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③ 勅令陏身保命




***




「さっさと壊れてよぉ!」


 ホムラは悲痛に叫び、霊幻と呼ばれたキョンシーの左眼へ親指を突き立てる。


 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


――脳を燃やしてやる!


 だが、霊幻の動きはホムラより一手早い。


「ウラァ!」


 このマントのキョンシーは自分が壊れる事など気にしていない。


 狂った笑顔を貼り付かせながら、霊幻の右拳がホムラの脇腹へと突き刺さった。


 ベキボキバキボキ!


――砕、けた!


 ホムラの内部から左肋骨が粉砕される音がする。


「ッァ!」


 強烈な後方への運動量が生まれ、体が宙を浮いた。


 受身を取る暇すらなくホムラは後方の転落防止用フェンスへ、ココミの隣へと激突した。


 ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 砕けた肋骨が内蔵を突き破り、口から薄赤色の血が吐き出される。


(おねえちゃん!)


 ココミの悲鳴が脳に響く。ホムラの視界が点滅した。ショート寸前の電子機器の様な砂嵐が現れる。痛覚はもう消えている。ダメージで機能が停止しそうに成っているだけだ。


――大丈夫よ!


 ホムラは眼を見開き、視界を無理矢理安定させる。


 ダダダダダダダダ! 前方では霊幻がバチバチバチバチ! と突撃を始めていた。


 一度動き出してしまったらホムラの炎じゃ止められない。


――しまっ


(私がやる!)


「させない」


 ココミが傍らのエレクトロキネシストをホムラ達の前へと滑り込ませた。


 霊幻の進路上に割って入ったエレクトロキネシストはジグザグに落ちる力球を放った。


 キイイイイイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイいいイイイいいイイイン!


 キイいいイイイイイイイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイいいイイイン!


 その全てを霊幻は最小限の身体ダメージで避け、紫電を放つ。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 エレクトロキネシストの脳と蘇生符がショートし、ホムラの頭にココミの声が響く。


(おねえちゃん! あのキョンシーごと敵を燃やして!)


 脊髄反射的にホムラはパイロキネシスを発動した。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉ!」


 霊幻さえ、このキョンシーさえ壊せればホムラ達は逃げ切れるのだ。


「霊幻!」


 霊幻の後方に居た、トレンチコートを着込んだパンツスーツ姿の女の声が聞こえる。


 その人間はココミが操るキョンシー達の攻撃を傷一つ無く捌き続けていた。


 それは荒々しく、けれど流麗なダンスだった。人間だというのにキョンシーの攻撃を紙一重でかわし続ける。足は軽快なステップを踏み、体がクルクルと回転している。


 透明な薔薇の盾を左手に、トレンチコートの裾を翻して、キョンシー達とその人間は踊っていたのだ。


 人間は懐のスーツ内ポケットに右手を入れ、ホムラは首にゾクリとした悪寒が走った。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 炎の中で霊幻が大笑いする。楽しそうで嬉しそうで、無味乾燥な狂った笑い声だ。


「清金京香が霊幻へ勅令する! アタシを守れ!」


 人間は、清金京香と名乗った人間は高らかな声を上げながら懐から右手を出した。


 その右手にはホムラ達にとって見慣れた札型の電子デバイス、蘇生符が握られていた。




***




「清金京香が霊幻へ勅令する! アタシを守れ!」


 京香はPSIによる攻撃を紙一重で避けながら霊幻へ命令する。勅令。音声命令の最上位。この言葉と共に発せられた命令は、キョンシーを強制的に従わせる。


「ハハハハハハハハハハ!」


 霊幻は狂笑を上げながら側まで跳んで来る。同時に京香は懐から蘇生符を取り出した。


 手の平大の札型デバイス。上部に貼られたシールを剥がすと、そこには通電性のジェルが塗りたくられていた。


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ! ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! キイイイイイイイいいイイイイイイイイイイイイイン! ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 二体のキョンシーからは苛烈なPSIが放たれるが、それら全てに霊幻が対処する。


「ハハハハハハ! ぬるいぬるいぬるいなぁ!」


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 バチバチバチバチバチバチ! 迫ってくる糸の力場を霊幻は紫電で撃ち落としてく。


 その音を聞きながら、相棒が自分を守ってくれるという全幅の信頼を寄せて、京香は躊躇う事無く蘇生符を自身の額へ叩きつけた。


 ベチャ! 冷たいジェルが額へと広がり、瞬時に皮膚を巻き込んで接着する。


 ジュウウウ! 額の肉と蘇生符の通電ジェルが化学合成し、火傷に似た痛みが広がった。


「京香、お前のその姿を見られて吾輩は嬉しいぞ!」


「はいはい、アタシもよ!」


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


「やらせるかぁ!」


 テレパシストの隣にいたパイロキネシストの蘇生符が輝く。


 瞬間、霊幻が京香を抱え後方へと飛んだ。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオオオオオオ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオオオオオオ!


「ちっ!」


 パイロキネシストの炎は霊幻を捕まえることが叶わない。


 合成が終わるまで五秒。京香の額に蘇生符が完全に接着した。


 瞬間、京香の脳がカァッと熱くなった。脳の電気信号を察知した蘇生符が起動を初め、蘇生符からの信号が脳の領域を無理矢理拡張していく。


「京香、後何秒だ?」


「十秒よ」


 霊幻からの問いに京香は答える。


――ああ、あたまがぐちゃぐちゃ。


 十秒。通常ではありえないパターンで電気信号が脳を動き回る。仮想の脳細胞が頭蓋で生まれていく。キョンシー専用の電気信号が京香の世界を変質させる。


 五秒。かすかに京香の体は痙攣した。指はあらぬ方向を向こうとし、視線の焦点はランダムで、ジェットコースターに乗っているようだった。


 三秒。京香の視界が変わっていく。


 二秒。京香の思考が変わっていく。


 一秒。そして、京香の世界が変わった。


「起動完了」


 蘇生符で中央が遮られた視界。キーンとした、小さな耳鳴り響く聴覚。鉄の匂いに敏感に成った嗅覚。消失した味覚。


「霊幻、紫電は後何秒?」


「後十一秒だ」


「もう止めて良い。アタシの側から離れないでね」


 バチバチバチバチ、バチバチバチ、バチバチ、バチ。纏っていた霊幻の紫電が消失した。


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 霊幻の紫電が無くなった瞬間、京香達を囲む様に糸の力場が迫ってくる。


 けれど、どのテレパシーの糸も京香へ届く事は無かった。全ての力場は京香の半径一メートルほど近付いた瞬間、直角に曲がりあらぬ方向へ飛んでいく。


 まるで見えない障壁に阻まれているかのようだった。


 視線を前方へ向け、京香は真っ直ぐに蘇生符の端から前方の姉妹のキョンシー達を見た。


 屋上に居た誰もが動きを止めた。


「京香」


 霊幻の言葉に京香は頷く。ここに居る生者は京香だけだ。


 ならば、京香が始めなければならない。


「『アクティブマグネット』、発動」


 京香は自分のPSI、マグネトロキネシスの名前を口にした。


 バァン! 京香の着ていたトレンチコートが弾ける!


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 京香達の周囲を黒い砂、砂鉄が覆い尽くし、直径五センチ程度の真っ黒な八個の鉄球がフヨフヨと浮かんだ!


 砂鉄の雲。鉄球の星。二つの(くろがね)を従えて京香は右手を上げる。


 京香は一度深く瞳を閉じて、スイッチを切り替える様に開けた。


 そして、京香は告げる。


「さあ、撲滅を始めましょう」


 生者が右手を振り下ろし、それが最後の交戦の合図だった。

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