③ 押し流せ
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「セバス、困りましタ。やはりキョウスケ達も襲われていマス」
硝煙と轟音が鳴り響く中、ハイドロキネシスを展開したセバスに抱かれ、ラプラスの瞳を装備して、ヤマダはモーバと戦っていた。
ヤマダが居たのはハカモリの本部ビルだ。マイケルが解体した異形のキョンシーの解析のため、第二課のヘルプに入っていたのである。
「いういえあえいかおあいえあうおあい!」
「うおざあえあおいざおあおぁおああああきい」
「はおないおばじょあおな!」
異形のキョンシーが本部ビル屋上、そしてその周囲に落ちてきたのは突然だった。
どうやって空で待機していたのかは現時点では不明だが、突如として現れた敵にハカモリはすぐに迎撃態勢を取った。
ヤマダが担当しているのは地上。最も先頭の激しい入り口近く。
「貫け」
クネクネクネクネクネクネ。セバスの血の燕尾服から槍を生やし、異形のキョンシーを狙う。
――やりにくいですね。人型じゃないから投げにくい。
手足の長さも数も位置も違う。ヤマダとセバスが培ってきたキョンシーへの戦闘術の大部分が通じない。
やりにくさに眉をひそめながら、ヤマダは声と指を使ってセバスを操った。
周囲では第四課と五課の混成部隊が異形のキョンシーへ対処している。
ここに第四課主任の湊斗が欲しかった。ヤマダ達では火力が足りない。湊斗とコチョウの組み合わせならば異形のキョンシーをもっと速やかに排除できたはずだ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハ! そのメイド服! お前があのヤマダだな! 某はベンケイ! 尋常に勝負しようではないか!」
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
敵の追撃は止まない。全身を機械化した車輪のキョンシー、ベンケイ、そしてその主ヨシツネが急激な速度でこちらへと突っ込んできた。
「あらラ。相性が悪イ相手が来ましたネ」
重く、速く、硬い。それも動力は車輪で投げ技も通じない。
ヤマダとセバスでは有効打を持てない敵の登場にヤマダは眉を上げる。
――戦力的にアレと戦えるのは……。
ベンケイが来る僅かな時間、ヤマダは周囲を見る。
あの機械仕掛けの車輪のキョンシーと戦える捜査官の数は少ない。普通の戦闘員では駄目だ。
いざとなれば自分が出るしかない。そう思っていると、乱立する戦場の中で一人の男の姿が目に入った。
「ケイ」
第五課主任の長谷川圭が汎用キョンシー達に抱えられ真っ直ぐにヤマダとベンケイの間に体を入り込ませた。
突然現れたコート姿の長谷川の姿にベンケイは見るからに機嫌を悪くして、キュルキュルと駆動音を鳴らす。
「んん? お主は……、ああ、そうだ、長谷川圭だ。某はヤマダと尋常に勝負したいのだ。お前では死合えん。そこを退け」
「ヤマダさん、これは僕が引き受けます。ヤマダさんは後ろの異形共を相手していてください」
ベンケイの言葉を無視してヤマダへ圭が振り向く。その目はいつもと変わらず穏やかで、だ五課主任としての矜持が見えた。
「……任せマス」
圭の背にヤマダは頷く。確かにこの場でベンケイと相対できるのは自分か圭のどちらかだ。
憤慨したのはベンケイだった。
「ふざけるな! 某は死合いをしたいのだ! 尋常な勝負などお前とはできん! 第五課のエース、イルカが居た時ならばいざ知らず、量産の汎用キョンシーのみで固めたお前達では相手にならんのだ!」
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
ヤマダの視線の先、ベンケイのドリルの様な腕が高速で回転する。確かにあれに巻き込まれたら第五課の汎用キョンシーでは簡単に破壊されてしまう。
戦闘を、このキョンシーの価値観で言うのなら死合いを望む言葉に圭が冷ややかに眼鏡を整えた。
「四号、六号、七号、食い止めろ」
圭の指示で汎用キョンシー達がベンケイへ突貫する。どれも戦闘用にチューニングされた成人体のキョンシーであったが、ベンケイと比べればその体はあまりに小さい。
「その程度のキョンシーで某を止められると思うな!」
言う通りだ。ラプラスの瞳がベクトルとスカラーを解析する。ドリルや歯車で構成されたベンケイが持つエネルギー量は汎用キョンシーでは相手にならない程に強大だ。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
だから、当然の帰結として、圭が突っ込ませた汎用キョンシーはベンケイが振るった剛腕に巻き込まれ肉片と成って周囲に散乱する。
バシャバシャバシャバシャ! 血煙と成った肉片が周囲に降り注ぐ。
「一号、五号、頭を狙え」
だが、圭の態度は変わらない。追加のキョンシーが跳び、ベンケイの頭部を殴り付ける。
「軽いのだ!」
ガガン! 鋼鉄を殴りつけた様な音がして、ベンケイの首が僅かに傾く。
汎用キョンシーの一撃が持つエネルギーからヤマダは計算する。ベンケイの頭部もまた金属製に置き換えられている様だ。
「こんなもの死合いとは呼べぬ! 某を舐めているのかぁ!」
「三号、八号、九号、行け」
圭は敵の言葉に反応しない。態度も変えずにキョンシー達へ命令する。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ!
怒りを露にベンケイの腕が汎用キョンシーを壊していく。
ベンケイを足止めできたのは僅か数秒。圭の周囲に残った汎用キョンシーは残り二体。
散乱した汎用キョンシーの血液が、周囲を薄紅色に染め上げた。
「……濡れたね? お前達」
ぽつりと圭が呟いた。
何かの確信を持った響きに、ピタリとベンケイとヨシツネが動きを止める。
確かに見れば汎用キョンシーの薄紅色の血がベンケイとヨシツネをぐっしょりと濡らしていた。
「……何を狙っている?」
ベンケイの巨体の脇、日本刀を構えていたヨシツネと名乗っていた男が目を細めて圭を見る。
その様が愉快だったのか、「ハハ」っと圭が短く一度笑った。
「……そう何度もね、僕達の本部を襲撃されちゃ困るんだよ」
言って圭がコートの中へ手を入れ、そこから一つの鳥籠を取り出した。
「!」
ベンケイとヨシツネが小さく目を見開く。
圭が取り出した鳥籠の中、そこにはベンケイが口に出したばかりのイルカの姿があった。
「イルカ、目を覚ませ」
「……」
起動の命令に〝頭だけの〟イルカが目を開き、ベンケイの姿を視認する。
「ふ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 某の認識違いだ! 謝罪しよう! お前達は死合うのに値する相手だ! いざ、尋常に――」
「――押し流せ」
バッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァン!
ベンケイの返事を圭は最後まで聞かなかった。
ヤマダの前、圭の手に持たれた鳥籠の中、イルカを起点に大量の水塊が地面より生まれ、ベンケイを押し流した。