① 蹄の檻
「ヒヒヒヒヒイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィン!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
荒ぶる蹄が爆発を生む。バラバラと京香の砂鉄が爆風に巻き込まれて散っていく。
――速いわね。
京香は歯噛みをした。地上から十数メートルの位置で槍を構えたギョクリュウがパカラパカラと縦横無尽に走り回っている。
馬の顔をしたキョンシーの蹄が駆ける度、こちらを吹き飛ばす様な爆発が生まれる。
眼に捉えるのがやっとの速さで地上に落ち、京香達のすぐ近くで起きる爆発に京香は防御に回されていた。
「溶かし殺してやる」
「リコリス待って!」
京香の制止を聞かず、リコリスが走り出す。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
ギョクリュウの蹄がリコリスを狙う。だが、未来予知の如き反射でリコリスは爆風を避け、そして、空へと逃げるギョクリュウを追って一気に跳んだ。
「ヒヒヒン! 空は我らの戦場ですぞ!」
ギョクリュウに焦りは無い。リコリスの紅髪が届く直前で蹄がパラカと音を鳴らす。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
「ちっ」
空中にリコリスの髪で掴める物は無い。結果、爆風を直に受けたリコリスが地面へと叩き落された。
「隙ができましたな!」
「放て!」
ギョクリュウが槍でリコリスを突き壊そうとし、京香が鉄球を放ってその攻撃を止めた。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄をドーム状に固め、京香がリコリスの傍へ飛ぶ。
「リコリス言うこと聞いて。無策に突っ込んでもアレは突破できないわ」
京香の言葉へリコリスはまともに反応しない。その目は憎々しく頭上のギョクリュウを睨んでいる。
「コウちゃんの所に行かなきゃ。早く早く早く」
「落ち着いてリコリス。作戦を立てないと」
「うるさい」
ダッ! リコリスが再び走り出す。髪を辺りに伸ばしながら疾駆する海洋生物の様な動きはギョクリュウの爆発を避ける。
だが、リコリスが敵の攻撃を避けられるのは地上に居る時だ。
タンッ! 再びリコリスが跳躍し、髪でギョクリュウを狙う。
時間にすれば僅かな隙だ。並の反応速度であればリコリスの髪は届き、彼女の言う通り、溶かし殺せただろう。
「単調ですな!」
パカラパカラ! バアアアアアアアアアアアアアアアン!
だが、リコリスの髪が届くより、ギョクリュウの蹄が空を叩く方が早い。
結果、リコリスは先ほどと同じように爆風に飲まれ、地面へと吹き落される。
「らぁ!」
京香は周囲の瓦礫へ砂鉄を纏わせ、それらを一挙にギョクリュウへと放つ。
点ではなく、面を埋める様な攻撃。リコリスへ攻撃したばかりのギョクリュウでは避けられないのではないかという予想があった。
「我はモーバの運び屋ですぞ!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
面の攻撃とはいえ無限ではない。ギョクリュウは爆風に乗って上方へ一瞬で飛び、京香が放った瓦礫の束を全て避けた。
――こっちに攻め込んでくれるなら楽なのに。
付かず離れず、かといって無視できない頻度での攻撃。ギョクリュウの目的は京香とリコリスの足止めだろう。
戦闘能力で劣っている訳ではない。どちらかの破壊が必要な戦いであったなら京香達が上だ。
一重に勝利条件の違いが、この均衡状態を生んでいる。
京香達は霊幻達の元へ戻りたく、ギョクリュウはそれを止めたい。
足止めをしてくる空の敵相手に京香達では有効打が少なかった。
「ヒヒヒヒヒイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィン!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
「くっ!」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
爆発の度にギョクリュウの姿が京香の視界から消える。人間の反応速度では捉えられない。
京香は砂鉄を広げてドーム状の盾にし、迫りくる爆発を耐えるしかできなかった。
「溶けろ」
対照的にリコリスはその体を晒して地上を動き回る。ギョクリュウの攻撃をギリギリで避け、カウンターに毒の髪を伸ばす。
リコリスの反射速度はギョクリュウよりも圧倒的に勝っていたが、移動速度の一点においてギョクリュウの方がリコリスよりも上だった。
リコリスが髪を伸ばした時にはギョクリュウは空に戻ってしまっている。
――後出しで捕まえるのは無理ね。
ギョクリュウは爆風に乗ることで高速に移動している。移動の初速が圧倒的だ。爆発の後では既にギョクリュウの移動は終わっていて攻撃が届かない。
「ヒヒヒン! 我を捕まえたいのであればココミが必要ですぞ!」
「それを止めてるのはあんただろうが!」
ヒュン! 京香は瓦礫を放ち、先ほどと同じようにそれらは避けられた。
「気分が良いですな! 人類最強の清金京香達を我一体の性能でこうも抑え込めているのですから!」
言いながらギョクリュウが槍を突き出し、一気に京香へと突進した。
バアアアアアアアアアアアアアアアン!
爆発によるエネルギーを落下に変換し、鋼鉄の槍が京香の砂鉄の盾を突き破る。
「ッ!」
ザシュ! 槍先が京香の左肩を掠り、地面を抉る。
直撃しなかったのは奇跡だった。周囲に磁場を展開していたから槍の軌道が僅かにズレたのだ。
「くらえ!」
ジャリジャリジャリジャリ! 反撃に京香が砂鉄を操りギョクリュウを掴もうとする。
「ヒヒヒン! 反応が遅いですな!」
バアアアアアアアアアアアアアアアン!
だが、それもまた、蹄が生んだ爆風によって阻まれ、一瞬でギョクリュウは空へと戻ってしまった。
――大丈夫、骨は折れてない。まだ動く。
左肩が熱を持ち、じんわりと血が溢れた。
肩口を砂鉄で抑えて止血をし、京香はギョクリュウを睨み上げる。
「いやはや、いくらA級キョンシー相当のマグネトロキネシスを使えるとしても反応速度は人間の物。近接戦ならば、まだ我の様な凡百のキョンシーでも勝ち目がありますな」
「馬面のキョンシーの何処が凡百ですって?」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイィィィィン!」
嘶きが空に響き、パカラパカラと蹄が鳴る。
バアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアン!
バアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアン!
それが産んだ爆発の檻。京香は顔を歪める。
弱点を突かれている。距離を放して、ただ、PSIを行使すれば良いだけならばキョンシー相手でも負けはしない。
だが、爆発による突進力とそれを活かした近接戦闘技能を有したキョンシー相手では人間の反射速度では対応しきれない。
「早く、コウちゃんの所に行かないといけないのに」
吐き捨てる様なリコリスの声がする。
爆発の檻に対応できているのはリコリスだ。だが、彼女では空を飛ぶギョクリュウへ攻撃が届かない。
京香は作戦を考える。このまま戦っていても時間が浪費されるだけだ。
「リコリス、命令よ! 少しで良い、アタシの指示に従って!」
強く叫ぶ。リコリス相手に音声命令の強制力は決して高くない。
しかし、リコリスの戦闘回路もこのままでは勝ち目が無いと理解したのだろう。
紅髪の奥の瞳が、こちらを見た。