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④ 承認欲求に火が灯る




***




「うーん。何だかすごいことに成っちゃてるねー」


「バツ、窓に近づかないでください。敵があなたを狙っているかもしれないですから」


「ブーシーだよ憂炎。バツちゃんを欲しがる敵なんて居る筈が無いよ」


 紅布を目に巻いた真っ暗な視界。薬品漬けされ、平衡感覚の狂った体。今日もバツが感じる世界は歪んでいた。


 数時間前、シカバネ町一帯へモーバが大規模なテロを仕掛けたらしい。憂炎から聞いた話をまとめると、異形のキョンシーが各地に現れ、ハカモリの捜査官達と戦っているらしい。


 敵の目的はココミだろう。ずっとそれは一貫している。


 モーバが掲げるエンバルディアという野望。そのためにココミをどう使いたいのかは分からない。けれど、あのA級キョンシーを手に入れられれば、世界が変わるのは間違いなかった。


「やっぱり操作性は大事だよー。みんなココミばっかり見てるよー。バツちゃんは少し寂しいよー」


 キャハハと笑い、バツはゴツンと窓ガラスへ額をぶつける。


 きっと自分は祖国に帰れないのだろうな、とバツは理解していた。愛する祖国にとって自分の存在理由は既に終わっていて、今更戻ってもバツの居場所は無い。


 バツと言うキョンシーが制作されたのは他国へメンツを保つためだ。


 ヨーロッパのアネモイ、アメリカのフォーシー、ロシアのイヴァン、南半球連合のニコラオス。各国が続々とA級キョンシーの開発に成功する中、中国だけがその開発に遅れていた。


 バツは中国と言う国がA級キョンシーを作れるということを示すためだけに作られたキョンシーである。だから、他のA級キョンシー達とは違って国の基幹産業には関われない。


 認識できてしまった座標へ無制限に炎を産んでしまうバツのパイロキネシスは産業に組み込むにはあまりにも不都合なのだ。


 精々バツにできるのは式典などに参加して祖国の威を示すことだけだ。それも今となっては形骸化していて、軍の上の者達が、いつどうやってバツを処分するのか話し合っていたことも知っている。


「ハオハオ。それも良いよー。バツちゃんはみんなのバツちゃんだからねー」


 国が自分にすることをバツは悲しいとは思わない。蘇生符の論理回路はバツと言うキョンシーを速やかに廃棄した方が良いとも結論付けている。


 キョンシーは道具なのだ。自律型で、意思を持っていたとしても変わらない。


 生者が〝要らない〟と言ったのなら死者は速やかに消えるべきだ。


「バツ、それでもあなたは我らが祖国唯一のA級キョンシーです。あなたには価値がある。だから少しでもリスクを減らす必要があります。窓から離れなさい」


 背後、おそらく背後から憂炎の声がする。シカバネ町まで付いて来たバツの付き人の一人。シカバネ町におけるバツの暫定的な主の命令にバツは「シー」と従った。


「でもね、憂炎、バツちゃんは考えるんだよー。今シカバネ町は襲われていて、ハカモリは苦戦している。なら、ここでバツちゃん達が助っ人に行けば、祖国の皆がハカモリに恩を売ったことになるんじゃないかなー?」


「地上じゃバツの炎は使えませんよ。下手をしたらこの町が消えるじゃないですか」


「でもでも首輪はしてるよー? マイケルとメアリーとアリシアの特別製だよー? これなら少しは使いやすく戦えると思うんだよー」


「バツ、あなたのPSIの出力は当代一位です。首輪一つで抑え切れるものですか」


 憂炎の言葉をバツはその通りだと思った。それと同時に、バツと言うキョンシーの執着が叫ぶ。


「バツちゃんもみんなに見て欲しんだよー。どうにかならないかなー?」


 承認欲求がバツの執着だ。自分を見て欲しい。自分を好きになって欲しい。自分と言うキョンシーは皆に愛されるアイドルとして作られたのだから。


 キョンシーとして抗い難い執着が蘇生符の奥で火花を散らす。自身の存在目的を果たせないのは精神的にとても負荷が溜まるものだ。


「どうにか、ですか。……現状難しいです。我々に情報が無い。通信妨害がされていますから」


 ふむ、と憂炎が少し考えた後、こう言った。


 付き人の中で憂炎は比較的バツの我儘を聞いてくれる存在である。その彼が難しいと言ったのだ。であるならばバツにできることは何も無い。


「仕方ないかー。残念だよー」


 ゴツン、ゴツン。窓へ頭をぶつけ、バツは動作としてため息をする。


 先ほどから急にシカバネ町一帯で通信妨害が起きている。北区のホテルで隔離されているバツ達には続報が届かない。憂炎の言う通り、情報が無ければまともに動けなかった。


「バツちゃんの炎は強すぎるからねー。ちゃんと作戦が無いと使えないんだよー」


 せめて、ハカモリの誰かから助けを求められれば動けるのに、とバツは思考し、またゴツンと窓ガラスへ頭をぶつけた。


 その時である。


「バツ、こちらへ何かが来ています」


 バツのおそらく左手が掴まれ、憂炎へと引き寄せられた。


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 足音を感じる。おそらく廊下から。このホテルは祖国が貸切っている。止まっているのはバツ達だけだ。


「誰だろうねー?」


「モーマンタイ。誰であれ、敵であれば殺すだけです」


 はたして、足音はおそらくバツ達の部屋の前で止まり、コンコンコンコン! と強くノックの音がした。


「バツ様、憂炎様、聞こえていらっしゃいますでしょうか? わたくし葉隠スズメのキョンシーが一体、サルカと申します。我が主、スズメ様をお連れいたしました。ここを開けてくださいませんか?」


 聞こえた名前は予想外だった。


「葉隠スズメ? ああ、あの京香が抱えてる凄腕のハッカーさんのことだねー」


「……その人間は外には出られないはずですが?」


 葉隠スズメ、かつてA級素体であったが故に攫われ、人生を壊された人間。精神的理由で葉隠邸から出ることができないはずだ。


 それが何故この場所に?


「お願いいたします。ここを開けてください。スズメ様はもう限界なのです」


「憂炎、監視カメラで確認できるんじゃない?」


「ええ、確認しています。キョンシーが九体。その内の一体が着物姿の女性を背負っています」


「その人の様子は?」


「ほとんど動いていません」


 どうするか、とバツは考えた。ドアの向こうに居るのが敵の可能性がある。


 今ここでバツ達を始末したい理由は思いつかないが、ハカモリ側の戦力を減らしたいという理由付けをできなくはない。


「要件は何かなー?」


 ドアの向こうへバツは問うた。理由はどうであれ、自分に会いに来たのだ。承認欲求の火が脳に灯る。


 ジジッ。外で何か電子音が鳴り、直後、また違う女の声が流れた。


「『バツ、あなたにやって欲しいことがあるの。私のお願いを聞いて』」


 紅布の奥でバツは眼を見開く。


 ああ、そうか。今、自分の機能を求める者が居るのか。


「憂炎、開けてあげて。話を聞いてみようよ」


「……良いでしょう。何かあれば私ごとこの部屋を燃やしてしまいなさい」


 そして、憂炎がドアを開け、九つの足音が部屋になだれ込む。


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 トタトタトタトタ! トタトタトタトタ! トタトタトタトタ!


 暗く塞がれた視界。その中でバツはニンマリと笑った。


「キャハハハハハハ! バツちゃんに何をして欲しいのかなー?」

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