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④ ガリレオとトレミー




***




「おーほっほっほっほ! テディの爪で切り裂いてあげるわ」


「豪快だねぇフレデリカ!」


 キイイイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイイイイイン!


 フレデリカのテレキネシスに呼応してアイアンテディが突進する。


――距離を詰めなきゃ勝ち目が無い!


 視線の先、アイアンテディの歩幅で二十の距離にカケルとガリレオが居た。


 博士帽を被ったキョンシーの視線がこちらを捉えている。


「曲がれ」


「ッ」


 特製のコンタクトレンズを通してフレデリカが力場の発生を感知する。正に自分の目の前、設置された螺旋の力場にこのままではテディごと捕まってしまう。


「くっ!」


 フレデリカはテディの左腕で地面を全力で殴り付け、無理やり進路を右へと変えた。


 キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル!


 直後、アイアンテディの足を掠める様に螺旋の力場が発生し、そこにあったすべてを捩じり曲げ、折り畳む。


――あの出力、捕まったら終わりね。


 額に貼った蘇生符が計算する。ガリレオの螺旋の力場にアイアンテディの強度では耐えられない。


 アイアンテディの中身は脆弱な人間の体だ。一度のクリーンヒットで勝ち目が消える。



――怖い。ああ、死ぬのが怖いと感じちゃう。


 フレデリカが使う木下優花の脳は大部分が回復していた。それ自体は喜ばしい。


 だが、キョンシーとしてのフレデリカの論理回路の中に、人間としての木下優花の感情が混ざっている。


 フレデリカの中の木下優花が恐怖する。死地へと突撃する自分。敵を殺そうとする自分。根源的な恐怖が思考を乱そうとする。


――感情抑制開始、感情強度を十パーセントまで制限。戦闘回路へ思考リソースの八十パーセントを集中。


 動きながらフレデリカは自身の思考回路を調整する。この死地において人間としての恐怖は邪魔だ。それこそ死に繋がってしまう。


「ガリレオ! あなたのPSIのインターバルはどれくらいかしら!」


「自分で測定してみてはどうかね?」


 軽口を叩きながらフレデリカはカケルとガリレオを目指す。敵のPSIと同じようにアイアンテディの膂力も必殺だ。距離さえ詰められればほとんど全てを破壊できる。


「ええいいいあいいいいいあおおあ!」


「ああいおいおやいいあおあおぞあ!」


「オーホッホッホ! 邪魔!」


 フレデリカが開いていしているのはカケルとガリレオだけではなかった。その場に残っていた異形のキョンシー数体が割って入り、フレデリカの進路の邪魔をする。


 人体のパーツを昆虫の様に接げ変えたキョンシー達。異様に長く太い四肢は見た目通り通常のキョンシーではあり得ない膂力を産んだ。


 一体一体は大した力では無い。だが、複数体が協力してアイアンテディの突進を食い止めてくる。


「テディ!」


 爪を振るい、異形のキョンシーの体を切り裂くが、思う様に壊せない。異形を模しているからか、敵の動きをフレデリカの戦闘回路は未だ解析しきれていないのだ。


――お兄様達と離れたのがキツイわね。


 判断を間違えたとは思わない。あの時、ガリレオを相手取らなければ味方の誰かが壊されていた。


 しかし、複数の敵に囲まれるこの状況はフレデリカの性能ではカバーしきれない。


 フレデリカの役目は突撃するタンク役である。本質的に盾役であり、フレデリカが攻撃を受けている間に仲間に攻撃を任せるというのが本来の使い方だ。


「攻撃役が足りなくて辛いそうだねぇ? 一体で残ったのは失敗だったんじゃないぃ?」


「フレデリカ一体で十分なのよ!」


 カケルが挑発してくる。誘いに乗ってはいけない。まずは生き残ること、そして敵を倒すことだ。


 円弧を描く様に体を動かし、フレデリカは異形のキョンシーを蹴散らしていく。


 そして、視線の先、ガリレオの眼が光った。


――まずい!


