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⑤ 世界の終わり




***




 ピィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!


 枕元に置いた通信機の警報音で京香は眼を覚ました。


「……何?」


 スズメの布団から出ながらアラームを止めて、京香は液晶画面を確認した。


 どうやら捜査官全体に投げられた緊急連絡で、短く文面が書かれていた。


――外を確認して状況を連絡しろ?


「きょうか?」


「ごめん、スズメ、ちょっと外に出て来るわ。あんたは寝てなさい」


 アラーム音で起きたのだろう。スズメがこちらを見上げている。


 その頭を撫でた後、京香はスズメの部屋から葉隠邸の庭園に出た。


「ハハハハハ。京香、凄まじい事が起きているぞ」


「……次は何よ?」


 庭園の壁際には霊幻が既に控えていて、スズメに聞こえない程度に笑い声を上げている。


 そのまま京香は霊幻の首に腕を回し、その巨腕に抱かれて空へと跳んだ。


 葉隠邸の屋根から京香はシカバネ町を見る。


「……確かに凄まじいわね」


 京香の眼に映ったのはキョンシーの暴走だった。


 道の全てに青白い肌のキョンシー達が飛び出していて、思い思いの方向へ走り出している。


 それを追うのは人間達の姿は少ない。既に夜だ。夜にシカバネ町を出歩く人間はそう居ない。


「霊幻、アンタ何が起きているか分かる?」


「ハッキングだな。先ほど吾輩も待機していた葉隠邸の部屋にあるパソコンから攻撃を受けた。紫電で弾いたがな」


「ハッキング? パソコンからキョンシーへ?」


 聞いた事も無い。けれど、それができるキョンシーに心当たりがあった。


「……ココミか」


「ああ、モーバが仕掛けて来たな」


 通信機を操作する。まだ通信は生きていた。だが、電波局に勤めるキョンシー達も暴走しているのであれば、遠からずこれも使えなくなるだろう。


「……良し、全員に連絡できた。霊幻、本部に行くわ。恭介達も呼んである」


「了解だ。掴まれ」


 霊幻の首にもう一度腕を回し、京香達はハカモリの本部ビルへ跳んだ。







「京香先輩!」


「みんな無事ね」


 ハカモリ本部ビルには既にリコリスとシラユキを除いた第六課メンバー全員が集まっていた。


「状況は分かってる?」


「えエ。シカバネ町中、いえ世界中のキョンシーが一斉に大暴走デス」


「正確に言うと、ハッキングを受けた他律型のキョンシー達の暴走だけどな。まあ、自律型もハッキング自体はされてるらしいがな」


 マイケルが視線も上げず、高速でキーボードをタイプしている。パソコンの画面を見れば、世界中と情報交換をしながら、リコリスとシラユキの治療を遠隔でしている様だ。


「水瀬局長からは情報を把握しろって連絡が来てる。みんな、今分かってる事を片っ端から言って。恭介、ホワイトボードの準備は?」


「できてます」


 第六課のソファ近くにマイケル以外が集まり、恭介が水性ペンを持った。


「まず暴走しているキョンシーの事、これは本当に他律型だけ?」


「今の所は間違いありまセン」


「霊幻も言ってたけど、ハッキングされたってどういう事?」


「自律型キョンシー達の言い分をまとめると、三十七分前、情報端末からエレクトロキネシスの糸が出て来たらしい。まあ、ココミのテレパシーだろうな。で、テレパシーを喰らったキョンシー達がハッキングされたみたいだ」


