① 嘶き
キイイイイィィィィイイイイィィィィイイイイン!
「は?」
螺旋の力場の発生は唐突だった。
京香達を囲む様に足元に発生した強烈な力場。
「下がれ京香!」
「コウちゃん!」
「皆様!」
紙一重でそれを避けられたのは霊幻とリコリス、そしてシラユキら戦闘用キョンシー達の反応速度のおかげだった。
突き飛ばされ、あるいは抱え込まれ、京香達はそれぞれが地面に倒れこむ。
傘が宙を飛び、バシャリと水溜まりが音を立て、悲鳴が上がった。
キャルキャルキャルキャルキャルキャルキャルキャルキャルキャルキャルキャル!
人とキョンシー、肉と歯車を巻き込んだ音がした。
戦いだ。自分達は襲撃されたのだ。
肉片と化したのは第一課の護衛達だ。
――敵は何処?
霊幻に抱えられ地面に落ちながら京香はコートが爆ぜさせて砂鉄と鉄球を展開し、シャルロットからトレーシーを取り出す。
「おーほっほっほ! テディ来なさい!」
京香達から少し離れた位置、フレデリカがアイアンテディに入り、シラユキと共に恭介達の前に出る。
京香もすぐに恭介達の傍に行こうとした。一番危険なのは恭介達だ。
第一課の護衛も消えた。自分が守らなければ。
「だーめ。いかせないよぉ」
しかし、京香と霊幻、そしてリコリスの動きを雨音に紛れた女の声が阻んだ。
ジャリジャリジャリジャリジャリ。砂鉄を盾に展開しながら京香は声の方向を見る。
そこには見た事のある顔の女が、ヘアバンドを片手に笑いながらこちらを見ていた。
「ミチル」
「違うよぉ。カケルだよぉ」
「どっちでも良いわ。霊幻、行って」
「ハハハハハハハハハハ! 任せろ、撲滅だ!」
バチバチバチバチ!
雨で、地面には水が這っている。霊幻が拳にだけ紫電を纏い、カケルへと突撃した。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
再度、力場の音がした。
「! 霊幻、また来るわ!」
「コウちゃん!」
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
螺旋の力場が壁となり、霊幻の突進を阻む
「鬱陶しいことこの上ないな!」
――このPSIを知ってる。だが、あのキョンシーのPSIではなかったはずだ。
このPSIのデータを霊幻は持っている。トレミーというキョンシーのテレキネシスと同じものだ。あれは設置型のPSI。設置の条件は見ることのはずだ。
だが、使っているのはあの博士帽を被ったキョンシーだ。ガリレオのテレキネシスは自身を起点に周囲へ回転の力場を産む力だったはずだ。
考えている時間は無い。第二課が下した暫定的な情報を頼りに京香は周囲を見る。
ガリレオの姿が見えない。敵は何処からこちらを狙っている?
設置型キョンシーを相手取る時、敵の位置を把握するのは鉄則だ。
このままでは一方的に狙い撃ちされるだけだ。
「上よ!」
声を上げたのはホムラだった。
自然と京香の視線が空へと移る。
白い空、雨粒、その奥、こちらへと急激に落下してくるキョンシー達の姿があった。
「ヒヒヒヒヒヒィイイイイイイィィィィン!」
耳を突いたのは嘶きの声と、バァン! バァン!という爆発の音。
馬の顔をした巨体のキョンシーが先頭だ。その後ろに大量の異形のキョンシー達、そして、さらに奥にはガリレオとカーレン、そしてシロガネの姿が見えた。
バァン! 爆発音と共に蹄を宙で鳴らし、馬の顔のキョンシーが加速する。
音速の一歩手前。認識したその瞬間、馬の顔のキョンシーが京香の目の前に降り立った。
バァン! 爆発音と共に蹄を宙で鳴らし、馬の顔のキョンシーが加速する。
音速の一歩手前。認識したその瞬間、馬の顔のキョンシーが京香の目の前に降り立った。
「ッ!」
「ヒヒヒン! 一手遅れましたな!」
バァン! 馬の顔のキョンシーが剛腕で槍と異形のキョンシーを持ち、それを盾にしながら京香へと突進した。
ジャリジャリジャリジャリ!
認識はできている。京香はどうにか反応しようとした。だが、磁場の展開が間に合わない。
結果として、京香には敵のキョンシーの突撃を防ぐ手段が無かった。
京香は覚悟した。キョンシーの突進を生身で受けてただでは済まない。最低でも内臓と骨のいくつかは破壊されるだろう。
「!」
だから、京香はリコリスが自分と敵の間に体を入り込ませたのが信じられなかった。
紅髪をクッションの様に広げたリコリスが馬顔のキョンシーの突進を一気に受け止める。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
リコリスの髪の毒に触れ、異形のキョンシーが急速に溶ける。
しかし、それでは意味が無かった。
「ヒヒヒン! やりますな! だが、我の突進は終わっておりませんぞ!」
「くそっ」
敵の言う通りだった。
突進の勢いは殺せない。京香はリコリスの髪に包まれ、宙に浮く。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
そして、蹄が激烈に爆発し、一際強く加速した。
一瞬にして京香達の体が空中数十メートルに飛ばされた。
――引きはがされた!
「ヒヒヒン! では運ばせていただきますぞ!」
バァン! バァン! バァン! バァン!
蹄を爆発させ、馬面のキョンシーが京香とリコリスを文字通り一気に運んだ。
京香は眼を見開く。霊幻達との距離が急激に離される。
ダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
京香達が着陸させられたのは霊幻達から数キロ離れた場所だった。
中央区と西区の境で、六車線の大通り、突如落下してきた京香達へ、数台の車が急ブレーキを踏み、スリップしながら玉突きの事故を起こす。
「ヒヒヒン! これ以上は我が溶けてしまいますな!」
着陸の勢いのまま、京香とリコリスは馬面のキョンシーに放り出される。
敵が抱えていた異形のキョンシーの体はリコリスの髪で溶かし尽くされ、ぼとぼとと地面に残骸が落ちて行った。
リコリスの髪に包まれていたから京香に大きな怪我はない。
転がりながら立ち上がり、京香は砂鉄と鉄球を展開し、トレーシーを構える。
「……その馬面には見覚えがあるわね」
「ヒヒヒン。光栄ですぞ京香殿。この我、ギョクリュウのことを覚えてくれていたとは」
パカラパカラ。蹄の先でアスファルトを蹴りながら、馬面のキョンシー、ギョクリュウが笑う。
数年前、幸太郎が死んだあの日、このキョンシーと会ったことがある。忘れるはずが無い。
ジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄で槍や盾を形成し、京香はギョクリュウへとトレーシーを向ける。
「そこを退きなさい」
「ヒヒヒン。ダメですな。我の役割は時間稼ぎなのですから」
バァン! 蹄を鳴らし、ギョクリュウが槍を構えてこちらへと突進してくる。
「やるわよリコリス!」
「命令しないで」
言いながら京香は砂鉄をリコリスは紅髪を広げた。