⑪ 嵐
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ト、ト、ト!
「シエァ!」
赤色の大太刀が弧を描く。幾度もの突撃の果て、ヨダカの灼刀はガリレオの体を着実に削り取っていた。
「強いねぇ。こっちが持ってるデータ以上の戦闘能力だねぇ」
「お褒めいただき光栄です!」
ガリレオに振り回されながらカケルが笑う。キョンシー達の近接戦に巻き込まれた彼女の髪は縦横無尽に振り乱れ、その頭に空いた幾つもの穴が何度もヨダカの視覚に映っていた。
ヨダカの灼刀は一度もカケルに届いていない。けれど、熱気は別だ。ヨダカはできる限りガリレオとカケルに肉薄する。その腕に持つ灼刀は空気を焼き、人間では生きていけない温度を作り出す。
「回れ!」
――ガリレオのテレキネシス!
ガリレオを中心とした回転力場が発生する。あらゆる瓦礫を巻き込み、それを避けるためヨダカは背後へステップを踏んだ。
「あいおrは!」
「んmzぽほいじゅあ!」
「ないえhglbんざえjhを!」
途端、飛んでくるのは異形のキョンシー達だ。蜘蛛やカマキリを思わせる四肢がヨダカの頭を潰そうと向かってくる。
――トレミーのテレキネシスが狙っている。
異形のキョンシーへ灼刀は震えない。回転力場を解除したガリレオが今度は螺旋の力場を発生せんと、こちらへ切り落とされた腕の断面を向けている。
「ムクドリ!」
「はいはいー」
言って、ヨダカと異形のキョンシーの間にムクドリが小柄な体を入り込ませる。
ゴキャ、メキャ!
小さな体が異形の大きな四肢を浴び、ひしゃげ、薄紅色の血が噴き出す。それだけだ。ムクドリは止まらず、異形のキョンシーの頭へナイフを突き立てる。
ヨダカは眼もくれない。ムクドリ一体で異形のキョンシー三体を止められれば安い物だ。
「捩じれろ」
そして、螺旋の力場がヨダカへ放たれる。まともに受けたら終わりだ。
ヨダカは灼刀を地面へ叩きつけ、その反動で左に飛ぶ。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
螺旋の力場が今いた場所を通り過ぎた。地面に着地し、またヨダカはガリレオと距離を詰める。
「カケル様はあとどれくらい保ちますか?」
「ふむ、この温度だ。長くて十分だろう」
「なるほど」
ガリレオが博士帽を揺らす。その体にしがみついたカケルは表情こそ笑っているが、額に大量の汗が流れ、瞳孔が数パーセント開いている。
この高温下で人間は生きていけない。
「シッ!」
剛腕を振るい、身の丈程の大太刀を振るう。敵と距離を開けてはならない。刀を躱されても熱から逃げられない。
ヨダカの狙いを敵は既に理解している。
「根比べかね。君のPSIは長期戦に不向きだろう? もう腕が炭化している。このままでは致命的に壊れてしまうぞ?」
「我らキョンシーに命はございません」
敵は良く調べている。ガリレオの言う通り、ヨダカのサーマルキネシスは短期戦に特化している。行き過ぎた熱は自身の体すら破壊する。
「それに、人間の方が体は脆いでしょう? 先にお倒れに成られるのはカケル様の方です」
「違いない」
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
言って、ガリレオがPSIを展開する。自身を中心とした強烈な回転力場。地面に散った瓦礫とキョンシーの残骸を巻き込んでヨダカを襲う。
「行ってヨダカ」
「スズメ様のために」
その瓦礫を四肢が千切れた同僚達が受け止める。メジロとオウム、二体の肉壁がヨダカの踏み込む経路を作った。
「やるねぇ」
カケルの称賛がヨダカの耳に届く。大太刀は振り上げられ、後は振り下ろすだけだ。
――ガリレオの身体能力を定義。距離、運動量ベクトルを計算。完全な回避は不可。
高速でヨダカの戦闘回路が計算する。この一太刀をガリレオは避け切れない。
「ならば、相打ちだ」
ガリレオは下がらず、防御体制も取らなかった。切断された片腕の断面をこちらに一歩踏み出す。
――力学力場を感知。トレミーのテレキネシス。有効射程を推定。完全な回避は不可。
戦闘回路は宣告する。放たれる攻撃をヨダカは避け切れない。
「充分です」
ヨダカの剛腕が刃を振り下ろし、ガリレオの腕から力場が放たれた。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
大太刀と螺旋の力場が互いの半身を破壊する。ヨダカは右にガリレオは左に、互いの攻撃を受け、その肉体が宙を飛ぶ。
「シッ!」
ヨダカは止まらない。大太刀を左腕一本で持ち、抉れた右足で無理やりに踏み込む。
「軌道がブレているぞ!」
ガリレオもまた動きを止めなかった。ヨダカの大太刀は左半身のほとんどを切り落とし、焼き切られた断面からはボトボトと内臓や歯車が落ちている。けれど、ガリレオはまだ立てていた。
「回れぇ!」
――連続発動!?
