③ ハカモリ最強のキョンシー
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「SHOT!」
キイイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイン!
シロガネは周囲に力場を全力で展開する。
眼前には紫電を纏うハカモリ最強のキョンシー、霊幻。シロガネが放った無数の直方体がたのテレキネシスの槍を全て躱し、こちらへと猛進してくる。
「ハハハハハハハハ! 撲滅してくれる!」
狂笑の霊幻。二つ名通りの狂い笑いを口に張り付かせた姿は悪魔の様だ。
「ほんっとうに強いですね!」
SET、SET,SET。高速で動きながらシロガネは自身の周囲に力場を設置し、すぐさま放って霊幻を迎え撃つ。
シロガネのテレキネシスは無色透明だ。PSI力場を感知したとしてもそうそう避けられる物ではない。
「ハハハハハハハハハハ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
だが、霊幻が前方に放つ紫電がシロガネのテレキネシスを捉え、可視化する。
見えてしまえば避けるのは容易いとでも言う様に霊幻は笑ったままシロガネへと距離を詰めた。
「ッ」
「どきなシロガネ!」
バァンバァンバァン! シロガネをサポートするのは背後で銃を構えるカーレンの曲射だ。
プロトラプラスを装着した老婆が両脚の義足から覗く銃口で曲がる銃弾を霊幻へと放つ。
特殊な回転が混ざった跳弾は霊幻の蘇生符を狙った。どのようなキョンシーであろうと蘇生符が破壊されれば死体に戻る。
だが、音速を超える銃弾を、どのような仕組みか霊幻は背後にステップを踏んで避けた。
これも先ほどと同じだ。シロガネが距離を詰められ危機に陥い、カーレンの銃弾がギリギリで救う。シロガネの論理回路は算出する。このまま続けば霊幻の紫電にシロガネとカーレンは捉えられるだろう。
「良くやるものだ! まるでヤマダではないか!」
「カカカ! 嫌な名前を出すねぇ!」
前方と後方、霊幻とカーレンの笑い声を聞きながらシロガネは息を吐く。
――分かっていたけれど、なんて戦闘技能。
戦闘用キョンシーに求められる極致が霊幻というキョンシーだった。
機械的な論理計算、人間の様な直観的判断、人間とキョンシーを破壊する必殺の紫電、その三つが融合するこのキョンシーの姿は、ある意味でキョンシーの理想像だ。
「あなたの様なキョンシーがエンバルディアを目指してくれれば!」
「ハハハハハハハハ! お断りだ! あんな醜悪な理想、吾輩が撲滅してくれる!」
分かっていた。モーバと霊幻の理想は相容れない。
キョンシーの思考は変わらない。産まれたその時に持った執着からは逃れられない。
霊幻にとってキョンシーという存在そのものが撲滅するべき対象なのだ。
キョンシーは人間より優れている。思考速度と身体能力が勝っているし、人間の様に仲間を裏切ったりしない。
けれど、霊幻にはそんなことは関係ないのだろう。
霊幻のパーソナリティをシロガネは調べてある。生者を死者の絶対的な上位に置く。それが霊幻の思考の根幹だ。
その考えを否定しない。同じキョンシーとして価値観が違うだけだ。
だからと言って、ここで負けてやる気は無かった。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
霊幻の紫電がシロガネを狙う。有効距離は約四メートル。シロガネのテレキネシスと同じ有効距離。
――同じ距離ならあっちが上か。
エレクトロキネシストと近距離で戦うなど論理的でない。
このまま同じように戦っていても勝ち目は無い。いつか霊幻の紫電はこちらを捉えるだろう。
だから、シロガネは前へ踏み出し、霊幻と距離を詰めた。
霊幻の狂笑が強くなる。敵自ら近づいてくれたのだ。撲滅の確率が上がる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ! バチバチバチバチバチバチ!
霊幻から十数の紫電が一気にシロガネへと放たれる。この距離では避けるのも難しい。
「カーレン!」
「分かってるさ!」
紫電からシロガネを守ったのはカーレンの弾丸だった。
ババババババババババババァン! 捩じり曲がった跳弾達がシロガネと霊幻の間に入り込み、紫電を吸収しながら炭化する。
「SET!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
シロガネは自分と霊幻を囲む様にテレキネシスを設置。
シロガネのテレキネシスは圧縮された力場を設置し、それを解放する能力だ。瞬発的な破壊力ならば霊幻にも負けはしない。
「ハハハハハハハハハハ! 自爆覚悟かっ」
いくら霊幻と言えど、力場の槍で囲った檻からは逃げられない。
「受け止めてやろう!」
言って、霊幻が胸元から数十枚の鉄片を取り出し、周囲に投げた。
この動きを知っている。シロガネの記録通り、霊幻はそれら鉄片へ紫電を纏わせ、周囲で拘束に周回させる。
シロガネのテレキネシスが解放されたのはその直後だった。
「SHOT!」
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
圧縮されたテレキネシスが空気の壁を破りながら解放された。
言う通り、自爆覚悟のPSI発動。ドーム状に設置した無数の力場からシロガネと霊幻を狙った直方体のテレキネシスの槍が放たれる。
力場の槍はシロガネの左太もも、腹部、右肩、そして頭蓋骨の端を貫いた。
自身の損壊を無視してシロガネは霊幻を見る。霊幻はシロガネよりも体積が大きい。より多くの損壊を受けている筈だ。
果たして、シロガネの期待は半分当たり、半分外れた。
まず、力場の槍は霊幻の鉄片の大部分を破壊し、霊幻に届いている。
槍は霊幻の腹部と胸部を中心に全身を貫き、明確な損壊を与えていた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ! 次は吾輩の番だ!」
――戦闘続行は可能かっ!
だが、頭部や四肢と言った霊幻の戦闘技能に関わる部位への損壊はほとんど無い。きっと優先的にそれらを守り、他の部分を捨てたのだ。
「つくづく素晴らしいですね!」
苦々しくシロガネは笑い、こちらへと踏み出してくる霊幻と距離を取るため、テレキネシスに乗って背後に跳ぶ。
「もう鉄片は切れたでしょう! 次こそ破壊します!」
「その前に吾輩がお前達を撲滅するぞ!」
霊幻とシロガネ、どちらも薄紅色の血で全身を汚す。
――まだ、ですか! 早く、早く早く急いでくれ!
シロガネは思考する。霊幻との戦いは時間稼ぎだ。この脅威を押し留めること。それが今回の自分の役割なのだ。
できると思った。やると決めた。だが、ハカモリ最強のキョンシーを相手取るのがここまで難しいとは。
「カカカカカカカ! 気合を入れなシロガネ! 敵は待ってくれないからねぇ!」
カーレンの叱咤が聞こえる。言われないでも既にシロガネは全身全霊を賭けている。
後は意地だ。
――カアサマのために!
母の事を思う。愛しい母の為に何があってもこの作戦を成功させるのだ。




