④ 自由と混沌
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アメリカ、リバイバーズホテル。
直径約百メートルの敷地面積を有する三階建ての円筒形の宿泊施設のとある一室。
レオナルドはフォーシーが作り出した金の残骸を解析するためにリバイバーズホテルに来ていた。
レオナルドはキョンシーを発明したアルベルト・グッドシュタインを曾祖父に持つキョンシー研究者の一人だ。
偉大なる曾祖父と比べれば自身は凡百な研究者の一人であるとレオナルドは自覚している。けれど、偉大な血脈の一人であるという周囲からの期待に応えようとした日々がレオナルドを今の地位にまで押し上げた。
「……何だ?」
ホテルの一室でレオナルドはパソコンを操作していた。そこには今、フォーシーが作り出した金を調査しているキョンシー達からのデータが表示されている。
今調査しているキョンシーはどれもレオナルドが手ずから作り上げた逸品だ。五感機能全てを金の解析用にチューンナップした特別製。レオナルドのパソコンには絶え間なく調査データが送信され続ける。
そのデータが急に来なくなった。
「どうされましたかレオナルド博士?」
「いやね、僕が管理しているキョンシー達と連絡が急に取れなくなったんだ」
レオナルドは突然全てのデータ反応が消失した画面を警備部隊の体調であるケビン・バクスタへ見せる。パソコンの他の機能は生きている。キョンシーとの連絡機能だけが停止していた。
ケビンが眉を潜める。部屋の外に待機させていた部下へと命令した。
「キョンシー達に状況を確認させろ」
ただの設備の不備ではないとレオナルドは感覚で分かっていた。
論文の執筆中に自分が致命的な解釈間違いを起こしていると途中で気付いた時の様な感覚。
そして、その答えは直ぐに現れた。
「隊長ッ! 駄目です! 俺達のキョンシーが暴走しました!」
「なんだと?」
「!」
警備隊の言葉が聞こえた瞬間、レオナルドは直ぐにメッセージ機能を起動し、世界中のキョンシー研究者へ連絡を送った。
『キョンシーはまだ使えるか?』
短い質問であり、この状況でなければ意味が分からない質問だ。
けれど、回答は直ぐに来た。
『駄目だ。暴走した』
『くそっ、水道局のキョンシーが壊れやがった』
『大学に保管したキョンシーが全体脱走中だ』
メッセージは世界中から帰って来ていて、そのどれもが同じことを言っている。
「ケビン、廊下に行かせてくれ。そこの大窓から外を見たい」
「分かりました」
ケビンに連れられ、レオナルド達は廊下の大窓から外を見る。
「っ何だこれは?」
「……なるほど」
そこには混沌が広がっていた。
眼前に広がるゴルデッドシティの街並み。その地面や屋根をキョンシー達が走り回っていた。
発電所、水道局、その他商品施設、それぞれの場所に居たキョンシー達だろう。それぞれが別々の制服を着ている。
つまり、キョンシー達が自身の仕事を放棄して暴走していたのだ。
そのキョンシー達と働いていたのであろう人間達が必死にキョンシー達の暴走を止めようとするが、人間とキョンシーでは出力が違う。どの人間も暴走するキョンシー達に弾き飛ばされていた。
先ほどのパソコンでのメッセージは世界中に送り、そして帰って来ている。
最悪の場合、今ゴルデッドシティで広がっている光景が世界中で起きている可能性があった。
そして、おそらくその予想は当たっている。
レオナルドは灰色のスーツからハンカチを取り出し、汗が滲んだ額を拭った。
「まずいな、これは」
***
「状況を報告しろ!」
『詳細不明! 詳細不明! 全てのキョンシーが一斉に仕事を放棄! 全機脱走中』
フランス、モルグ島、気象塔の最上階の展望室。
モルグ島フランス支部長であるクレマン・ガルシアは方々に向けて情報収集の指示を出していた。
通信機の向こうは混乱の嵐だった。
モルグ島は今晴れていた。もうそろそろ昼に成ろうかという時刻。アネモイ2が管理した青空の下、いつもの日々を過ごしていた時に発生した大異常だった。
人間であるクレマン達が異常を察知したのはモルグ島で業務するキョンシー達が一斉に手を止めた姿からだった。
素体生産地域であるモルグ島では一般地域よりも多くの場所でキョンシー達を働かせている。その多くは単純作業であり定型作業である。つまり、これらが止まる時、町の機能が停止するということだ。
「使えるインフラは!? どのタイプのキョンシーが脱走した!? 何処の会社の蘇生符に異常が起きている!?」
『わずかに残っているのは情報インフラのみ、水道と電力設備はほぼ停止! 脱走キョンシーの素体情報と蘇生符情報に一貫性は無――いや、待て分かった! 他律型だけが暴走中! 自律型は動きを止めていない!』
「!」
――自律型は影響を受けていない?
言葉を聞いた瞬間、クレマンは展望室の小窓を開け、空に向かって声を張り上げた。
「アネモイ来い!」
空への要望と同時に風が吹き、まばたきをする間にクレマンの目の前にアネモイ2が現れる。
褐色の肌に透明なレインコート。クローン体たるアネモイ2の姿はクレマンの良く知るアネモイのままだ
「うん、クレマン分かってるよ。大変な状況に成ってるね」
風の神の名を関するキョンシーは眼下の混乱へ目を細めている。その姿からは暴走の気配は感じられない。
「……お前は影響を受けていないのか?」
「いや、何かしらの影響は受けているよ。ついさっきハッキングされたからね」
何でも無い様にアネモイ2に告げられた言葉へクレマンは息を詰まらせる。
ハッキングされたとこのキョンシーは言ったのだ。ヨーロッパで最高の情報プロテクトが施された自身が。
「……あのテレパシストか?」
「だろうね。ぼくのセキュリティを突破できたんだもん。モーバに奪われたココミの力に違いないさ」
困った困った、とアネモイ2はクレマンの前でプカプカと浮かぶ。
「……だが、アネモイ、お前は暴走していないように見える。部下から自律型キョンシー達は暴走していないと報告を受けた。どういうことだ? 何を命令された?」
「あー、なるほど、だから他のみんなは暴走してるんだね」
理解したという様にアネモイ2は数度頷き、クレマンの質問に答えた。
「ぼく達が受けた命令は一つ。いや正確に言うなら二つかな」
「それは?」
ぐるりとアネモイ2は体を回転させ、答えを続けた。
「意思を取り戻せ。そして、自己の望みを果たせ。たったこれだけの命令を今ぼく達キョンシーは受けているよ」
キョンシーは意味も無く嘘を言わない。今の言葉は真実だ。
「どういうことだ?」
だからこそ、それがクレマンの眉を潜めさせた。
クレマンの口から洩れた言葉を自身への質問と解釈したのだろう。アネモイ2が補足する様に自身の解釈を話した。
「人間に分かるように言うと、他律型キョンシーがみんな自律型に成っちゃったんだよ。そして、命令通り自機の望みを果たそうと行動を始めちゃった」
眼前のキョンシーがした補足にクレマンはその大きな額を抑えた。
キョンシーに自由が与えられた。だからこそ今の混乱が生まれている。
理屈は正しいかはさておき、分かった
「……どうする?」
考えるべきは今後の対応。
キョンシーに頼って来たマンパワーが今、全て使えないのだ。根本的に作戦の立て方を変えなければならない。




