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⑥ 試作品




***




「サルカ、準備はできた?」


「はい、スズメ様、カラス含めて我らの全ての準備を完了しております」


 葉隠邸の寝室で、スズメは布団から起き上がっていた。その体はキョンシー達の腕に支えられ、何処にもまともに力が入っていない。


 スズメの周りではキョンシー達全員が集まり、それぞれの情報端末を持っていた。普段は部屋に籠らせていたカラス達さえも集まっている。


 ここに居るのはスズメのキョンシー全機だ。護衛用、介護用、解析用、その区別なく、今使える全てを集めている。


「……良い、機会だったかなぁ」


 スズメは唇を薄く笑わせて、先ほどまで京香が寝ていた布団のスペースへ視線を向けた。


 今、世界が大変な事に成っているらしい。他律型のキョンシーが暴走してしまい、インフラ停止の一歩手前の様だ。


――いい気味。


 自分をこんな体にした社会。そんな物壊れてしまえとスズメは思っている。


 しかし、スズメが愛している京香はそんな事を望まない。彼女も本当は世界を恨んでいる筈なのに、世界の撲滅を望まないのだ。


 それが眩しい物にスズメには感じられる。京香の生き方を奇跡みたいだと思ってしまう。


 ならば、京香を助けなければ、とスズメは体を起こしたのだ。


 カラス達に調べさせた。どうやら、この混乱は世界的なキョンシーのハッキングによって起きたらしい。そして、そのハッキングはテレパシスト、つまりココミによって引き起こされている。


 とにかく、この混乱を鎮めるためには、モーバに奪われたココミの奪還もしくは破壊が必要である。それができたからと言って世界の混乱が収まるとは限らないが。


 スズメはサルカにメールを打たせた。宛先はハカモリ本部。内容はココミを見つけられるのかという問い。


 返信は早かった。局長たる水瀬、第二課第三課の主任であるアリシアと長谷川の連名で帰って来た。答えは否定である。現時点でハカモリにはモーバを見つける手立てが無いのだ。


 であれば、であれば、だった。自分が京香の役に立てる絶好の、そして最大の機会が巡って来たという事だった。


 水瀬達からのメールへスズメはこう返信した。


『私がモーバをハッキングして、ココミの場所を必ず見つけます』


 それに対しての返信には時間が掛かったが、最終的には依頼するという言葉が帰って来た。


 スズメは薄く笑う。表情にさえ力が入らない。心の中は狂喜しているというのに。


「サルカ、オクトパスを」


「承知いたしました」


 何度も被ったオクトパスを被り、八本の触腕が周囲に座るキョンシー達に刺さる。


 視界が変わり、複数の視点が交差した。スズメだけが知っているオクトバスの視点。


 その視界の中で一つだけ、チラつく光の様な物があった。


 この光は、あの日、ココミのテレパシーを直に受けた時からずっとスズメの頭の中でチラついている。


「……私はプロトタイプだったって事かな?」


 テレパシーを受けたあの日、スズメは自分が何故壊されたのか、どのように壊されたのか理解した。きっとココミも理解していたから自分へテレパシーを仕掛けたのだろう。


 葉隠スズメはテレパシストを作るための実験体だったのだ。


 脳特殊開発研究所でスズメは壊されmオクトパスによる人間離れしたハッキング能力を得た。これは人間の脳で電子回路を制御できるのかという実験に過ぎなかったのだ。


 つまり、スズメはココミというテレパシストを作るための踏み台で、スズメのデータを使ってココミのテレパシーは作られている。


 ムカつく話だ。許せない話だ。その全てをスズメは置いておく。


 視界の中に映る光。これに触れたらきっと取り返しがつかないと分かる程の破滅の光。


 今、それがスズメには必要だった。


「……」


 少しの沈黙。スズメは京香のことを考えた。


 自分を救ってくれた人。スズメにとって女神の様な人。今スズメが生きていられる全ての理由。


 とても強くて可哀そうな人。どうやっても自身の事を好きに成れない人。キョンシーに囚われてしまった生き方。


 スズメから京香への感情には崇拝と親愛が入り混じっている。京香と関わるにつれ感情の混じり方は変化していって、今となってはどんな感情を彼女へ向けているかスズメには分からなかった。


