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⑧ 我が手に今一度宝石を




***




――ココミ、ココミココミココミココミココミ! ああ! わたしの愛しいココミ! 世界の何よりも大事なココミ!


 ホムラは階段を駆け下りていた。頭には最愛の妹のことしかない。


 先ほどの轟音は何だ? 妹は何処に行った? まさか、戦ってはいないだろうか?


 ココミのテレパシーは確かに強力だ。使い方とタイミングさえ合えば、世界を滅ぼせる。


 だが、ホムラはココミにテレパシーを使って欲しく無かった。


 ただでさえ、妹のテレパシーは受動的で脳をすり減らす物だ。


 PSI阻害用の首輪があったとしてもその受動的テレパシーは止められなかった。


 そんな妹が能動的にテレパシーを使ってしまったら、すぐに脳が壊れてしまう。


「ココミ! ココミぃ!」


 ホムラは五階を走り回り、ココミを探す。


 ここが何処だかホムラは知らない。どうやら何かの研究所の様だった。


 空室、空室、空室、寝かされた数名の人間とキョンシー。


「ココミは何処に居るの!?」


「……」


 部屋のキョンシーは無言のままだった。


 自律型のキョンシーの様だったが、ココミに操られている。


「ちっ!」


 ホムラは強く舌打ちした。やはりココミはテレパシーを使ってしまっている。


――急げ、急げ、急げ急げ急げ! 早くココミの側に!


 刹那の時間さえ惜しい。瞬きさえ邪魔だ。


 全身の細胞が恐怖している。今この瞬間にもココミがこの世から居なくなってしまうかもしれない。足元から血が干上がっていく。


「ココミ、ココミココミココミぃ!」


 部屋を出て、五階の通路を抜けて四階へと飛び降りた。


「――」


 そして、ホムラは息を飲んだ。


 彼女の最愛がボロボロの姿に成って立っていた。


 体に傷が付いた訳ではない。だが、ホムラには分かっていた。


 ホムラではない他のキョンシーに手を借りなければ立てないほど乱れた平衡感覚。


 痛そうに、苦しそうに、辛そうに、両手で頭を押さえるその姿。


 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。


 あの子が、最愛のあの子が壊れてしまうことだけは何があっても駄目なのだ。


 ホムラはココミへ駆け寄り、全身でその体を力いっぱい抱き締めた。


「ココミ! 大丈夫よ! ここにわたしが居るわ! あなたのオネエチャンが居るわ! 安心してわたしの心だけを読んで聞いて考えて! お願いだから!」


 ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 手加減を消してホムラはココミを抱き締めた。背丈が全く同じの妹のキョンシー故の青白い顔が左横にあった。


「大丈夫だから、ここにわたしが居るから! あなたの心を世界に広げないで! 世界の言葉を聴こうとしなくて良いから! わたしの言葉だけを聴いていて!」


 ホムラは叫んだ。色んな物をかなぐり捨てた叫びだった。


 その時、そっと、小鳥の様にココミの両手がホムラの背中に回された。


「!」


「お、ねえ、ちゃん?」


「そう、オネエチャンよ! あなたの、あなただけのオネエチャンよ! ああ、ああ、ああ、あなたはまだ話せるのね! 世界に居るのね! あなたとして心が残っているのね! 戦わないでって言ったじゃない。いえ、それは良いわ。早くここから逃げましょう!」


 ホムラはココミと逃げようとした。ここではない何処か、自分達の未来がある場所へと。


 けれど、そんなホムラの動きをココミが止めた。


 テレパシーを使った訳ではなくて、少しだけ強く、ホムラの背中に回した腕の力を強くしただけだ。それだけでホムラは、愛しい妹が何か言いたいことがあると察する。


「なん、で、来た、の?」


 あまりにも簡単な質問で、ホムラは混じりけの無い本音と本心を口にする。


「わたしがあなたの側に居たかったから」


「――」


 ホムラはココミが小さく息を飲んだのが分かった。


「それじゃ、だめ?」


 意地悪な質問だろうかと、ホムラは思った。


 ココミは首を横にも縦にも振らず、ただ、ホムラの胸へ蘇生符ごと額を押し付けた。


「ココミ、逃げましょう。もっと遠くに、誰もわたし達を追って来られないくらい遠くまで逃げれば、きっとわたし達は幸せに成れるわ」


「……」


 ホムラはココミへと問い掛ける。自分達の逃亡は既に失敗していて、袋小路に追い込まれている。けれど、ココミが近くに居さえいれば、ホムラは何でも出来ると信じていた。


 ココミは何も答えなかった。ホムラの胸に頭を押し付けたまま、その背中に回す腕の力を強くするばかりだ。


「ココミ、あなたとこうして触れ合えてとても嬉しいし幸せよ。でも、早くこの場から逃げないといけないわ。だって、きっとあなたをこんなにした敵がまた攻めてくるんでしょう? ええ、わたしが返り討ちにしてあげるわ。でも、一緒に逃げてしまえた方が、きっと良いことだと思うのよ」


「……」


 ココミは嫌がる子供の様に頭を押し付けるだけだ。首が僅かに左右に振れていた。


 可愛らしい妹の頭をホムラはポンポンとあやす様に叩く。


「ね、ココミ、顔を上げて。その可愛い顔と綺麗な瞳をわたしに見せて」

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