⑩ 兄の元へ
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「お兄様は何処!?」
「落ち着いてくださいフレデリカ様。今、葉隠邸に聞いておりますから」
「カワセミ、フレデリカは覚えているわ! さっきも同じことを言っていたでしょう!」
アイアンテディを操り、フレデリカはシカバネ町の中央部を目指して走っていた。
その左方には青い髪をした給仕服のキョンシー、カワセミが走っている。
炎を抜け、兄達は戦場から離脱した。論理的に考えるならば、シカバネ町中央部にあるハカモリ本部へ助けを求めに行ったはずだ。
だから、フレデリカも中央部を目指しているのだが、兄の姿は中々見当たらなかった。
「おあうぃえぬああ!」
「おーほっほっほ! うるっさいのよ!」
ザシュウウウウウウ! 力任せに振ったアイアンテディの爪が異形のキョンシーを切り裂く。
一体どこから補給されているのか、アイアンテディは絶え間なくフレデリカを襲いに来ていて、中々前に進めなかった。
――さすがに疲れてきてる。木下優花の体を休めなきゃ。
フレデリカは焦る。まだ、テレキネシスは十分に使える。京香と同じように連続したPSIの発動がフレデリカの長所だった。
だが、体は違う。四肢を失った木下優花の体は脆弱で、激しい疲労を訴えていた。
キョンシーの機能として無視はできる。主である木下恭介の生存を優先する様に論理回路を選択すれば良い。
けれど、フレデリカはすでに恭介から『必ず生き残れ』と命令を受けている。
最優先するべきは木下優花の生存だ。このままだとそれが叶わなくなる。
「おくぃうっじゅいたも!」
「qずbmはおymhな!」
「んまおなhまやybz!」
「せめて分かる言葉をしゃべって欲しいわね!」
異形のキョンシーは待ってくれない。フレデリカでは解読できない声を出しながら異形のキョンシー達がアイアンテディを囲む。
――何を言っているかは分からない。だけど、敵は連携してる。なら、意思の伝達手段を持っているはず。
推測はできる。この謎の鳴き声か、それとも別の方策か、昆虫を思わせる異形達はその実、戦闘用キョンシーと同程度には思考ができている。
だから脅威だった。
ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ!
アイアンテディの爪は簡単に敵の体を切り裂いていく。しかし、敵の増援はフレデリカにとって無尽蔵だ。
――アイアンテディじゃ逃げるのに向いてない。目立ち過ぎる。
戦闘におけるフレデリカの役目はタンク役。組み上げてきた戦闘技能に逃亡は組み込まれていない。
ガン! ガガガガン!
「くっ!」
「フレデリカ様っ!」
異形のキョンシー達の攻撃を捌き切れなくなってきた。フレデリカの胴よりも太い四肢がアイアンテディを打ち付ける。カワセミのサポートがあっても敵が多過ぎた。
鋼鉄の熊は丈夫だ。このくらいの攻撃ならばいくらでも耐えられる。
けれど、中に居る木下優花の体はそうではない。
衝撃を吸収する機構がアイアンテディには組み込まれていたけれど、衝撃を受ける度、貧弱な体の体力が少しずつ削られていく。
「退きなさいな!」
ザシュ!
