② 裏方達の解析
「ダーリン、それにアリシアもお待たせ、やっと解析が終わったわ」
「流石だメアリー」
「やっと終わりましたか」
ハカモリ研究棟六階。異形のキョンシーの脳の解析が終わったのはヤマダへパッチファイルを渡して数十分後だった。
マイケルが解体と測定を行い、メアリーが解析する。かつて何度も行ってきた分業でマイケル達はすさまじい速度で異形達の思考回路を解読したのだ。
「見せてくれ」
「ちゃんとまとまっていないわ。上から流していくから、気になるところを質問して」
マイケルの返事を聞く前にメアリーのノートパソコン画面がスクロールする。
そこにはメアリーが片っ端から解読した異形のキョンシーの論理コードが書かれていた。
「……見たこと無いプログラム言語ですね」
「だな」
マイケルはアリシアと目を合わせ、苦笑する。メアリーがどうにかマイケル達が分かる言葉に敵の言語を解読したが、プログラムの解読はまだできてない。
はたして、敵の異形はどのような論理回路で、何をするためにシカバネ町へ来たのか。このプログラムを読み取れれば分かるはずだ。
「アリシア、キョンシー用のプログラムはお前の方が詳しい。何か分かれば言ってくれ」
「ええ、少し集中します。何か気づいたら言ってください。返事はできませんが、耳には入っています」
言って、第二課の主任たるアリシアが口元へ手を当て、目を見開く。この場に居る全員がキョンシー開発が専門だったが、それぞれの専攻が異なる。
今この場においてプログラムの知識が最もあり、未知の言語であったとしても解読できる可能性があるのはアリシアだけだ。
「ヤマダがこの場に欲しいわね、ダーリン」
「確かに、あいつなら論理がそこにあれば解読できるだろうな」
ヤマダは自分達と違う。解析の天才だ。彼女にかかれば未知のプログラム言語であれ、論文を読む様につらつらと解説して見せるだろう。
だが、ヤマダは恭介を助けに行った。彼女は実働体だ。裏方がマイケル達の領分である。
――あいつらに迷惑はかけられねえ。
マイケルもまた、アリシアの後ろで流れていくプログラムを見る。所々がまだ文字化けしていたけれど、メアリーの手でアルファベットに翻訳されたそれらの意味を脳内で組み立てる。
――キョンシーを作ったのは人間だ。なら、同じ人間に読み取れねえはずが無い。
「――、――――」
「? ――? ――――」
「――! ――――、――――――――!」
マイケル、メアリー、アリシアが持ち得る知識を総動員してプログラムを解読していく。
少しずつ意味が分かっていく中で、ある瞬間にマイケルは気づいた。
「……このプログラム、ゲンナイが作ったやつだな」
「言いますねマイケル、根拠は?」
「勘だ」
全てのプログラムには癖がある。条件式の作り方、改装訳の仕方、変数の置き方を決めたのは人間かキョンシーだ。
マイケルは確信する。異形のキョンシー達の論理回路を組み上げたのは、モーバに堕ちたkつての先達、ゲンナイだ。
かつて同じ研究所に属していた頃、マイケルとゲンナイは何度も協力してキョンシー用の論理回路を作り上げた。ゲンナイのプログラムの癖ならば知っている。
「……多分だが、アリシア、ここから先が条件を達成した時の特定行動のプログラムだ」
「なるほど。時間がありません。とりあえず信じましょう」
未知の言語であれ、ゲンナイが作った物であれば話は別だ。詳細は分からないとしても、どのような条件式をどのような位置に書くのかならば分かる。
マイケルの言葉でアリシアの解読が加速する。
十数分後、マイケル達は異形のキョンシー達の論理回路を解読し終えた。
「……やばいな」
「やばいわ」
「やばいですね」
解読された論理回路の前でマイケル達は同じ言葉を呟く。
異形の論理回路は七割方解読され、モーバ達の作戦の概要は理解された。
「メアリー、京香とココミの現在位置は分かるか?」
「いいえ。さっきからずっと通信が妨害されてる。オフライン回線以外じゃ連絡は取れないわ」
「だよな」
ポンポンとマイケルは膨らんだ狸腹を叩く。現在、ハカモリは想定よりもまずい状態に追い込まれていた。
「アリシア、お前の眼から見て、敵の作戦は成功すると思うか?」
「はい。条件さえ達成されればほぼ確実に」
異形のキョンシーに書き込まれていた論理回路はとても単純な物だった。
敵を倒せ、できるだけ騒げ、壊れるまで動け。基本的にはこの三つが行動原理である。
これ自体は問題ない。どうにかハカモリでも対応できる様な指示だ。
問題だったのは、特定条件達成時の特定行動である。それはハカモリの第六課を、正確には京香とココミを狙い撃ちした様な条件と行動だった。
「発想はゴルデッドシティでの一件と同じだ。ココミに大量のデータを一気に読み込ませてオーバーフローさせる。敵はその隙にココミを捕まえる気だ」
「でも、ダーリンはココミへ対策用のプログラムを書き込んでいたじゃない。一定以上のデータ量が入ってきた時、思考速度を鈍化させる処置よ。それなら前みたいに機能停止まではいかないはずだわ」
「敵はゲンナイだ。俺がやった処置も織り込み済みらしい。くそ、京香は今何処に居るんだ?」
マイケルは通信機を操り、第六課の面々と連絡を取ろうとしたが、電波が通じなければどうしようも無い。
「敵の作戦は、京香、ココミ、それに大量の異形のキョンシーが居る時に発動します。それだけ多くの異形が今シカバネ町に残っていますか?」
言いながらアリシアは窓へ歩き、ブラインドから空を見た。
既にアリシアも検討が付いているのだ。
「地上には居ねえ。なら、控えの異形共は空に居るはずだ」
空も注意はしていた。常に衛星カメラの情報は常にスキャンし、モーバからの攻撃が無いか巡回し続けていた。
けれど、ハカモリは空に居る敵を見落としている。見落とさせられたのだ。
「そんな芸当ができるキョンシーなんて二体しかいねえ」
空に坐し、監視衛星を欺けるPSIを持つキョンシーは世界でアネモイとアネモイ2のみだ。
そして、モーバはアネモイを保有している。
「アネモイはゴルデッドシティでフォーシーとほとんど相打ちに成ったはずよ。下半身を潰されたわ。あれだけの操作性を持つPSIなのよ。指の一本だって調整して修理しなきゃ動けないわ」
「クローンでパーツを作った、完全な機械化、脳回路の改造、色々と可能性なら言える。けど、まずはどうにかしてこれを京香とココミに伝えなきゃならねぇ」
マイケルはメアリーを連れ研究室を出て行く。向かうのは一階、駐車場。
通信は使えない。他の捜査官も出払っている。
ならば、実際に会いに行くしかなかった。
駐車場には最近買ったばかりの防弾仕様ワゴン車がある。
「メアリー、命を賭けてくれ」
「ええ、任せてダーリン」
マイケルは助手席に座り、メアリーが運転席に座った。
目指すのは京香、そしてココミの所。敵の作戦をできる限り早く伝えるのだ。
「行くわよ」
「ああ」
マイケルはノートパソコンを見る。通信妨害がされる直前までの第六課の仲間達の位置を凝視する。
――考えろ。この後、あいつらは何処へ行く?
メアリーがアクセルを踏み、ワゴン車が加速する。
今頼れるのは自分の勘だけ。
京香とココミはいったいどこに居るのか。