⑨ 水塊と鉄塊 1
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「イルカ、押し流せ」
ザッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
圭が鳥籠の中のイルカの首に命令し、巨大な水塊がベンケイとヨシツネを押し流す。
水はとても重い液体だ。一辺をたった一メートルの立方体に注いだだけで一トンの重さに成る。
ベンケイは鋼鉄の塊だったが、水の塊相手にはその車輪が浮き、バランスを崩す。
「フハハハハハハハハハハハハ! 某が力負けするとは! ヨシツネよ、世界は広いなぁ!」
「イルカ、動きを止め続けろ」
ケイの視線は戦場に降りたヨシツネへ向けられている。水流の間を練るようにこちらへと跳んでくる敵はそれだけで脅威だ。
ヨシツネの手は腰に据えた刀を持ち、いつでも抜刀できる体勢に成っていた。
――改造義手だ。
先ほどのヨシツネが見せた抜刀。
キョンシー同士の戦いにおいて、人間が近接戦を仕掛けることなど無い。第六課が例外なだけだ。
「跳ねろ」
パンッ! 再びの抜刀。イルカの水塊ごと再び見えない刃が圭の右肩を抉った。
「イルカ、水を回せ」
圭は水塊の中を走りながら指示を送る。
ハイドロキネシスを貫通する見えない刃。からくりは分からない。あの改造義手が関係していることは確かだ。
――刀を振るための改造か。
決められた動きをただ高速で再現する。それだけに特化した特別製の機械の腕。
「まったく、人間離れしてますね」
圭の脳裏に在りし日の上森幸太郎の姿が過る。あの人であれば今の様な攻撃でも喰らわなかっただろう。
「あと何回、今の刃を振るえるんですか?」
「お前が死ぬまでには充分な回数だ」
――ブラフだな。いけて後三回か四回。
あの速度で振って体内が平気だとは思えない。どこまで人体を改造しているかは不明だが、人間が耐えられる速度と重さは残酷に決まっているのだ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! これならばどうだ!?」
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
水流の中でベンケイの車輪が地面を噛み、高速な円周運動をしながらこちらへと迫ろうとする。
わずかに水が少ない場所を動いたのだろう。速く、対応しきるのは難しい。
「イルカ、高速射出。狙いは左車輪」
ヒュウウウウウウウウウウウウウ! 空気を切り裂くような音と共に、収束された水塊が一つの弾丸の様にベンケイの左車輪を撃った。
「むっ!」
ハイドロプレーニング現象。ベンケイの左車輪が水を巻き込み、地面への駆動力を失う。
暴れる様に滑るベンケイを避けながら、更に圭はイルカへ指示を出した。
「渦潮」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
周囲に散ったすべての水がイルカを中心に渦を巻く。ヨシツネもベンケイも足を取られ、その場で横転しながら流された。