⑤ 給仕達は戦場を駆ける
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赤く発熱した大太刀を振るい、ヨダカは迫り来る異形のキョンシー達を牽制する。
「……どうしてここに?」
背後で体勢を立て直したフレデリカが問い掛ける。鉄の塊の中で発せられた彼女の声は反響していた。
「スズメ様のご命令です。皆様を助ける様にと」
主たるスズメがモーバのハカモリへの侵入に気づいた時、戦闘は始まってしまった。
どうにか間に合った。戦いに行けと命を受け、戦闘が可能な給仕達を連れてここまで走って来たのだ。
ジジッ。骨振動イヤホンが鳴り、そこからスズメの声が響いた。
『みんな、状況は?』
「戦場に到着しました。現在、フレデリカ様と霊幻様がモーバと交戦中です」
胸の下のあたりから給仕達がスズメへ返事をする。ジッとヨダカは口を閉じる。自分の声が彼女に聞こえたら、ただでさえ壊れてしまったスズメの体により多くの負担がかかってしまうからだ。
『きょうかとココミ達は?』
「ここには居ません。どうやら別の場所へ引き離された様です」
骨振動イヤホンは全ての給仕達に繋がっていて、給仕達としか会話ができない。
ヨダカは周囲を見た。少し離れたところで霊幻が戦っている。敵はシロガネと呼ばれたテレキネシストと因縁深いカーレン。
指で給仕達に指示を出し、スズメへの音声発信を切る。ヨダカは大太刀を振るいながらフレデリカに問い掛けた。
「フレデリカ様、恭介様達の居場所はお知りですか?」
「ごめんね。フレデリカにも分からない。でも、お兄様の考えることから分かるわ」
なるほど。ヨダカの思考回路が計算する。
どうすれば主の命を守れるのか。この場においての最適解は何か。
「フレデリカ様、あの敵は我々が受け持ちます。あなたは恭介様を追ってくださいませ。カワセミをお連れください。何かあればこのキョンシーにお伝えを」
鋼鉄の熊の奥でフレデリカが大きく頷いたのが分かり、すぐにアイアンテディが唸りを上げてその場から離れていく。
水色の髪の同僚が着いて行ったのを確認した後、改めてヨダカは残る給仕達と共に敵を見た。
蜘蛛を模した様な異形のキョンシーが多数。その奥に控える博士帽のキョンシーと頭に穴が開いた女。
敵は中遠距離攻撃が可能なテレキネシスト。警戒していたが、こちらへ攻撃をしてこなかった。おそらくテレキネシスの発動にはリードタイムがあるのだ。
「カケル様とガリレオ様でしたね。お待ちいただき感謝いたします」
「いいよいいよぉ。ヨダカ以外の君達が戦場に来るなんてびっくりしていただけだよぉ」
カケルの唇がニンマリと笑い、ヨダカの周囲の給仕達を見た。
子供だった素体を使ったキョンシー達。確かにこの同僚達を前面に戦場に出したのは初めてだ。
「どうしたのぉ? スズメは何を企んでるのかなぁ?」
「我が主のお考えをわたくし達死体共が理解できる筈がありません。我ら葉隠邸の給仕はただ主の命令をこなすのみです」
『みんな、何が起きてるの? 状況は?』
ジジッ。音声発信を再開させ、子供の声で給仕達が答える。
「今から戦闘に入ります」
「敵はカケルとガリレオ」
「そして異形のキョンシー達」
「ご指示があれば何卒」
一拍の間、スズメの指示が下される。
『倒して』
「「「「「仰せのままに」」」」」
「シッ!」
ト、ト、ト! 体重を感じさせない脚運びで、ヨダカが踏み込む。
異形のキョンシーの四肢や胴を切り落としながら一気にカケルとガリレオに肉薄した。
ヨダカというキョンシーの戦闘技能は近接戦に特化している。その刃が届く範囲であるならば一流のキョンシーに引けを取らない。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ! 白鞘から抜かれた大太刀の刀身は赤くなり、灼熱の刃が敵へと振り下ろされる。
「速いねぇ!」
「回れ」
ククッ。瞼を大きく開けてカケルが笑い、ガリレオがPSIを発動した。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! 産まれたのは螺旋の力場。その座標はヨダカの足が踏みしめた地面その場所。
――ワタクシの動きを予測。戦闘用の論理回路は相手が上。
蘇生符を介して脳が高速で思考する。このままでは螺旋の力場に飲まれヨダカの体は肉の塊に捩じられてしまう。
「コバト」
短くヨダカは命令し、瞬間、衝撃が背後に来た。
ヨダカを押したのは灰色の髪を小さくまとめた小柄なキョンシー。ヨダカの背後を追走していたキョンシーがヨダカの背中を強く押したのだ。
「へぇ!」
楽しいのか、カケルが笑う。ヨダカを狙った螺旋の力場は、コバトによって回避された。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ! ヨダカの蘇生符が赤褐色に発光する。全身の体温が千℃を超え、蜃気楼の様に周囲が揺らめいた。
人間では一秒とて耐えられぬ熱さを持った塊がカケルとガリレオに更に肉薄した。
「セァ!」
そして、灼刀が振り下ろされる。狙うのはカケル。まずはキョンシー使いから殺すためだ。
予測する。この攻撃は回避される。だが、一定以上損壊を敵に与える筈だ。
「伏せろカケル」
果たして、ヨダカの予測した通りになった。
刃は弧を描いてカケルを狙う。だが、カケルを守るようにガリレオが右腕を突き出し、左腕でカケルと共に一気に後方へと跳んだ。
ヨダカの膂力で振られた灼刀はバターの様にガリレオの腕を切り落とした。
「狙えガリレオ!」
「捩じれろ」
灼刀に切り焼かれ、溶けた配線と炭化した肉が露出した切断面がヨダカへ向く。
――トレミーのテレキネシスッ。
自身の肉体を起点としたテレキネシスの放出。設置型にあるまじき発動の早さ。
トトトトッ! ヨダカはすぐさま後方へ踏み出す。直後、水平に螺旋の力場が放出された。
判断する。避け切れない。このままでは腕の片方が持っていかれる。
戦闘の序盤でそれは避けなければ。
「じゃあねヨダカ」
指示を送る前にコバトがその役目を完遂する。近くを追走していた小さなキョンシーが再びヨダカを突き飛ばした。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ!
ヨダカの眼の前でコバトがコバトだった肉塊へと姿を変える。
「シッ!」
トトトトトトトト! 特別な反応を何一つ見せず、ヨダカはカケルとガリレオへと向かう。敵はこちらと距離を取り、テレキネシスで瓦礫を飛ばしてきた。
「なmpはえんまpなえhじゃしゃ!」
「、、pなj、あjはんshじゃy、あ!」
「じゃsぽくぁんふぉvhgあ!」
「「「行かせないっ!」」」
異形のキョンシー達が周囲を駆け、それに相対するように給仕達が武器を振るう。戦闘技能をある程度インストールしているが、異形のキョンシーを相手するには能力が足りない。
既に給仕達の体には傷が付き、稼働停止寸前に追い込まれている物も居る。
だが、どのキョンシーも動きを止めない。一体で足りないなら二体で、二体で足りないなら三体で。もう動けないならば自身を肉壁に。
主から受けた命令は敵を倒すこと。その完遂だけが今のヨダカ達の存在理由だ。