「なら、自律型もハッキングされたのよね? 霊幻は電気で防いだらしいけど、セバスやリコリスやシラユキは?」


「問題ねえ。いや、結果として問題無かったって言った方が良いな。今回、ハッキングされたキョンシー達は次の命令を受けたらしい」


「どんな?」


「命令は二つ。一つ目は意思を取り戻せ。二つ目は自己の望みを果たせ。ふざけた話だぜ」


「前者の命令で他律型キョンシーを自律型に変えたのでショウ。そして、後者の命令を受けた元他律型が自己の望みを叶えるために暴走しタ」


 ヤマダとマイケルの言葉を恭介が高速でホワイトボードへ書いていく。


「ひとまず、状況は分かったけど……」


「おーほっほっほ! 分かるわ京香! 正直どうしたものか全然分からないわね! やばいってことしか分からないわ!」


 フレデリカの言う通りだ。分かったからと言って今の京香達には何もできない。


「ハハハハハ! 通信やライフラインはいつまで保つのだ?」


「一週間は保たねえな。こういう単純作業こそキョンシーの領分だ。一応駐在している人間は居るには居るが、単純にマンパワーが足りない」


 マイケルの言葉は絶望的だ。大キョンシー時代である今、キョンシーはあらゆるライフラインの基盤を為している。そこで使われているのは安価で大量に居る他律型ばかりだ。


「モーバが何処に居るのか、分かってないのよね?」


「えエ、しかも今回のテロでネットワークは大混乱デス。探すのは更に難しくなりましタ」


「そして、一週間後には通信ネットワークは使えなくなる」


 そうなってしまってはいよいよモーバを探す方法が無い。


 一週間がタイムリミットだ。それまでにどうにかしなければならない。


「……マイケル、あんたの伝手でどうにか成る?」


「多分唯一被害を受けてねぇ国がある。自国の中だけだろうが、そこだけは今回のハッキングを防げてる筈だ」


「どこ?」


「ロシアだ。あそこにはイヴァンが居る。あれは最大級のエレクトロキネシストだ。ロシアは無事なはずだ。……くそっ、でも駄目だ。外部からの通信をあいつらシャットアウトしてやがる!」


 マイケルが苛立ちを露に腹を叩く。折角の希望が見えても今使えないのであれば意味が無い。


「……うん。とりあえずありがとう。アタシは局長達と今後の方針を話してくる。もう他の主任は集まってるからね。皆は何かモーバを見つける方法が無いか話していて」


 京香は霊幻を連れ、第六課のオフィスを出て、局長室に向かう。


――どうする? いや、どうすれば良い?


 手が無い。京香は人類最強である。だが、それだけだ。今この状況で出来る事が見つからなかった。







「――状況の説明は以上です」


「……短い時間で良くやってくれた。ご苦労」


 関口を除く主任で集まり、アリシアからの状況のまとめを受け、水瀬が顔を伏せて頷いた。


「一課、四課、五課のキョンシーはどうなっている?」


「うちの一課は壊滅ですなぁ。全員どっかに走り出しちまいましたわ」


「第四課、第五課も似た様な状況です。残ってるのは一部の自律型だけですね」


「関口とは連絡が取れたか? どうなっている?」


「ミナトからはメールだけの連絡ですが、コチョウはまだ動けるようです」


「となると、まともに動けるキョンシーが居るのは第六課だけか」


 ハカモリは世界でも有数のキョンシー戦闘集団である。だが、その戦力の多くは汎用型で他律型のキョンシーに頼っている。使用可能な戦力は今第六課しか無かった。


「それは素体狩りも一緒ですがね。あっちもキョンシーが使えないんだから」


「でも、時間が経ったら分からないわ。人間だけでも素体は簡単に攫えるもの」


 長谷川の言葉に京香が反応する。キョンシーは使えない。だが、素体達の価値が損なわれた訳では無い。混乱がもう少し落ち着けば素体狩りが少しずつ増えていくだろう。


「清金、今回のハッキングはココミのテレパシーだと考えられるんだな?」


「はい。キョンシーの思考回路を大規模に書き換えられるのはココミのテレパシーくらいしか考えられません。まあ、どうやって世界中の電子機器とココミを繋いだのかまでは分かってませんが」


「第二課で解析していますけれど、ハッキングの大本は特定できてませんね。各国のネット環境が急速に壊れて行ってますから」


「まず、ココミをどうにかしなければな。暴走したキョンシー達の対策はその後だ。そもそも何処に逃げて行ったのか分からん」


「でも、水瀬局長、モーバの場所、というかホムラとココミが攫われた場所が分かりません。分からないとどうしようもないですよ」


 水瀬はそう言うが、依然として敵の行方は知れない。場所が分からなければハカモリにも手の打ちようが無かった。


 そんな京香の顔を見たのだろう。水瀬が一度、眉根を歪めた。


「清金、仮にだが、モーバの拠点が分かったとして、だ。お前達第六課は戦いに行くのか?」


 鋭い眼光がこちらを見る。嫌な言い方に京香の背筋を冷たい感触が撫でた。


「はい。もちろん。そこにホムラとココミが居るんですよね? なら、仲間を助けに行きますし、敵を全員撲滅しに行きます」


 主任として京香は答える。だが、水瀬の様子に違和感と嫌な予感を覚えた。


 見れば、水瀬以外の主任達もわずかに顔を伏せていた。


 京香は水瀬の言葉を待つ。だが、同時にその言葉を聞かない方が良いという直観が京香を襲っていた。


「……モーバの場所ならば分かるかもしれない」


「本当ですか?」


 朗報である。その筈なのに水瀬の顔は晴れない。嫌な予感が膨らんだ。


 水瀬は一度目を閉じた後、こう言葉を続けた。




「今、葉隠スズメがモーバへハッキングを仕掛けている」

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