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⑧ 力技




***




「情報は集まった?」


 目を覚ました時、スズメが真っ先に口に出したのは眠る直前に出した命令の進捗だった。


 スズメの起床を察知していたのだろう。周囲にはツバメ、ウグイス、ハト、そして、サルカが正座している。


「こちらに」


 キョンシー達の手を借りてスズメは体を起こす。既に自分のノートパソコンは起動していて、画面にはキョンシー達が集めた情報が表示されていた。


「どれくらい集められた? データは?」


「今まで我々が集めてきた清金京香様の近辺情報の九十七パーセント。その中でも人間とキョンシーの情報を中心に表示してあります」


「良し。うちの他のパソコンにデータは繋いである?」


「はい。別室でカラス達が待機しています。いつでもご命令を」


「カラス、か。あの子ならぎりぎりで追いついてくれるかな?」


 スズメが保有するキョンシーの中で最も頭が良いキョンシーが既に準備を済ませている。


 さすがだ、と思い、当たり前だ、と思い、遅い、とも思った。


 スズメの行動を予測して準備を済ませる手際への称賛、それをするために作られた機能への理解、だとしても急いで行動しなければいけない焦燥がスズメを突き動かす。


 シトシトシトシト。僅かな雨音が耳に届く。雨、京香が苦手な天気だ。


「さて、やろうか」


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 スズメは高速でタイピングする。寝起きで休んだ直後だからまだ指も動く。動く内に少しでも京香の役に立つ情報を集めるのだ。


 合法非合法問わずに集めてきた京香の周辺情報が高速でスクロールしていく。


 性別、年齢、享年、身体情報、家族構成、パーソナリティ、所属、その他色々。少しでも京香に関わり合いを持ったことがあったなら、スズメはその人物とキョンシーのことを調べてきた。


 少しでも京香を守るため、少しでも京香の役に立つため、少しでも京香と一緒に居るため。


――調べるべきはあのマスクとフードの女。あれが一体何なのか? どうやって探す?


 スズメは考える。〝大人〟をわざわざ自分が気にしたのだ。


 あれは京香関係だ。であれば、自分はあの女を一度調べたことがあるはずだ。


 情報を女、もしくは女性体に絞ってスズメは探すヒットする情報が何処にあるのか。


 マスクをしていてフードを被っている。得ている映像から瞳の虹彩は分からない。


 であれば、顔から判定するのは難しい。


――持っているのは体格、止まっている時と動いている時の姿。それだけあれば、どうにか解析できるか?


 昔、大金を払って作らせた人体映像の解析ソフトを起動する。金で解決できる準備は思いつく限りやってきた。


「カラス達へ命令、該当映像の女の歩行情報を読み込み。歩行速度、重心の振動、右腕と左腕の平均的な動かし方をまとめて、わたしへ送って」


『承知いたしました』


 カメラのマイクへ命令し、カラス達から返事が返ってくる。


 別室に作ったPCルームにはカラスを中心に給仕のキョンシー達を常備している。どれも自律型ではあったが、ヨダカやウグイス、サルカ達ほどの自我は薄い。けれど、代わりに脳を改造したおかげで普通のキョンシーよりも早い解析の速度を持っていた。


『データをお送りします』


 十数秒後、カラスからスズメが命じた通りのデータが送られてくる。


 ギリギリギガバイトの単位で収まったデータをそのままスズメは解析ソフトへと読み込ませ、スズメのデータベースにヒットするかを調べた。


「……誰もヒットしない?」


 しかし、映像の女のデータはスズメのデータベースの中のどれとも一致しなかった。


 スズメは眉を顰める。


 どういうことか? 素直に受け取るのであればスズメの杞憂であったということだ。映像の女は京香とは無関係であるということになる。


「いや、それは違う。絶対に」


 だが、スズメの疑念は収まらない。


 論理ではなかった。妄執にも近い一つの直観。


 この映像の女にどうして自分の眼は止まったのか。


 京香以外の全てがスズメにとっては無価値だ。目にも耳にも入れたくない。


 そんな自分が無意識に認識したのだ。ならば、それは京香のため以外であるはずがない。


 スズメは一度タイピングを止めた。


 自分の直観を信じている。この女を過去に自分は調べたことがあるはずだ。


「解析の仕方が違う」


 そうとしか考えられない。


――私の領域じゃない。


 困った。解析はスズメの領分ではない。スズメにできるのはあくまでハッキングの技術を活かした情報収集だ。


 スズメは一度手を開閉した。


――まだ体は動く。


 起きたばかりだ。既に少し疲れたが、余力はある。


「……オクトパスを持ってきて」


 スズメの言葉に正座したキョンシー達はすぐに頷かなかった。


 分かっている。スズメの体は今ボロボロだ。オクトパスは大きく体力を使う。


 今の自分の体調で使うのは到底許されることでは無い。


「持ってきて、オクトパスを今すぐに。八体キョンシーも連れて」


 もう一度、ゆっくりとスズメは命令する。今度は四体のキョンシー達それぞれの眼を見た。


「「「「承知いたしました」」」」


 


 ほどなくして追加で四体のキョンシーと共にオクトパスがスズメの手に渡される。


 スズメはオクトパスを被り、起動する。


 キョンシー達のつむじの端子口へ、うねうねとオクトパスの端子が伸び、かちゃりと刺さった。


 瞬間、スズメの視界は変化する。


 見えるのは九つの窓。一つは自分。残りはキョンシー達の物。


 それぞれが独立に思考する並行的認識の世界。


「力技で見つけてあげる」


 スズメは宣言し、一度息を吐いた後、強烈な速度でのタイピングを始めた。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 やっているのは単純なデータ入力。


 映像の女から得られたあらゆる身体データのパラメータそれぞれを一パーセント単位で変更しながら解析にかける力技。


 きっとどれかヒットする。


 きっといつかヒットする。


 クラクラクラクラ。


 視界が揺れる。やはりオクトパスは一気に体力を奪う。


 息を止めて走っている様だ。スズメの眼を見開かれ、視界に映る九つの窓を並行して操作する。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 徒労の様なデータ入力。当たりは出てこない。


 だが、スズメは探す。答えは必ずこのデータベースのどこかにある筈だ。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当なし。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 データベース、該当あり。


「……見つけた」


 そしてスズメは見つけ出す。


 映像の女が誰か。


 目的は不明。けれど、この町に居てはならない女がそこに居た。


 オクトパスを外し、スズメはすぐにキョンシー達へ命令を出そうとした


 今の情報を京香へ。今この町にあの女が居る。きっと危険が迫っている。


 そう伝えようとしたスズメの言葉は一歩遅かった。


「緊急情報、緊急情報! 清金京香様達がモーバに襲われました! 現在交戦開始!」


 叫んだのはサルカ。このキョンシーらしい良く通る声で京香達の現状を伝える。


――遅かった。


 スズメは舌を噛む。


 目的は不明。だけれど、敵は行動を開始してしまったのだ。

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