② 通信不能
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バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
激烈な爆発音と共に恭介の目の前で京香とリコリスが空の先へ消えていく。
「ハハハハハハハハ! 呆けるな恭介! 敵が来るぞ!」
一瞬の思考の停止、霊幻の叱咤で恭介は空を指さし、ホムラと命じた。
「ホムラ燃やせ!」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラの炎が空を焼く。だが、既に落下運動をした敵は炎を突き破って恭介達へと降り注いだ。
落ちてくるのは異形のキョンシーの大群。歪に手足を伸ばし、曲げ、体のパーツの位置をめちゃくちゃに繋げた様な化け物が見開いた眼を向け、その四肢を恭介達へ伸ばす。
「みんなフレデリカの後ろに隠れて!」
前に出たのはフレデリカだ。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
テレキネシスを全開で行使し、アイアンテディがその両腕を振るい、鋼鉄の爪が降り注ぐ異形を切り裂いていく。
バシャア、バシャア、バシャア!
そして産まれるの薄紅色の血の雨だ。キョンシーの血がフレームレス眼鏡を汚す。
薄い赤に染まった視界、その先で、他のキョンシー達が既に着地していた。
「全員動いて! ガリレオが狙ってる!」
パキパキパキパキ! 周囲の血で赤い氷の大剣を作りながらシラユキが叫ぶ。
意図はすぐには分かった。シラユキの言う通り、カケルの傍に着地した博士帽のキョンシーがこちらへと手を向けている。
「ちっ!」
グワン! ホムラの手が恭介の服を掴み、力任せに背後へと飛ぶ。
「回れ」
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
直後、さっきまで恭介が立っていた位置に螺旋の力場が生まれ、散乱した異形のキョンシーの残骸ごと捩じり畳む。
「おーほっほっほ! お兄様を狙ったわね! 許さないわ!」
そして突進したのはフレデリカだった。
恭介達と分担されてしまったこと、そして周囲の異形よりもガリレオの方が脅威であると判断したのだ。
フレデリカの判断を恭介は止めない。それを止める前に異形のキョンシーが自分達に群がってきたからだ。
「シラユキ! 僕たちを守れ!」
「かしこまり」
パキパキパキパキパキパキ!
氷の大剣を振るい、シラユキが異形のキョンシー達の動きを止める。
けれど、異形のキョンシーは巨躯である。中途半端に凍らせてもその動きは止まらない。
「燃えろ!」
恭介が指示を出す前にホムラの眼が赤く光った。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
生まれるのは炎の柱。たった今恭介達へ手を伸ばした敵を狙った一撃。
それを異形のキョンシーは左に〝避けた〟。
「!」
恭介、そして、ホムラとココミが目を見開く。
ホムラの炎はココミのテレパシーによる先読みのサポートを受けている。
今まで当たっても意味が無いことはあったが、キョンシー相手に当たらないこと自体は無かった。
それがあっさりと避けられてしまった。
「ああああいいあいあいいあいあいいあああしああいあいいあ!」
人間の声帯とは思えない声を上げ、異形のキョンシーがその太く捩じれた腕で恭介達を狙う。
「ご主人様!」
受け止めたのはシラユキだ。パキンと氷の剣は割れ、勢いを殺せぬままに恭介達ごと背後へ弾き飛ばされる。
「ハハハハハハハハ! 恭介とにかく持ちこたえろ! 吾輩がすぐに行く!」
霊幻の声がする。転がりながら見れば、霊幻はシロガネとカーレンのペアと戦っていた。
「あああいいあうあいいあやおあえあいいあああ!」
「いうハイあいじゃいあいあいいあいあいあ!」
「ウエイアオイアバイアハウアイア!」
異形のキョンシー達がすぐに恭介達へ向かってくる。
――どうする? ホムラの炎が当たらない? シラユキは純粋な前衛じゃない。このままじゃ押し切られる。
迷える時間は無い。恭介は命令する。
「逃げるよ!」
