⑫ 集結
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ギョクリュウが起こした爆発に吹き飛ばされ、京香は吹き飛ばされていた。
時速百キロメートルを超えている。このまま何処かにぶつかってしまったらその場で京香の体は水風船の様に弾けてしまうだろう。
高速に流れる視界の中で京香は砂鉄を広げた。
「掴め」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!
砂鉄の爪が地面を掴み、急激に減速しながら京香は地面へと降りた。
「っ」
無理な動きをした。体中の筋繊維が悲鳴を上げている。
「右腕は、ちょっときついか」
ダランと重力にだけしたがって右腕が揺れる。上手く力が伝わらない。肩の奥が痛みと熱を持っている。どうやらひどく筋肉を痛めてしまったようだ。
――霊幻達は?
ギョクリュウは倒した。目の前で血煙に成った。
京香はすぐに周囲を見て自分の現在地を把握する。
ズキズキと体中が痛い。まずい部分の骨は折れていない様だが、治療が必要な程度には怪我を負っていた。
「……通信は、駄目ね。通じない」
マグネトロキネシスを一度解き、京香は通信機を起動するが、仲間達と連絡が付かなかった。
であれば、自分の眼で探すしかない。
「集まれ」
京香の眼が白銀に光り、周囲の砂鉄を体に纏い、無理やり四肢を固定する。
まだ戦闘中なのだ。弱音は吐いていられない。
体を浮かせ、京香は飛ぶ。霊幻達が戦っていた場所ならば覚えている。ひとまずそこを目指すのだ。
きっとリコリスも既に霊幻の隣で戦っている。早く合流しなければ。
飛びながら京香はギョクリュウの目的を考える。敵の動きは明らかに時間稼ぎや足止めを意図した物だった。
――アタシを足止めして何に成る?
京香は今ハカモリの最高戦力だ。ただ、それを一つの戦場に足止めしたかっただけなのか?
ギョクリュウは優秀なキョンシーだ。アニマルズの一体で、爆発型のパイロキネシスの使い手。モーバが持つ最高戦力の一人だろう。それを京香の足止めのためだけに使い潰すというのは違和感があった。
「何か目的があるはず」
それは一体なんだ? 何を敵は待っている?
こういう時、ヤマダかマイケルと話したい。二人は自分よりもずっと頭が良い。きっと、色々な仮説をその場で出してくれるはずだ。
今は傍に居ない仲間の姿に京香は舌打ちする。まずはできることをするしかないのだ。
そうして飛ぶこと数分。眼下の地面に紅い花の様な物が過った。
「リコリス!?」
瓦礫塗れの地面。そこにリコリスがうつ伏せで倒れていた。
地面へと飛び降り、痛みも忘れて京香はリコリスへ駆け寄る。
「起きなさいリコリス! 何があったの!?」
腕、足、胴、それぞれの稼働に必要な部分の骨格が折られ、そして切り裂かれている。
シトシトの雨に晒され、薄紅色の血が周囲へと流れ出していた。
リコリスの体はまるで嵐に呑まれたかのように捩じれている。
「――」
屈み込み、京香はリコリスの顔を見る。
「そ、ら。てき」
「!」
リコリスはまだ稼働していた。髪を動かせない程の致命的な損傷を折ってはいたが、蘇生符と脳はまだ無事である。
京香は安堵し、リコリスが言った言葉、すなわち空を見た。
そこには何も居ない。眼を凝らしても人間の視力では感知ができない。
「固めろ」
それを見た後、すぐに京香は砂鉄でリコリスの全身を固めた。これ以上キョンシー用の血を流す訳には行かない。リコリスの体は不知火あかねの生体をベースにしている。脳への酸素供給は血管に頼っていた。
毒の紅髪に触れない様、京香はリコリスを傍らに浮かせる。
「く、そ」
虚ろではあるが、意思のある瞳でリコリスは空を睨む。そこに何かが居るのだ。
「何? 何が居るの?」
リコリスは答えない。答えられないのだ。何かが居る。だが、何が居るかは分からない。分からないことには回答ができないのだろう。
「まずは霊幻達に合流するわ。態勢を立て直すのよ」
リコリスに異存はない様だ。
京香は再び体を浮上させ、リコリスと共に霊幻の元へ向かう。
何が起きているかは分からない。まずは仲間達から情報を集めるのだ。
***
「燃えろ!」
「凍れ」
「Entangle」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
クネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネ!