 オクトバスの中。自分だけの世界の中で、スズメは破滅の光を見る。


 触れてはならない。これに触れてしまえばもう終わりだ。そう分かってしまう輝き。


「私の全てのキョンシーへ、葉隠スズメが勅令する」


 意識の中でスズメは光へ手を伸ばした。




「私の友達を助けろ」




 そしてその手が光を掴む。







 スズメの世界が変化した。感じ取るのは電子の波。


 肌に触れる静電気の一つでさえ感知してしまう異状な反応。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!


 オクトパスが躍動する。キョンシー達の指が高速で動き出す。勅令を浴び限界を無視して稼働するキョンシー達のハッキングだ。


 スズメの視界が変わる。今まで見えていた八つの視界は拡張され、ハッキングする情報端末その物へダイブした様な景色。


 八つの世界の中でスズメの意識は分裂し、電子の空を飛んだ。


 電子の空は自由だった。少なくともほとんど動かないこの体よりは。


――全機探索を命令。ココミまたはホムラの現在地を第一優先。第二にモーバの本拠地の情報を


 意識の中でキョンシー達に指示を出す。壊れるのではないかという速度でキーボードは操作され、電子の空が変化する。


 自由であるがゆえに、電子の空は広大だった。情報の暴力は隕石の様にスズメの体を撃つ。


 その度にスズメの意識は削られ、バイタルが急速に悪化していった。


 長くは保たない。長くは保たせられない。


 それはスズメだけではない。オクトパスに繋がれたキョンシー達もそうだった。


 すでに眼は充血し、顔から薄紅色の血が流れている。許容量を遥かに超えた情報の入出力にキョンシー達の脳は消耗され、あっと言う間に壊れていく。


――壊れたら次のキョンシーが来て。


「承知しております」


 葉隠邸のキョンシー達が部屋に集まり、仲間が倒れたその瞬間、オクトパスを引き継いでいた。


 電子の空を飛び、情報の隕石に潰される。それが今のスズメ達だった。


「スズメ様、ヨダカが残した手がかりを見つけましょう」


 サルカの提案にスズメは乗る。聞けば、モーバとの戦いの中でヨダカは最後の最後にココミの腕を掴んだらしい。


 その時のヨダカは片腕と片足を失っていた。あの状態でココミを取り返す事は不可能な筈だ。


 京香が言っていた。キョンシーの動きは執着と合理化で作られている。であれば、ヨダカの行動の意味は何か。


 スズメはキョンシーが嫌いだ。憎んでいる。葉隠邸のキョンシー達も例外ではない。


 これらはスズメの人生を壊した存在だ。これらは葉隠家を滅ぼした存在だ。許せる筈が無いし、許そうと思った事も無い。


 だが、自分のキョンシー達が向けて来た忠誠を知っている。


 一度しか顔を合わせた事は無かったけれど、ヨダカが示してきた忠誠を今ここで信じる事にした。


――ヨダカのシグナルを探して。ヨダカが今まで使ってきた信号パターンを総当たりするの。


 全機が同じ目的で作業する。それらを統括するのはスズメの脳ただ一つだ。


 電子の空。情報の嵐。そこにあるかもしれないヨダカの信号を探す。


 広大な空から星を一つ見つける様な物だ。だが、何処かにあるならば探し出せる。


 スズメは探し物には自信があった。


「……あった」


 オクトパスに繋がれたキョンシー達が十三体壊れた時、スズメはシグナルの残滓を掴んだ。


 これはヨダカの置き土産。あのキョンシーが散らした羽が示す道標だ。


――全機集中。ココミとホムラを見つけ出せ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!


 人に許された領域ではない。打鍵の音が強くなる。脳に掛かる負荷は今のスズメでは耐えられない。


 関係ない。スズメには止まる気が無い。今ここで電子の空を飛びきるのだ。

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