「かしこまりましたご主人様!」
「ココミ掴まって!」
「……」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
目くらましにホムラが一際大きな炎を生む。
そして、シラユキが恭介を、ホムラがココミを抱え、その場から走り出した。
炎の向こうにアイアンテディで戦うフレデリカの姿が見える。
置いて行きたくない。だが、今ここで自分が居ても足手まといだ。
「いうえあおばいいいおおいえあう!」
「いまあいあじいいうぇあか!」
「ううずけざなあいかああ!」
異形達はすぐに追ってくる。大群だ。目に入るだけでも三十は居る。
「ご主人様凍傷は我慢してくださいね!」
パキパキパキパキパキパキパキパキ! PSIの発動によって恭介を抱えるシラユキの体が急速に冷える。
痛みを覚えるほどの冷たさで恭介達を濡らしたキョンシーの血ごと肌を焼いた。
痛みを無視し、恭介はポケットから携帯端末を取り出し、短縮ダイヤルにかける。
『キョウスケ、無事ですカ』
「ヤマダさん! 僕達の場所が分かりますか!? 助けてください!」
電話口の向こうに居るのはヤマダだ。緊急時の第六課ホットラインである。
『そちらの状況ヲ。ワタシ達にはキョウスケ達が襲われたことしか分かっていませン』
いつもの様に怜悧なヤマダの声に恭介は一時の安堵を覚え、すぐに状況を伝える。
「空からモーバが攻めてきました! 僕、ホムラ、ココミ、シラユキが異形のキョンシー達から逃走中! 元の場所には霊幻とフレデリカが、カケル、ガリレオ、カーレン、シロガネ、そして異形のキョンシー達と戦ってます! 京香先輩とリコリスはギョクリュウに連れてかれて中央区の方に飛んでいきました」
『了解デス。こちらの状況を伝えマス。ハカモリの本部にもモーバの大群が攻めてきましタ。現在応戦中。援軍は送りマスが、キョウスケ達の元へ到着できるかは分かりませン』
恭介は奥歯を噛んだ。やはり、敵はハカモリの本部へも攻め入っていた。援軍の邪魔をするためだろう。
「ココミのテレパシーが何故か通じないみたいなんです」
『テレパシーが通じなイ? ……ココミに聞いてくだサイ。思考が読み取れないのカ、それとも、読み取っても分からないのカ』
「後者、よ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
恭介が答える前にホムラが炎を出しながら苛立ちを露に叫んだ。
『なるほど。モーバが今回異形のキョンシーを持ってきた理由が分かりましタ。マイケルが言ってましたネ。異形のキョンシーは人間の思考をしていないト。ワタシ達に獣の鳴き声の意味が分からないように、ココミにも異形の思考が分からないんデス』
理解した。今までホムラの炎が当たってきたのはココミが敵の思考を読み取ってきたからだ
だが、異形のキョンシーはココミが読み取れる形で思考をしていない。
そうなればホムラとココミはただのパイロキネシスが使えるキョンシーに過ぎなかった。
「あいうおえいあおぎああおあうあ!」
鳴き声、ヤマダの言う通りの奇声を出しながら異形のキョンシーが恭介達の前に立ち塞がった。
「ご主人様、ごめんなさいね!」
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
シラユキの体が更に冷え、恭介の肩へ冷気が貫通する。
そのままシラユキは左手に作り出した氷の槍で、前方の異形を貫いた。
『キョウスケ、逃げてくだサイ こちらも状況が変われば、援軍を送りますかラ』
「了解!」
通話が切れ、恭介は周囲を見る
異形のキョンシーの数は多い。それらへホムラの炎がほとんど当たらない。
「ホムラ、目くらましだ。敵に当てなくていい。敵の視界を塞げ」
「ちっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
悔しそうにホムラが舌打ちしたが、恭介の言う通り巨大な炎壁を再び生み出した。
炎は高く、恭介達ごと囲う壁を生む。
「突っ込めシラユキ!」
その炎の中を恭介達は走った。
シラユキの冷気と炎の熱気が肌を焼き、激痛が走る。
痛みを無視した。いつの間にかそういうことを恭介はできる様に成っていたのだ。