フレデリカに抱えられた恭介の前で、ホムラとココミ、シラユキ、そしてヤマダ達が異形のキョンシーを破壊していく。
恭介達が目指しているのは京香が居る場所だ。
言語パッチをインストールしてからのホムラ達の動きには目を見張る物があった。
今まで受けていた死角からの攻撃に気付け、異形のキョンシーの一貫性の無い動きをホムラとココミは的確に避けていく。
これがテレパシーの力か、と恭介は改めて思い出した。思考を持ち、それを認識と理解できる限り、ココミはその動きの全てを把握する。
味方に居てこれほど心強いこともそうは無いだろう。
「……」
ココミが人差し指をとある方向に向けている。恭介達一同はその方向へひたすらに進んでいた。
進む先に京香が居る。京香とリコリスはギョクリュウに飛ばされていた。まだ、あのキョンシーと戦っているのだろうか?
ジリジリと頬が痛い。ホムラの炎を何度も浴びた肌は熱を持ち、シトシトとした雨粒が当たるだけで痛みを発していた。
「お兄様、大丈夫?」
「大丈夫だ。気にしないで進めフレデリカ」
アイアンテディ越しに恭介を抱えるフレデリカが叫ぶ様に声を出す。今の自分の状態はとても良くない状態なのだろう。
だが、痛いだけだ。痛みを感じられるくらいには体はまともに動く。ならば進まなければ。
「……敵の数が減りましたネ」
「ヤマダさん?」
京香の元へ進む途中、ヤマダがふとそう声を出した。
「異形のキョンシーが随分と減りましタ。まあ、ワタシ達が倒していることもありますガ、不気味デス」
ラプラスの瞳を付けたヤマダの表情はうかがい知れない。だが、言われてみれば、異形のキョンシー達に襲われる頻度が随分と減っている様に思えた。
「敵の戦力も大分削れたって事ですかね?」
「どうでしょウ?」
セバスチャンへ指で指示を送りながらヤマダが考え込む。現時点では答えが出る様な質問ではなかった。
「まずは京香先輩と合流しましょう。情報が足りていません」
「ええ、確かニ」
恭介の言葉はヤマダに否定されなかった。確かにこの状況であれば恭介の言っている事は最もだ。恭介達はモーバからの攻撃に後手後手を強いられている。ココミがやっと異形のキョンシー達の言葉が分かるようになって初めて状況が把握できつつあるのだ。
「ホムラ、ココミ、京香先輩のところまで後どれくらいだ?」
「ちっ、後二キロ。やっと移動が止まった」
「移動? 京香先輩は移動しているのか?」
「うるさいわね。考えれば分かることを何度も聞かないで」
京香は移動していたらしい。であれば、ギョクリュウとの戦いは終わったのだろう。
距離は二キロ。三分もあれば到着できる距離だ。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
この距離まで京香達に近づいた時、恭介達の眼に大量の暴走車の姿が映った。
「ココミ、あれはお前か?」
記憶を漁り、恭介はかつてココミが実行したという電動車の大暴走を思い出す。
「……」
「違うわよ! ココミがやったのならあんな暴走するはずないでしょうが!」
しかし、恭介の言葉は即座に否定される。では、恭介達の眼に映る大量の鉄塊達は一体だれが操っているというのか。
見れば、ココミが指さしているのはこの暴走車の行く先だった。
「しょうがありまセン。突っ込みまショウ」
「フレデリカ、任せた」
「おーほっほっほ! みんなフレデリカに付いてきなさい!」
恭介達は加速する。ガンガンガンガンとアイアンテディが進路を邪魔する車をなぎ倒して行った。
そして、暴走車の波を抜けた先で霊幻が暴走車の渦の中でカーレン達と戦っていた。
「お兄様、あそこ!」
フレデリカの声で気付く。戦う霊幻へ向かって、砂鉄でリコリスを抱えた京香が飛んで行っている。
「追え!」
「了解!」
短い命令にフレデリカ達が従う。
キイイイイイイイイイイイイイイイイン! テレキネシスが唸りを上げ、アイアンテディが更に加速した。
ホムラとココミ、シラユキ、ヤマダとセバスチャンも追従する。
京香はこちらに気付いていない。その眼は霊幻に向けられたままだった。
「!」
続いて、恭介は気づいた。
空から、何かが落ちている。




