⑬ 賭け
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「カーレン!」
「分かってるさ!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
待っていた時が来た。シロガネは蘇生符を激しく輝かせ、周囲にテレキネシスを設置する。
設置地点はバラバラだ。今シロガネが重視したのは発生させるテレキネシスの量。そして、その目的は霊幻の動きを一瞬でも遅らせる事だ。
やっと、揃った。シロガネ達はこの時を待っていた。京香とココミが同じ場に揃うこの時をだ。
結局、真正面からの正攻法では京香達に勝てない。そうシロガネは結論付けた。
だから、今回の作戦の肝はただの〝運〟だった。
「SHOT!」
パアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアン!
撃ち出された力場の槍が空気の壁と共に暴走車を貫く。その視界の中でシロガネは胴を両断され、息絶えたカケルの姿を見た。
カケルは今回の作成で自分が死ぬと分かっていた様だ。
まず、最初にカケルが偶然京香達に会う必要があった。でなければ急襲が成功しない。
続いて空を見る。作戦通り、空から落ちる影があった。
「アネモイ!」
地上へ放たれたのは異形の弟妹達だ。空に坐したアネモイが空気の塊と共に音速を超えて落下する。
「!」
「燃えろ!」
ここに来て、シロガネ達の作戦の全貌をココミが理解し、ホムラが炎を生む。
だが、それは一手遅い。
音速を超えて射出され、異形の四肢がねじ折れながら、弟妹達は京香へと向かっていく。
「ネエサマ、さあどうしますか!」
音速を超えた巨体。人間の肉体で受け切ることはできない。今、京香が自身を守るにはマグネトロキネシスを全力で展開するしかない。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
京香の眼が銀色に発光し、砂鉄の球体がその全身を包む。
手加減なしの全力のマグネトロキネシス。京香を中心とした巨大な磁場が周囲を包む。
それがトリガーだった。
京香へと撃ち出された弟妹達。その脳がマグネトロキネシスの余波を受ける。
パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!
その瞬間、弟妹達の頭が弾ける。むき出しに成った脳と蘇生符に掛けられていた思考のリミッターが外れた。
シロガネの眼では弟妹達の思考の脳波は読み取れない。けれど、今、思考の奔流が周囲へと爆発する!
特別に改造した弟妹達。発想と役割はゴルデッドシティの時と同じだ。極限まで思考速度だけを速めた脳を埋め込んだ異形達。論理も無く、本能も無く、ただ激烈な速度で思考ができるというだけの個体達。
それによるココミの脳への情報負荷を狙うためのキョンシー達だ。
マグネトロキネシスによって思考回路の枷が外れる様に設定していた。
理由はココミへの奇襲。突然溢れ出した大量の思考情報がココミを襲うのだ。
最後の賭けだ。シロガネはココミを見た。
「信じますよゲンナイ!」
果たして、モーバのキョンシー技師が予想した通り、マイケルはシロガネの弟妹の言語を解析し終えただろうか。そして、ココミのための言語化パッチを作り上げただろうか。
「――」
「――」
バタリと、ココミとホムラが地面に倒れている。「やった!」シロガネは成功を悟る。マイケルが作り出した言語パッチは異形の弟妹達へのココミの論理感度を跳ね上げる。
そこへ与えられた情報の爆発がココミの機能をオーバーフローさせたのだ。
「!」
一拍遅れ、京香や恭介と言った第六課がココミとホムラの異常に気付き、手を打とうとする。
まだだ。最後の仕事が空には残っている。
「今だアネモイ!」
命じる相手はモーバの最強。それが空から地上へと飛び落ちた。
***
「ハオハオ、本当にハオハオだねー。バツちゃんが役に立てるなんて、嬉しくて嬉しくてたまらないよー」
ホテルの屋上にバツは居た。きっとこの体にはシトシトの雨が当たっているのだろう。
薬漬けにされたバツの肌ではそれらを感知できない。外に出ているという情報でさえ、憂炎の言葉を信じているだけだ。
「葉隠スズメ、本当にあなたの予測は当たるのですか?」
憂炎が声を上げる。対象は背後に居るというスズメ達だろう。
「『可能性は高いの。今、空の見えないところにアネモイが居るから』」
ジジッ。機械音の後に返答の声がする。サルカと言うキョンシーが代声していると聞いている。
空に居るアネモイの攻撃を止めてくれ。それが、バツへ出したスズメ達の要請だった。
「ハオハオ、とってもハオハオ。ゴルデッドシティのリベンジができるねー」
キャハハ。紅布の奥で目を笑わせる。
バツにとってスズメがどの様な所属であるかは重要でなかった。重要なのはシカバネ町の人間が自身という機体の性能を求めたということだけだ。
性能を披露できる。承認欲求を満たせる。バツの執着そのものへ適合した依頼である。憂炎が許可したこともあるが、バツには断る理由が無かった。
「まだかなー。まだかなー。いつアネモイは現れるかなー」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
ゆらゆらと頭を揺らすバツの耳にキーボードを高速で叩く音がする。憂炎が言うには機械の触手が付いたヘルメットを被ったスズメがキョンシー達を操り、パソコンを操作しているらしい。聞けば、シカバネ中の監視カメラや電子機器をハッキングし、どうにかアネモイを補足し続けている様だ。
おかしな話だ、とバツは考えている。スズメの技術は人間の限界を超えている。清金京香の様に超能力に目覚めたのとは訳が違う。人間の脳の規格で許された演算の速度ではない。
疑問には思うが、興味は無い。バツの頭にはあるのはいつ自分の機能を果たせるかだけだ。
バツが待ち望んだ時間はそう待たずして来た。
「『バツ、あと少しで空に現れるよ』」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
キーボードの打鍵と共にバツの感覚が高鳴った。
「憂炎、準備してー」
「ええ」
眼を隠す紅布を憂炎が持ち、いつでも外せる様な状態にした。
紅布の奥で、バツの眼が見開かれる。視界が開けた瞬間に炎を産める様に。
「賭けだねー。大賭けだねー。そういうのは大好きだよー」
バツの運用にギャンブル性は無かった。厳粛に厳密に管理され、そして廃棄されるのがバツというキョンシーである。
それがどうだろうか。初対面の人間の言葉にノコノコと乗せられ、来るとも分らぬアネモイごと空を燃やそうとしているのだ。
ゴルデッドシティで思う様に機能を果たしてからバツの承認欲求が狂ってしまっていた。
「『カウントします。五秒前』」
「みんなー、絶対にバツちゃんの前に立たないでねー」
カウントがされ、憂炎の手に力が入ったのが分かった。
「『四、三』」
アネモイ、世界最古のA級キョンシー。バツの祖国、中国が本来作り出したかった、世界で最も優秀なキョンシーの一体。
バツに嫉妬という感情は無いが、羨望はあった。もしも、アネモイと同程度の操作性がバツのパイロキネシスにあったならば、バツはもっと世界に愛されていたはずだからだ。
「『二、一』」
バツの頬が吊り上がる。今か今か今か今か、と蘇生符を介して感情が爆発する。
「『零』」
そして、紅布が外され、バツの視界が空を捉えた。演算能力をぎりぎりまで高めた視覚情報の中でバツは高速で落下するアネモイを見つけた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
雨空が焼かれ、バツの視界が光に染まった。