爪を振るう。その鉄腕は一度で数体の異形を破壊する。それだけだ。敵は損壊も気にせずフレデリカを狙う。
――お兄様の所へ行けない。
足止めだ。敵の目的は明らかだ。今、愛する兄はホムラとココミ、そしてシラユキと共に逃げている。この戦況で最も壊れやすいのが兄の体だ。
敵はココミを手に入れようとしている。そのためにハカモリの戦闘員達を足止めしているのだ。
「分かっていてもっ!」
フレデリカは歯噛みする。容易に推定できても突破できない戦況だ。
このままでは何の役にも立てず、兄が死んでしまうかもしれない。それはフレデリカにとって存在理由を失うほどの恐怖だった。
その時、フレデリカの耳が一つの言葉を捉えた。
「Entanlge」
直後、フレデリカに突き出されようとしていた異形の四肢に血の鞭が絡みつく。
ハイドロキネシスで作られた十数本の血の鞭が与える応力は小さい。
だが、一本一本が正確に異形の関節を捉え、その体を傾ける。
結果、異形は独楽の様に回転し、地面へと倒れた。
すかさず、アイアンテディでのその頭を踏み潰し、フレデリカは血の鞭の主を見た。
「ヤマダ! 来てくれたのね! フレデリカはとても助かったわ!」
セバスチャンに抱かれたヤマダが居た。既にラプラスの瞳を装着し、顔は青白い。ここに来るまでに何度もセバスチャンに血を吸わせたのだろう。
フレデリカは安堵した。攻撃力は無いが、ヤマダはフレデリカよりも賢い。今この場でどの様に動くべきか指示を貰えるはずだ。
「フレデリカ、キョウスケ達とはぐれたと聞きましタ。あなたが把握できている状況ハ?」
「お兄様とはぐれた後、カケルとガリレオと交戦したの。途中で葉隠邸のヨダカ達が助けに来てくれた。ヨダカ達がガリレオとの戦闘を受け持ってくれたから今はお兄様を探してるわ」
「お久しぶりです、ヤマダ様。スズメ様から御用命に従い、皆様をサポートしております」
カワセミが青い髪を揺らしてヤマダへ頭を下げる。度重なる戦闘の中でカワセミも体のいくつかを破損していた。
「……キョウカと正義バカ、それにリコリスハ?」
「キョウカとリコリスはギョクリュウに連れて行かれた。その後は分からない。霊幻はカーレンとシロガネと戦っていたわ」
「なるほド。となると、やはり一番危険なのは恭介ですネ」
ヤマダの言葉にフレデリカはアイアンテディの中で激しく頷いた。そうなのだ。今この戦場で最も死に近いのが恭介だ。モーバが追い求めるココミを連れて逃げる彼を何としても敵は追い詰めたいはずだ。
「そうなの! でもフレデリカにもお兄様が何処に行っているのか分からなくて。テディの通信機も何でかお兄様へ連絡もできなくなっていて」
「アイアンテディの通信機ガ?」
アイアンテディの内部には音声認識の通信機がある。フレデリカは何度もこれを使って恭介へ連絡を取ろうとしていた。だが、そのどれも不通で終わっている。
通信機自体が壊れたわけではないようだ。兄への通信、それがピンポイントに妨害されている。
フレデリカの言を聞いてヤマダが自身の通信機を取り出し、恭介へと発信する。
「……駄目ですネ。ワタシからもキョウスケに連絡ができなくなってマス」
確定だ。フレデリカ一体ならばともかく、ヤマダの通信機でも恭介へ連絡ができないと成れば、何かしらの妨害を敵がしていると考えて間違いない。
「恭介様達の居場所ならば、今全力で我が主が探しております。あと少しで見つかりそうです」
シカバネ町で今生きている監視カメラを総動員してスズメが恭介を探してくれている。
それはありがたいとフレデリカは思う。スズメの体調は最悪だと聞いている。決して無理をしてはいけない状態だとも。にもかかわらず、今スズメは体を起こし、キーボードを叩き、忌まわしきオクトパスを使ってフレデリカ達を助けようとしている。
けれど、恭介を見つけるには至っていない。
「ワタシはココミが異形のキョンシーの言語を理解するためのパッチファイルを持ってきましタ。マイケルとメアリーが超特急で作った物デス。どうにかこれをココミへ読み込ませたいのですガ」
ヤマダが出したのは指の大きさ程の記録カードだった。彼女の言葉を信じるならば、これを読み込ませることでココミが、あの意味不明な異形のキョンシーの言葉を理解できるように成る。
そうなればこの混乱は収められるだろう。ココミのテレパシーは絶対だ。思考を読み取れさえすればいくらでもやりようがある。
「カワセミ、恭介を発見するのにあとどれくらいかかりますカ?」
「……数分あれば」
「よろしいデス。ならば」
と、ヤマダのゴーグルが動き、それにつられてフレデリカも周囲を見る。
「はおbめあほあ!」
「zgばあmhpな!」
「j3えあもjんrmぴおh!」
異形のキョンシーがまた集まってきている。昆虫を思わせる体をくねらせてすさまじく速さの突進だった。
「フレデリカ、ワタシの指示で動きなサイ。ここを切り抜けマス」
「おーほっほっほ! 頼もしいわねヤマダ!」
声を張り上げる。内心は不安でいっぱいだ。
早く、早く兄の元へ。そう思うのに、今のフレデリカにできることは戦うことのみだった。