⑨ 火傷
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「せちおないぺしおしぇ4!」
「まなJまおおはうおうのしょ!」
「おおがおるいぎっやう!」
「ホムラ、上だ!」
「っ燃えろ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
恭介達はシカバネ町を逃げ惑っていた。
炎壁の中を走り抜けた恭介の肌は赤い。所々が水膨れし、それが敗れた場所がジリジリと熱の様な痛みを持っていた。
――気にしてられるかっ。
恭介は周囲を見続ける。四方八方から異形のキョンシーが恭介達に迫ってくる。いつもならば敵の襲撃をココミが察知し、余裕をもってホムラが迎撃している。
だが、ココミでも思考が読めない異形のキョンシー達の襲撃に恭介達の反撃は一手遅くなっていた。
今居るのはシカバネ町西区。住宅街の中を駆けていた。
目指しているのは中央区だ。ハカモリの本部まで到達できればホムラとココミを守り切れる。
「はぁ、はぁ! しつっこい!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラが隻眼を歪め、炎柱を産む。炎は強力で異形のキョンシー達を燃やす。
けれど、自身の損傷を意に介さずキョンシー達は攻めてくる。炎では物理的な運動を止められない。
「皆様、おさがりください!」
炎壁から飛び出してくる異形のキョンシーを相手取るのがシラユキだった。
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
雨粒ごとシラユキの体が敵を凍らせる。
そこまでして初めて異形のキョンシーの攻撃は止まった。
敵が多く、どこから来るのかが分からない。恭介は今までどれだけココミのテレパシーに頼っていたのかを悟った。
「ご主人様、まだ走れる?」
「もう少しなら」
逃げているのだ。シラユキの腕に抱えられ、高速で移動したい。だが、矢次早に現れる敵の前にシラユキの体は触れていられないほどに冷え切っている。
今は雨が降っている。長時間シラユキに抱きかかえられていたら、骨の芯から凍り付いてしまう。
対して、ホムラにも余裕が無い。戦闘用とは言え、恭介とココミ両方を抱えてまともに動けないだろう。
だから、恭介は走るしかなかった。きっとハカモリの方で自分への救援が来るはずだ。それを期待し、まずは生き残るしかない。
――優花は無事か?
頭には置いて行ってしまった妹の姿がある。あの場では仕方が無かったとは言え、妹は今一人で戦っているのだ。どうか無理だけはせず逃げてくれと願うしかない。
「あんかぽえてゃずをい!」
「ぱじうhgyftだw!」
「あえあいうrf議bな!」
「また来たぞ!」
「分かってる、わよ!」
マンションの屋上からだろうか。恭介達を挟む様に異形のキョンシー達が数体降りて来る。
「ご主人様、ワタクシのPSIもそろそろ限界よ。一度クールダウンしないと。いえ、ワタクシの場合、ホットアップかしら?」
「軽口叩ける余裕あるならまだいけるだろ! 敵を壊せ!」
恭介が命じ、シラユキとホムラがPSIを発動する。まだ二体のPSIに陰りは見えない。けれど、白雪の言う通り、どこかで休ませる必要がある。
既にホムラとシラユキに対して規定したPSIの連続発動時間の上限を過ぎている。キョンシーだから目に見えた疲労は無い。恭介が命令する限りこれらはPSIを発動し続けるだろう。
京香に教えられた。キョンシーを人間の様に扱わなくても良いが、機械の様に丁寧に扱え。
どこか隠れられる場所は? 異形のキョンシー達を倒しながら恭介は周囲を見る。
ここは住宅街だ。家や部屋は山の様に見える。
(右三十メートル先、左から四番目の家。そこには今誰も居ない)
――ココミ!?
