⑪ 鉄と雷
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「ハハハハハハハハハハ! ヨダカめ、やりおったな! その本懐を遂げたではないか!」
バチバチバチバチ! 暴走車の波の中、霊幻は狂喜しながら突撃する。あたり一面に鉄塊があるこの状況は霊幻にとっても最も性能を出せるフィールドだった。
視界の端、ヨダカ達葉隠邸のキョンシーらがカケルとガリレオを討ち取った姿を見た。素晴らしい。金星だ。ヨダカの戦闘スペックはガリレオを下回っていた。それでも主たるスズメのため、あのキョンシーらは身を砕き、稼働を止めながら、刃を敵へと届かせたのだ。
「カカカカ! やるねぇ葉隠スズメ!」
霊幻の前、紫電を避けながらカーレンが狂った様に笑う。この敵も仲間が壊された事は認識していた。だが、その目に怒りも悲しみも無い。むしろ、スズメへの称賛があった。
「カーレン! 無駄口を叩かないでください!」
SET! 対して、苦しい顔をしているのは後方に控えるシロガネだった。暴れる車達を避けながら周囲へテレキネシスを設置し、SHOT! と死角から霊幻を狙う。
「ハハハハハハハハ! 単調な攻撃だな!」
暴走する鉄塊に囲まれた霊幻は稲妻の様な速度で動く。無数の斥力と引力を受けた四肢は軋みながら急制動を繰り返し、シロガネのテレキネシスを全て避けた。
「カカカカカカカ! 速いねぇ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
霊幻の動きにギリギリで対応しているのがカーレンだ。ヤマダのラプラスの瞳のごときゴーグル越しに、こちらの動きを予測している。
――単純な物理運動ならば、計算は容易いか。
カーレンの技能はヤマダに近いのだろう。霊幻の体が受けるクーロン力とそのベクトルを瞬時に計算し、予測される動きを割り出しているのだ。
「ハハハハハハハハハハ! それほどの技能を、何故キョンシーなどに使うのだ!? 吾輩には理解できん!」
「カカッ! キョンシーになんて理解して欲しくないさ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
赤い義足が舞い、カーレンが暴走車に飛び乗りながら周囲に弾丸を放つ。それらは跳弾となり、鳥籠の様に霊幻を狙い撃った。
眼に取り付けた赤外線ディテクターが感知する。カーレンの弾丸はただの鉛玉ではない。紫電も貫ける特別製だ。
「ハハハハハハハ!」
霊幻が周囲の車へ紫電を放ち、地面とのクーロン反発を発生させる。
一瞬にして走り狂う鉄塊が霊幻を守る盾となり、カーレンの銃弾を防いだ。
「呆れるくらいに強いねぇ! エレクトロキネシスはそんなこともできるのかい!?」
憎々しくカーレンが霊幻の性能を称賛する。だが、霊幻からすれば恐ろしいほどに素晴らしいのはカーレンの技能だった。
人間が出せる思考速度のほぼ限界。反射神経の上限ギリギリ。それらをフル活用しながら、カーレンは迫り来る暴走車を避け、霊幻の動きを予測し、反撃さえしてくる。
敵ではある。撲滅するべき相手ではある。だが、それとは全く別の観点で霊幻はカーレンを生者として尊敬していた。
これ程の技能と技術を取得するのに、どれ程の対価をカーレンは支払ってきたのだろう。
「お前は何故それ程の研鑽をエンバルディアなどに捧げたのだ!」
「カカカカッ! さっきも言ったけど、キョンシーには言いたくないねぇ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
赤い義足が火を噴き、カーレンの体が暴走車の中を飛び回る。
霊幻とカーレンで、移動速度やその精度が高いのは圧倒的に霊幻だった。エレクトロキネシスを移動に使えるこの状況は霊幻にとって最も都合が良い。
けれど、敵の動きへの予測精度はカーレンの方が上だ。
的確に霊幻の蘇生符を狙ってくる銃撃のせいで、霊幻は中々致命打を与えられていない。
「SET!」
キイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイン!