 ダダダダダダ! 一気にアイアンテディが後方へ下がる。直後、ついさっきフレデリカが居た位置に螺旋の力場が生まれた。


「あぎゃやはああああたいあいあ!」


 一体の異形のキョンシーが力場に巻き込まれ肉団子と化す。


 はぁ、はぁ、はぁ。狭くて暗いテディの中でフレデリカは息を荒くする。人間の体だ。キョンシーの様にずっと全力疾走はできない。


 敵にフレデリカが生きていると知られてはならない。息の乱れを誤魔化すため、フレデリカはカケル達へと質問した。


「ガリレオ、なんであなたがトレミーと同じPSIを使っているの? あなた本来のテレキネシスはどこに行ったのかしら?」


 先ほどからずっと疑問だった。記録で見たガリレオのPSIは自身を起点に周囲に開店の力場を産む物だ。それによって瓦礫を飛ばしたり、敵を振り回したりするのがこのキョンシーの戦い方の筈だ。


 しかし、今、フレデリカ達が対峙している螺旋の力場はゴルデッドシティで破壊されたトレミーの物とほぼ同一である。


 一度発生したPSIはそのあり方を変えない。それがPSIの原則である。


 敵の動きが止まるとフレデリカは期待していなかった。しかし、フレデリカの質問に、「ふむ」とガリレオがその動きを止めた。


「……気づいてくれて光栄だ。確かにこのPSIはトレミーの物を真似ている」


「真似るって次元じゃないわね。フレデリカの論理回路は否定しているわ。あなたとトレミーのテレキネシスは確かに似ている。どっちも同じ設置型で回転計の力場を発生させるテレキネシス。でも、設置条件が違うじゃない」


「トレミーは私の友だったのだ。亡き友のPSIを再現したいと思うのが感情という物だろう?」


 言いながらガリレオが博士帽を上げた。


「!?」


 そこにはもう一つの頭が生えていた。目も口も鼻も何も無い。まるで脳をもう一つ格納するためだけとでも言う様な二つ目の頭。それがガリレオの頭に生えている。


「我らは科学者で研究者でキョンシーだ。最高の素体が一番近くにあり、再現したいPSIについて最も良く知っていて、そのための設備も持っている。試さないはずが無いだろう?」


 正確なところは不明である。だが、フレデリカは理解する。敵はトレミーのPSIを自分で再現するそのためだけにもう一つの脳を頭に生やしたのだ。


「説明はこれで十分かね?」


「ええ、フレデリカは理解したわ。やっぱりあなた達はこの社会に居ちゃいけないって」


――息は整った。もう一回突撃しよう。どうにか近づければ勝ち目があるんだから。


 アイアンテディの暗所の中、フレデリカは眼を見開き集中する。今、必要なのは爆発的な加速と突進だった。


「だが、折角だ。ガリレオとしてのPSIもお見せしよう」


 博士帽を被り直し、ガリレオがその手を上げる。


 瞬間、周囲の瓦礫が浮かび上がり、そしてガリレオを中心に激しく回転した。


 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!


 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!


 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル!


「面倒ね」


 一つの脳には一つのPSI。だが、ガリレオは二つの脳を持っている。


「行くわよ!」


 アイアンテディが一気に加速する。異形のキョンシーを蹴散らし、爪をガリレオをカケルへと伸ばす。


「回れ」


 ガリレオがハンマー投げの要領で瓦礫をこちらへと撃ち出した。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 車が正面衝突した様な激烈な音。勢いに負けたのはアイアンテディだ。


「ッ!」


 鋼鉄の人形ごとフレデリカの体が宙を舞い、地面へと叩きつけられる。


 衝撃に肺から息が吐き出され、視界が明暗を繰り返す。


 冷静にキョンシーの思考回路が計算する。このままでは勝ち目が薄い。


 倒れたフレデリカを拘束しようと異形のキョンシーがこちらへと向かってくる。今、フレデリカにそれを避ける時間は無かった。


 その時、音を捉えた。


 ト、ト、ト、キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 音の無い脚運び、そして、大上段から切り落とされる白鞘の大太刀。


 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ! 異形のキョンシーを両断した刃が同時にその断面を焼く。


「フレデリカ様。ご無事ですね」


「……ヨダカ?」


 そこに居たのは葉隠邸の給仕達。白鞘の大太刀を構えたヨダカを中心に十数体の給仕達が思い思いの武器を持って戦場へと現れた。

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