⑤ 鉄塊の突撃
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グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
ヨダカの目の前で世界が回転する。ガリレオが作り出す2種類の回転力場が全ての瓦礫を飲み込んで、質量の嵐となっていた。
A級キョンシーかと見間違うような出力。掠りでもしたらヨダカの稼働は今度こそ止まるだろう。
――右半身で残っているのは抉れた右足だけ。機動力は五割減。左腕も七十二パーセントは炭化。全力で太刀を振るえるのも後何回か。
ガリレオとほとんど相打ちで受けた損壊からヨダカは戦略を組み立てる。
「さぁ、ヨダカ? どうするぅ? どうやってこのテレキネシスを超えるかなぁ?」
質量を持った嵐の向こうからカケルの声がした。殺せるものなら殺してみろとでも言うような声だ。
――残っている給仕は、ツバメ、フクロウ、コガモ。異形のキョンシーは近くには居ませんか。
三体しか残っていない給仕達。その体も損壊が酷い。どれもこれもまともに動けるような状態ではなかった。
テレキネシスは力場を操作するPSIだ。絶対的な力として顕現したそれをヨダカの性能では突破できない。
確率は零パーセントだ。瓦礫の嵐が続く限り、手出しができない。
「来ないの? じゃあ、こっちからやろうかぁ!」
「!」
グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル! グルグルグルグルグルグルグルグル!
螺旋の力場がほとんどノータイムでヨダカの足元に生える。避けられたのはほとんど偶然だった。
止まっていたら駄目だ。ヨダカはほとんど左足一本で駆ける。
――発動間隔が早い!
先ほどまであったPSIごとの冷却時間が消えている。それと同時に狙いの精密性は落ちている様だ。
「ほらほらガリレオ、もう壊れちゃうんだから良く狙って狙ってぇ」
ケタケタとした笑い声が嵐の向こうから聞こえる。主の命令を受け、ガリレオのPSIが唸りを上げた。
「捩じれ、回れ、回れ回れ、捩じれ捩じれ、捩じれ回れ!」
回転の力場からは音速を超えた瓦礫が飛んでくる。破片を浴びたコガモの顔が半分吹き飛んだ。
螺旋の力場が無作為に地面を食い破る。巻き込まれたツバメの右腕が無くなった。
このままでは防戦一方だ。
だが、ヨダカは思考する。防戦一方だとしても勝ち目はあった。
「ガリレオ様はいつまで保つのでしょうか?」
「ははっ! 知らないねぇ! ガリレオとトレミーの執着次第じゃないかなぁ!」
マイクロ蘇生符によるPSIの出力ドーピング。言葉の響きは理想的だ、ドーピングには対価が必要だ。
キョンシーのPSIにおいてその出力は変わらない。脳の処理能力の問題だ。
それを無理やり拡張しているのだ。しかもこの出力でのテレキネシス。
ガリレオの脳の寿命は急速に尽きているはずだった。
――ならば、耐久戦です。
A級並みの出力。並みのキョンシーであれば数秒だって脳が耐えられない。いくら調整したとしてもガリレオは数分以内には壊れるはずだ。
「シッ!」
灼刀で地面を殴り、ヨダカは瓦礫の嵐へ突撃し、一息にそれを切り裂いた。
「おおっ!」
一瞬開いた視界の向こう。そこには倒れそうなカケルと、目と鼻から血を溢れ出させるガリレオの姿があった。
――予想は正解。後はどうやってガリレオの脳を壊し切るか。
左足に力を籠め、バックステップを踏みながら回転力場から射出される瓦礫を避ける。
敵もギリギリだ。だから奥の手を使ったのだ。
あと少し、あと少し事態を好転させる何かが欲しい。
視界の端で霊幻を見る。紫電を纏ったあのキョンシーはシロガネとカーレンの組み合わせ相手に一歩も退かず突撃していた。
霊幻もガリレオの異常なPSI出力は観測しているはずだ。そして、ヨダカの性能ではこの嵐を突破できないとも理解できているに違いない。
それでもこちらに救援に来ないのは、ヨダカ達がキョンシーだからだろう。
――我々がガリレオ達の破壊を任された。その機能を果たさなければ。
霊幻は生者を救うために存在しているキョンシーだ。死者たるキョンシー達を助けてはくれないだろう。
ギリッ。大太刀の柄を握りしめる力を強くする。左手からボロボロと炭化した肉が落ちていく。
霊幻はそれで良い。つれない態度だからこそのあのキョンシーだ。
不格好な案山子の様にヨダカはガリレオの嵐の周りで左右前後に動く。どこか膜が薄いところが無いか。操作性を捨てたのだ。突破口の一つでもあれば捨て身で倒せる。
「ツバメ、フクロウ、ワタクシの援護を」
「分かっています」
「なんなりと我々を使ってください」
ヨダカの背後をツバメとフクロウが追従する。顔が半分消えたコガモは駄目だ。立とうとしているが、後数歩動ければ良い方だ。
トン、トン、トン! 左足一本でヨダカは跳ぶ。流麗な足運びは壊された。今できるのは全力の跳躍のみ。
「アハハ。避けてみなぁ!」
「回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ!」
「捩じれ捩じれ捩じれ捩じれ捩じれ捩じれ捩じれ捩じれ!」
カケルの号令でガリレオが叫ぶ。螺旋の力場が嵐の様にヨダカ達の進路を塞ぎ、瓦礫の投擲が大砲の様にヨダカ達の体を掠める。
みるみるとヨダカ達の体は壊れて行った。耳が裂け、肉が削げ、骨が飛ぶ。
突破口が無い。ヨダカの戦闘回路はひっきりなしに戦略を再計算する。
――何か、何か一つ。あの嵐を止められれば。
ヨダカが飛んでくる瓦礫を力任せに切り落とした時、ツバメが叫んだ。
「ヨダカ、通信を!」
すぐさまヨダカは刀の峰で自身の右耳を叩きつけ、葉隠邸との通信を復活させる。
『こ――ジジッ――らカラス、全員――ジジッ――えなさい。スズメ様か――ジジッ――の援軍――ジジッ――す』
――スズメ様? 援軍? 何を?
ダッ! 疑問を持つ前にヨダカ達はカケルとガリレオが作り出した嵐へ突撃していた。
詳細は不明。だが、主からの助けの情報。全幅の信頼を置くのには充分過ぎる。
はたして、変化はヨダカ達の背後から来た。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
地響きさえした。現れたのは大量の車だった。
乗用車、ダンプカー、ショベルカー、一切の区別がない。シカバネ町で見ることができる、あらゆる車がヨダカ達の背後から猛スピードで迫っている。
すぐにヨダカは理解した。これはかつてココミがシカバネ町でしたことと同じだ。
車体の電子制御を奪い、スズメが操ってここへ持ってきたのだ。
それは人間離れした技術だった。いくらスズメとはいえ、テレパシーによる妙技の疑似的な再現だ。
「!」
瓦礫の嵐の向こう、カケルが息を呑む。
そして、車輪を持った大量の鉄塊がヨダカ達ごと戦場を飲み込んだ。