⑥ 言語パッチ
***
コンコンコンコン!
恭介達が息を潜める家のドアを叩く音がした。
「――」
ソファで目を瞑っていた恭介の息が止まった。
――何が来た? 敵か、味方か、それ以外か?
今の戦いに無関係ではあるまい。
恭介の視線がココミへと行く。ホムラに抱きしめられながらソファに座り込んだキョンシーの様子に変化は無い。
――ドアまでは大体六メートル。
ココミのテレパシーは加速度的に性能が上がっている。この距離ならば何が来たのか理解できているはずだ。
敵じゃないはずだ。恭介はシラユキへ指示し、共に玄関へと向かう。
パキパキパキパキ。蘇生符を光らせてシラユキが左手に氷の短剣を作り出し、ドアの前に立った。
「どなたですか?」
ドアの向こうへのシラユキの問い掛けには聞き知った声が帰って来た。
「シラユキね! フレデリカよ! お兄様はそこに居るの!?」
「!」
恭介がシラユキの肩を叩き、すぐに玄関の扉が開けられる。
そこにはアイアンテディを着たフレデリカに加えて、ヤマダとセバスチャン、そして青髪の給仕服姿のキョンシーが立っていた。
「お兄様! 無、事じゃないわね! ああ、火傷だらけ! 痛そうで痛そうでフレデリカは気が狂いそうだわ!」
恭介の様子にフレデリカが悲鳴を上げる。本当はこちらに駆け寄りたいのだろう。だが、アイアンテディを着たままではドアを潜り抜けることはできない。
フレデリカ達の背後に敵の姿は無い。だが、アイアンテディの姿は酷く目立っていた。
「フレデリカ、アイアンテディを解除してくれ。中で話そう」
「分かったわ!」
キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィイイイイイイン!
テレキネシスの音を鳴らしながら、アイアンテディの首の所からフレデリカの小さな体が飛び出し、そしてガチャガチャガチャガチャとアイアンテディの体が車椅子へと早変わりした。
ポスンとフレデリカの体が車椅子へと落ち、恭介達は速やかに家の中へと戻る。
「キョウスケ、そちらの状況ハ?」
「休憩しています。全員PSIを使い過ぎました。後五分はクールタイムを起きたいですね」
「丁度良いデス。ココミ、これを」
そう言ってヤマダが取り出したのはUSBメモリの様な形をしたキョンシー用の記録媒体だった。
「それは?」
「あの異形達専用の言語変換パッチファイルの様な物デス。これを使えばココミも異形達の声が分かるように成るとマイケルは言っていましタ」
「本当ですか!」
ジリジリとした肌の痛みも忘れて恭介は眼を見開いた。
それならば状況は変わる。異形達の言葉が分かりさえすれば、今後の作戦も立てられる。
リビングに戻ると、ホムラとココミがジッとこちらを見ていた。既に状況はこの二体にも伝わっている様だ。
「話は分かってるね? ホムラ、ココミへこのファイルを書き込ませてくれ」
「……ちっ」
苦々しく、痛恨だと言わんばかりにホムラは舌打ちし、それでも恭介の言葉を否定しなかった。敵がいつどこから現れるか分からないこの状況をこのキョンシーも恐れたのだろう。
「恭介様、私はカワセミと申します。恭介様もかなりの怪我を負っているようです。数は少ないですが、包帯などを持っております。治療させてください」
そう言ったのはフレデリカの車椅子を押す青髪の子供のキョンシーだった。恰好からして葉隠邸のキョンシーだろう。
そして、恭介はカワセミから治療を、ヤマダはココミの蘇生符へパッチファイルの書き込み処理を開始する。
通信デバイスの限界を超える速度でヤマダの手指が動く。きっとすさまじい速さでココミの蘇生符と脳へマイケル達からの土産を書き込んでいるのだ。
「ヤマダさん、どれくらいの時間が?」
「五分で終わらせマス」
五分。あと少し待てば反撃ができる。
ヒリつく肌の痛みを忘れ、恭介は「ふーっ」と息を吐いた。
恭介へのカワセミの応急処置が終わって少しして、ココミへのパッチファイルのインストールが終わった。
「ココミ、ねえ、ココミ? 大丈夫不快じゃない? あなたの可愛い体に唾棄する様なプログラムが入ってしまったわ。少しでも不快なら言って、少しでも嫌なら頷いて。わたしが全部燃やしてあげるわ」
ホムラの様子は変わらない。ならば、ココミの思考はまだ問題なく動いているはずだ。
「ヤマダさん、ココミの様子は?」
「見ての通り、問題ありませン」
さて、とヤマダが立ち上がり、セバスチャンに抱き上げられる。
「キョウスケ、ホムラ、ココミ、シラユキ、フレデリカ、カワセミ、全員準備はよろしいデスネ」
返事をヤマダは待たず、窓を見る。まだ、敵の姿は見えない。外に出るならば今だった。
「フレデリカ、PSIはもう使える?」
「ええ! お兄様に会えたし、フレデリカの元気は満タンよ!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! フレデリカの蘇生符が光り、彼女が座る車椅子が再びアイアンテディを形作る。
天井へ届かんと言う、巨大な鋼鉄の熊を見上げた後、恭介は全員の顔を見た、
ココミのテレパシーはその効力を取り戻した。これで仲間が今、何処に居るかが分かる。
反撃の準備は整ったのだ。
――京香先輩を探したいけど、多分、今先輩は戦闘中だ。マグネトロキネシスを発動している先輩をココミは感知できない。
であれば、まず、何処を目指すべきか。
「ヤマダさん、案はありますか?」
「まずはキョウカと合流しましょウ。一人なのでしょウ?」
「でも、戦っている時の先輩はテレパシーじゃ探せませんよ?」
「異形のキョンシーはワタシ達を認識して襲ってきていマス。その思考を辿れば探せマス」
そうですよね? とヤマダの視線がココミへ言い、そうだ、とでも言う様にホムラが舌打ちした。
そうなのか、と恭介は頷いた。過去の資料で見たことがある。かつて、ホムラとココミがこの町に来た時、ヤマダは今と同じ様に間接的な手法でこの二体を見つけたのだ。
「ココミ、京香先輩は何処に居る?」
「……」
干満にココミの指が窓の向こうを示す。
方角的に随分と遠い。
大きく息を吐き、恭介は「良し」とフレームレス眼鏡を整えた。
「……フレデリカ、お前が先頭だ。壊しながらで良い。真っ直ぐに京香先輩の所へ向かえ」
「了解了解大了解! フレデリカに任せて!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
鋼鉄の熊が突貫する。恭介の言葉通り、壁を突き破り、窓を割り、塀を砕きながら進路を作る。
「行きますカ」
「はい」
恭介はシラユキに、ヤマダはセバスチャンに抱えられ、フレデリカへとついて行く。
――この先に京香先輩が居る。
自分達のリーダー。当代の人類最強。
早く、あの本当はあまり強くないリーダーの元へ合流するのだ。