クールタイムを無視し、ガリレオの回転力場が発動する。
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
残骸の嵐が襲われ、ヨダカは弾き飛ばされた。
倒れはしない。ツバメ、フクロウ、コガモ、もう立っている給仕は数えるほどしかいない。今ここで筆頭給仕たる自分が倒れてはスズメの願いを叶えられなくなる。
右上半身を失った。捩じり壊された断面からは薄紅色の血が溢れ出す。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
躊躇いなくヨダカは抉れ切った断面に灼熱の刀身を押し当てた。
刀身に触れた肉は瞬間的に炭化し、溢れる血を止める。蘇生符から大量の警告が脳内で発生しているが、些末なことだ。
「損壊は甚大。戦闘への影響も大。しかし、戦闘続行は可能です」
人間であればこれを強がりと言うのだろう。既に不可逆的な程に壊れている。しかし、左腕が残っており、その手は刀を持てている。
ならば、主の命令を遂行するのは当たり前だ。
対して、連続でPSIを発動したガリレオは動かなかった。否、動けなかった。
肩から足にかけて切断されたその体では歩くこともままならない。
「……ふむ。どうするかね、カケル?」
「そう、だねぇ」
ガリレオに縋りつく様にカケルが立ち、ニヤニヤと笑っている。熱で体力を奪われ、彼女もまた立つことすらままならないようだ。
「ないおんばおhwKhbane!」
「ンあめぽwにお3!」
「bえh5あphんせjzんb!」
まだ数を残した異形のキョンシーがヨダカを囲む。ヨダカを守るようにツバメ達が武器を振るうが、ガリレオへの経路が塞がれた。
――まずい。
何がまずいのかは分からない。ただの推測だ。モーバは奥の手を隠している。でなければ、ハカモリに攻めてくるはずが無い。
「それじゃ、ガリレオ、壊れよっかぁ」
「承知した」
あっけらかんとカケルは言って、パーカーのポケットから注射器を取り出す。
あれをヨダカは知っている、スズメがハックした報告書で読んでいた。
――マイクロ蘇生符の注射器。
止めなければならない。けれど、戦闘回路は冷静に判断する。この距離では間に合わない。
そして、カケルの注射器がガリレオの首元に刺され、中の液体が注入される。
変化はわずか一秒後だった。
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイン!
ガリレオを中心とし、空間が軋む程の力場が発生し、博士帽の近くに貼られた蘇生符が輝き出す。
「ま、わ、れ」
「!」
グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!
PSIが発動する。先ほど同じ種類の回転力場。けれど、その出力は比べ物にならない程に増加した。
地面にある全ての残骸はおろか、周囲にあった建屋すらも破壊しながら巻き込んで、質量を持った嵐が現れる。
A級キョンシーと見紛う程の出力。
「さて、どういたしますかね」
目の前に現れた嵐の前にヨダカは刀を握り絞めた。