリシアが笑っている。その通りだったから京香は言い訳をしなかった。
ジリッと会議室の空気に緊張が走った。
「そうね。アタシがしているのは脅迫かもしれない。あの姉妹を引き離す様なら、アタシはこの場であなた達全員を再起不能にする。つべこべ言わず、あの二人をアタシ達に寄越しなさい、って言うつもりだもの」
会議室に沈黙が走った。ある者は呆れ顔、ある者は微笑、ある者は眉根を潜めている。
京香の視線と水瀬の鋭い眼光が合う。
「なるほど、お前の脅迫は分かった。俺から言えることは一つ。第六課預かりにするのは構わない。だが、お前所有のキョンシーにはできない」
「アタシ以外にあの二人を抑えられる人間は居ないと思いますが?」
「お前にあの二体を渡した場合、清金京香への首輪が無くなってしまう。戦力が集中し過ぎている」
その理屈は京香にも理解できた。
「分かりました。アタシが所有者に成るのは諦めます。じゃあ、ヤマダに持ち主になってもらいますか?」
「無理でしょう。ヤマダさんはセバスチャン以外のキョンシーを絶対に持ちませんよ」
ハハハと長谷川が苦笑いした。
「それじゃあマイケル?」
残った最後の人間の名前を口にしたが、第一課の桑原が即座に否定した。
「あの人は優秀なキョンシー技師でしょうか、キョンシー使いじゃないですからなぁ」
「じゃあどうするんですか? もう第六課に人間は居ませんよ」
フッと水瀬が珍しく笑った。
「第六課の人員は全てその課のスカウト制だったな?」
「ええ、そうだって聞いてます」
「それを一つ捻じ曲げよう。喜べ、清金京香二級捜査官、お前達第六課に本日より新人が入る」
「……そう来たか」
しょうがない、と京香は頷いた。
「その新人があの二人の所有者に成るんですね。しかも第六課じゃなくて他の課の息が掛かったやつに成る訳だ」
「その通りだ。アリシア、呼べ」
「はいはい」
アリシアが通信機で何処かへと連絡する。程無くして、会議室のドアを恐る恐るノックする音が響いた。
「木下恭介入ります」
青年の声だ。ギーッと会議室の扉が開かれ、そこに現れたのは京香より少し年下に見える男だった。
身長は京香より頭一つ程度高い。フレームレス眼鏡を掛けて、少し癖毛の入った黒髪だった。
──ああ、あの新人か。
この男は第二課の新人だ。今回の騒動に行き着いたあの倉庫での一戦。京香が起こした拷問現場の半死体を見て、吐きそうな顔をしていたあの男だ。
木下という男は戸惑いの色を瞳に映しながら、会議室のメンバーへキョロキョロと眼を向けていた。
「木下恭介五級捜査官」
「はい!」
水瀬に声を掛けられ、ピンと木下が背筋を正した。
「お前には本日付で第六課へと転属してもらう」
「………………………………………………はぁ!?」
しばらくの沈黙の後、木下は言葉の意味を理解して大きく声を出した。
どうやら事前に伝えられていなかったようだ。