突然、脳内にココミの声が届いた。恭介が指示を出す前に、主が望む事を先回りしたのだ。
「ホムラ! 炎で覆え!」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
瞬間、ホムラが恭介達を包む様に巨大な炎壁を一帯に生やした。
「ご主人様、息を止めて死ぬわよ!」
シラユキが再び恭介を抱え、炎壁の中をホムラと共に走る。恭介が指示を出す前に、ココミによって目的地は伝えられていた。
炎に肌を焼かれながら、恭介達は走り、ココミが指した一軒家へと到達し、ドアノブを破壊しながら中へと転がり込んだ。
ココミの言う通り、家の中には誰も居なかった。生活の気配が感じられない。一軒家を支給されているという事は高ランクの素体持ちの世帯である筈だ。
――素体狩りに狩られたな。
すぐに恭介は理解する、いつ頃からかまでは分からないが、この家に住んでいた家族はもうこの世に居ないだろう。
今はそれを気にしている状況ではない。恭介達はそのまま奥へと進み、リビングのソファに座り込んだ。
一気に疲れが出る。敵はまだ外に居て、恭介達を探している。ここもいつ見つかるか分からない。
「……みんな、クールダウンにはどれくらい時間がかかりそう?」
「三十分は休みたいところです。それが無理なら最低でも十分は頭を冷やしたいです」
「ホムラは?」
「……十五分で調子を戻してやるわ」
なるほど。と恭介は頷く。最低でも十五分、キョンシー達の脳を休める必要がある。はたしてそれまでこの場所が見つかるかどうか。
「ご主人様、わたくし水を探してくるわ。ご主人様も火傷を冷やさないと」
「頼むよ」
この中で比較的動くのに問題が無いのはシラユキだった。さすが元傭兵のキョンシーと言ったところか。身体性能がホムラよりも高いらしい。
家探しはシラユキに任せ、恭介は深くソファに座り込む。二度もホムラの炎の中を走り抜けたのだ。テンダースーツに守られてない顔や手が熱い。白雪の言う通り火傷しているのだろう。
「……」
そんな恭介を向かいのソファで座っていたホムラがジッと見ていた。
「何?」
「うるさい。何でも無いわ。少し休むから黙っていなさい」
やはりホムラはまともに答えない。恭介から目を逸らし、ホムラはココミを抱きしめた体制のまま目を瞑った。
――まあ、良いか。
いつものことだと、フレームレス眼鏡を整えた時、シラユキが帰ってきた。
「朗報ですご主人様。水道が生きてました」
その手には濡れタオルとコップに入った水が持たれ、ズイと差し出されたそれを恭介は受け取る。
「あ~、気持ちいい~」
水を飲んだ後、濡れタオルを顔に当て、恭介は天井を仰ぐ。
熱くてじりじりとした顔や手の痛みが和らぐ。
「では、ワタクシも休憩いたしますのでお気になさらず」
シラユキが恭介の傍らで直立したまま目を閉じる。ホムラと言い、シラユキと言い、血のケが失せたキョンシー達が目を瞑ると、人形の様だ。
――無理をさせ過ぎたな。
仕方が無かったとはいえ連続でPSIを使わせ過ぎた。京香や霊幻と違って、恭介のキョンシー達のPSIは連続発動には向いていない。
きっと敵の狙いもあったのだ。恭介達を疲弊させ、ココミを奪うための隙を手に居れようとしている。
ココミの索敵に甘え過ぎていた。どこからどの様に敵が来るのか分からないというのがここまで大変だと理解できていなかったのだ。
――優花は無事、だと良いんだけど。
一人置いてきてしまった妹を思う。フレデリカとしての戦闘技能は優秀だ。生き残ることを最優先していればきっと生きている。
「でも、まずは休憩だな」
どちらにせよ、恭介達は体を休める必要があった。援軍が来るまで後どれくらいか分からない。
――僕の勝利条件はココミを守り抜くことだ。
できることをやるしかない。そう第六課で学んできた。
今できることは休むことだ。
恭介はフレームレス眼鏡を外し、濡れタオルを強く顔へ押し付けた。