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⑦ スズメの戦場



***




 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。


 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。


 オクトパスの触手が激しくうねる。シカバネ町中のカメラをハッキングし、スズメは京香達第六課の戦いを追っていた。


 今、ヨダカ達がフレデリカと霊幻の所に到着した。


「倒して」


『『『『『仰せのままに』』』』』


 通信機越しにキョンシー達へ指示を出す。生まれて初めてキョンシーに出した戦闘の指示だ。


 ヨダカ達の周囲にあるカメラは軒並み破壊されている。だから、戦場の光景がスズメには分からない。


――きっとそれで良い。私の精神じゃ耐えられない。


 歯噛みする。脆弱な自分の心では血に塗れた戦場の世界を見ただけで気絶してしまうかもしれない。


 結局、自分では京香が生きている世界を共有できないのだ。彼女は戦う人で、自分は戦えない人間だ。その差は大きく、乗り越えることもできない。


 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。


 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。


「サルカ、もっと解析の速度を上げて」


「承知いたしました。カラスへ伝えます」


 傍らに控えさせたメッセンジャーへ命令する。目の前に見える九つの窓。オクトパスを介した無言の指示に繋がれたキョンシー達の脳が悲鳴を上げている。


 先ほどカモが目から血を流して倒れた。スズメの脳が送る膨大な指示にその頭が耐えられなくなったのだ。


 既に代替機は補充されている。だとしてもキョンシー達の動きはスズメの理想を叶える物では無かった。


 もっと早く、もっと正確に、今繋げる情報端末の全てへアクセスしなければならないのだ。


「カラスにスズメ様の指示をお伝えいたしました。後五パーセント解析の精度を上げる様です」


「分かった」


 別室にてスズメが送る大量のデータをカラス達が解析している。あれらの解析速度も今は足りない。


 だが、泣き言は言っていられない。敵は今も京香達を苦しめているのだ。


「っ。リコリスを追って」


 その時、キョンシーを介した九つの窓の一つ。京香にフォーカスしていたカメラ映像が変化を起こす。


 京香とリコリスがギョクリュウと戦っていた。その中で京香がリコリスを逃していた。砂鉄を操って足場を作り、無理やり進路を作ってリコリスを戦場から逃したのだ。


 逆だろう、とスズメは眼を歪める。なぜ、あの人はいつもああなのだ。キョンシーを戦わせ、人間であるあの人は後ろに下がっているべきなのだ。


 理由は分かる。京香はリコリスを霊幻の所へ向かわせるために無理をしたのだ。


 優しい人だ。そしておかしい人だ。そんな人だからスズメは好きになったのだ。


 だが、今はその利点が少し妬ましい。


 キョンシー達を操り、スズメはどうにかリコリスを補足する。海洋生物の様に紅髪を動かしてリコリスがまっすぐに霊幻の所へと向かっていく。


 高速で監視カメラを次々と切り替えなければ補足が難しいが、リコリスが霊幻達の戦場に向かうこと自体は良いことだった。


――過ぎてしまったことは仕方ない。これで霊幻達の戦場は霊幻達側に有利に働くはず。


 リコリスの戦闘能力は凄まじい。特に異形のキョンシーがはびこる霊幻達の戦場であればあの毒髪は多大な効果を発揮するだろう。


 そうスズメが思った直後だ。真っ直ぐに霊幻の所へ向かっていたはずのリコリスが突然進路を変えた。


「!」


 同時にスズメは観測する。監視カメラの向こうで、突然リコリスの全身が切り裂かれたのだ。


 ウネウネウネウネ。オクトパスが躍動する。キョンシー八体の演算能力を今リコリスに何が起きたのかに割いた。


 リコリスの周りにあった監視カメラを操り、周囲の映像を高速に流す。


『――!』


 映像の中でリコリスは呻いていた。全身を切り裂かれたキョンシーは薄紅色の血の海に沈んでいる。シトシトとした雨がその体を打ち付け、じんわりと血を地面に希釈させていた。


「スズメ様、刺激レベルを下げます」


 サルカの声と同時にリコリスの映像がピクセル状に変換され、血だまりはファンシーなピンク色に変わった。


 サルカの判断は正しい。あのまま血だまりのリコリスを見ていたらスズメはいつ倒れてしまったかが分からない。


 一応、ではあるが、リコリスはまだ稼働していた。もう髪もうまく動かせないようだったが、それでもその目は空を睨み上げている。


――空?


 カタカタカタカタ! カタカタカタカタ! カタカタカタカタ! カタカタカタカタ!


 カタカタカタカタ! カタカタカタカタ! カタカタカタカタ! カタカタカタカタ!


 操れる監視カメラ全てを操作し空を見る。


「……アネモイ」


 そして見つけた。シカバネ町の空高く、褐色の肌に透明なレインコートを纏ったキョンシーが悠々と眼下を見ている。


 アネモイの隣にはセリアの姿もある。大人の姿にスズメの胸は動悸し、呼吸が少しだけ浅くなった。


「そんな……」


 アネモイ、考えられる中でモーバが保有する最強の戦力。それがなぜ今シカバネ町の空に? ゴルデッドシティの戦いであのキョンシーは下半身を握り潰されていたはずだ。


 A級キョンシーの体はオーダーメイド。指一本の付け替えでさせ易々とは行かない。


「周囲を見て。アネモイの周りに何か居るっ」


 監視カメラを無理やりズームしてアネモイを見上げる。アネモイの周囲には雲しか見えない。


 だが、その雲が僅かに歪んでいる。


 気づけたのはただの勘だ。日がな一日空を見るしかなかった日々が続いたスズメの過去が気づかせた僅かな違和感。


「カラスっ。解析急いで」


『お任せください。今終わります』


 監視カメラの映像を別室のカラス達がすぐさま解析し、その概要をスズメの九つの窓に提示する。


「何これ?」


 アネモイの周囲に居たのは地上に居るよりも数を増やした異形のキョンシー達だった。


 足が無い。腕が無い。まともに動くための駆動部が無い。まともにあるのは頭と胴体くらいで、残りのパーツは全て歪。


 ガタンッ。スズメの頭から血が抜け、意識を落としそうになる。


 映像の刺激レベルはすぐさま下げられ、オクトパス越しに頭を押さえながらスズメは今の映像の意味を考えた。


 異形のキョンシー達。その追加が空に居る。それだけならば普通だ。援軍だと考えれば説明がつく。けれど、空に並ぶキョンシー達には矮小な四肢しかなく、地上の敵とは違って戦えないだろう。


――戦えそうにないキョンシーをわざわざシカバネ町の空に持ってきた? アネモイを使ってまで?


 おかしい。敵の作戦の肝がきっとあそこにある。


「カラス、今までのモーバとの戦いの記録を持ってきて」


『五秒、お待ち、ください』


 連続したスズメの要求にカラスがオーバーフローを起こしつつある。だが、冷却を待つ時間は無い。今ここで敵の狙いを暴くのだ。


 スズメの戦場はここにしかない。ここでしか京香の役に立てないのだ。

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