そして、カーレンの動きをシロガネのテレキネシスがサポートする。
キョンシー使いが前に出て、キョンシーがサポートに回るその姿勢は、最近の京香と重なる部分がある。
「だが、出力は吾輩が上だ」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
紫電の出力を上げる。どれだけ高精度で攻撃を対処しようとも、霊幻の出力はカーレンとシロガネのそれよりも格上だ。
地力が上であるのなら、ただ、力で撲滅すれば良い。
単純な理論で、霊幻という機体が得意とする論理だ。
「くっ!」
巨体でただ攻めて来る。単純な霊幻の突撃にカーレンとシロガネの顔が歪んだ。
カーレンの予測は神技だ。だが、人は神ではない。思考リソースは有限であり、人間から見れば無尽蔵の体力を持つ霊幻の突貫をいつまでも対処できる筈が無かった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
周囲では鉄の暴走車が唸りを上げる。それらは霊幻の推進力であり、防御壁であり、攻撃の起点となっていた。
地を這う稲妻となって霊幻はカーレンに迫る。
「カカカカッ! いくらでも計算してやるさ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!
だが、カーレンはまだ霊幻の動きに付いて来ていた。
赤い義足が火を噴き、空中を飛ぶ様に跳ねていく。
「SHOT!」
キイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイィィィィィィィィン!
シロガネのテレキネシスが地面から生え、霊幻を囲む様に暴走車が浮き上がる。
「そこか!」
バチバチバチバチバチバチバチバチ! すぐさま霊幻はシロガネへと突撃する。
暴走車が作った狂乱の中、十全に戦えているのは霊幻だけだった。
水溜まりの中を紫電が伝う。電撃対策はしているのだろうが、地面を立つシロガネの動きが僅かに鈍った。
「構えなシロガネ!」
ダダダッ! カーレンの曲射がシロガネの肩を撃ち、その体が左に飛ぶ。霊幻の攻撃は空振りとなった。
「隙ができたな!」
だが、それは霊幻の想定通りだった。
ハハハハハハハハ! 笑いながら霊幻はカーレンへ突撃する。シロガネを助けるため無理な曲射をしたカーレンの体は不安定に空中で浮いていた。
「カーレン!」
シロガネが叫ぶ。けれど、設置型のテレキネシスでは間に合わない。
クーロン反発力を存分に生かし、紫電を纏った霊幻がまっすぐにカーレンへと跳んだ。
「チャージ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
霊幻の右腕に紫電が集まり、強く発光した。
避け切れないと悟ったのだろう。カーレンの左の義足がこちらを向く。
「片足はくれてやるさ!」
ダァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
カーレンの左足が文字通り根元から爆発し、徹甲弾の様に赤い義足が霊幻へと放たれた。
――隠し玉か。
なるほど。そういう事もあるだろう。霊幻は迫り来る鋼鉄の赤脚へ紫電を放った。
「リリース!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!
解放された紫電がカーレンの渾身の一撃を消し炭へと変える。
「カカッ! これも通じないのかい!」
いっそ気味が良いとでも言う様にカーレンが笑う。その体はミサイルの様に放たれた義足の反力で後方へと加速し、霊幻の紫電を逃れていた。
「カーレン!」
暴走車の波に落ちる片足に成ったカーレンをシロガネが抱き止める。
「ハハハハハ! 残り一本も撲滅してやろう!」
バチバチバチバチ! 霊幻は加速する。片足を撲滅したのだ。カーレンの機動力は著しく落ちている。今こそ好機。このまま敵を撲滅するのだ。
その時だ。霊幻の耳に記録済の声が届いた。
「おおおおおおおおい! 霊幻!」
カーレン達へ突撃しながら霊幻は視界の中で声の主を捉える。
そこに居たのは鉄の暴走車の中を追従する車に乗ったマイケルとメアリーだった。
――なぜマイケルとメアリーがここに?
見たところ戦闘員は誰も連れていない。二人は非戦闘職だ。この様な戦場へ無防備に出てきて良い存在ではない。
マイケル達は頭が良い。その二人がここに来た意味は何か。
「一体何があった!?」
戦いながら霊幻は大きく声を出す。その質問へは質問が帰って来た。
「京香とココミは何処行った!? あいつらを絶対に会わせるな!」
理由は分からない。だが、無駄な言葉をマイケルは吐かない。
霊幻の蘇生符を介して脳が勝手に論理関係を整理する。
つまり、モーバの目的達成に京香とココミが同じ場に居ることが必要なのだ。
「……やられたか」
同時に霊幻は認識した。
マイケル達とは反対側。その視界の端で、京香が砂鉄でリコリスを抱え、こちらへと飛んできていた。
そしてその背後、フレデリカに乗った恭介達がこちらへと走ってきていた。




