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⑥ スズメとテレパシスト







「あ、きょうか、来てくれて嬉しいぞ。ほんとにとってもね」


「起きなくて良いわ。寝てなさい。アタシが近くに行くから」


「ごめんね。ちょっと疲れててね」


「いいっていいって。寝てて、ね?」


 スズメは前に来た時よりも、また随分と瘦せてしまっていた。ほとんど点滴だけで栄養を補給しているのだろう。骨の形が分かるほどに肉が無くなっている。


「きょうか、手、握って良い?」


「どうぞ」


 スズメの傍らに座り、伸ばされた手を握る。キョンシーの様に冷たかった。


「ヨダカ達から聞いたわよ。寝てなきゃダメなのに、色々と仕事をしてくれてるんだって? 寝てて良いのよ? アタシ達で何とかするからさ」


「あはは。きょうかの役に立ちたくてさ。ついつい頑張っちゃうのだよ」


「ありがとうね。ほんとに助かってるわ。でも、まずは体を治すことに集中してね」


 スズメの眼を見る。そこに光はあったが、生者としての力強さは薄れている様に京香には見えた。


 京香は指摘しない。指摘しなくても分かっている。


 こちらを見るスズメの目はとても幸せそうだった。それをわざわざ壊すつもりは無い。


「あ、そうだ。きょうかが好きそうなお菓子を用意してあるんだ。カスタードのシュークリーム。クッキーのやつだよ」


「ありがと。それじゃあ貰おうかしら」


「うん。ウグイス、持ってきて」


 部屋の隅に立っていたキョンシーへスズメが命令する。別に京香は今菓子を食べたくなかったが、スズメの喜ぶ顔を見たかった。


「京香様、こちらに成ります」


「あら、有楽店に最近できたって店じゃん。気に成ってたのよね」


「でしょ?」


 スズメと手を繋いだまま、京香はシュークリームを食べた。クッキー生地が割れ、甘いカスタードが舌を這う。確かに京香好みの味だった。


「美味しいわ。ありがとね」


「ほんと? 良かった。また用意するね」


「その時は一緒に食べましょうね」


 スズメが笑う。今、彼女の心が穏やかであったなら良いなと京香は思った。


 掛け時計を見る。既に時間は十五時半を回っている。十六時半からハカモリ本部で会議がある。スズメの傍にもそう長くは居られない。


「……で、きょうか、うしろの二体は? ホムラとココミだよね?」


「ごめんね。ほんとは一人で来るつもりだったんだけど。二人がどうしても来たいって。直接見たのは初めてよね?」


 シュークリームを食べ終えた時、スズメの目線が京香から背後に座るホムラとココミに向けられた。


 寄り添って座る二人はジッとこちらへ二つの隻眼を向けている。


 幸いなことにホムラとココミが視界に入っていてもスズメは過呼吸を起こさなかった。ホムラとココミの見た目の年齢はスズメにとってギリギリで、少しでもスズメが不調に成りそうだったら、すぐに退けようと京香は思っていた。


「はじめまして、ホムラ、ココミ。フレデリカ……優香ちゃんは元気?」


「毎日うるさいくらいね」


「……」


 スズメへ返事をしながらホムラとココミが立ち上がり、京香の傍まで歩いた。


「止まりなさい、二人とも。何をする気?」


 京香が片手を二人へ向ける。いつでもマグネトロキネシスは発動できる状態になっていた。


 ホムラとココミには首輪がされている。これがされていればPSIは発動できないはずだ。だが、先ほど、ヨダカに対してココミは明らかにPSIを行使した。


 既にこのキョンシーの能力は京香達の理解の外に居るのだ。


 ホムラが苛立たしい様に舌打ちし、京香を見る。


「悪いことはしないわ。だと思ったからここに連れて来たのでしょう? なら黙ってなさい」


「……」


 二つの隻眼に見られ、京香は思考を回す。


 きっと、この二体、というかココミはスズメに何かをするつもりで、それが何なのか話す気は無いらしい。


 その時、残る片手に力が伝わった。スズメが手を握る力を強くしたのだ。


「スズメ?」


「良いよ、きょうか。二体の好きにさせて」


「でも、」


「良いの。わたしもホムラとココミには会ってみたかったから」


 ねえ? とでも言うようにスズメがホムラとココミへ見る。


 そして、京香は気づいた。細かにスズメの手が震えている。過呼吸を起こさないにしても、ホムラとココミを見て彼女は恐怖を感じているのだ。


「殊勝ね」


「……」


 ホムラとココミが京香と反対側に座った。


「こうして見ると、本当にそっくりだねぇ。ホムラの眼はココミから片方移植したんだよね」


「ええ。かわいいかわいい愛おしいココミからの贈り物よ」


「……」


 そっかそっか、とスズメが笑い、その後、ゆっくりとココミの手がスズメに伸ばされた。


「やめ――」


「――きょうか、止めないで」


 止めようとする京香をスズメの声が制止する。


 そして、ココミの手がスズメの額に触れた。


「!」


「スズメ!」


 瞬間スズメの手が強張り、その目が見開かれる。


 ココミが触れたのは数秒にも満たない様なわずかな時間だった。


「用は済んだわ」


「……」


 そして、説明もなく、もしくはする気もなく、ホムラとココミは立ち上がり、部屋の外へと出て行く。その背を見送って京香はスズメへ問い掛けた。


「スズメ、大丈夫?」


「……うん。意外と平気。ただ、ちょっと今はすっごく眠いかな」


 あはは、とスズメは笑う。強張った体から力が抜け、瞼が落ちそうに成っていた。


 スズメは何かをされたのだ。ココミのテレパシーによって。


――教えてはくれないみたいね。


 ホムラとココミ、そして、スズメが何を考えたのかは分からない。


 京香は軽く唇を噛んだ。分からないことが多い。果たして三人を会わせた自分の判断は正しかったのだろうか?


「きょうか、眠るまで手を握っててくれる?」


「良いわよ。寝ちゃいなさい」


 安心したのか、スズメが目を閉じ、布団に体を預ける。


「きょうか、大好きだよ、おやすみ」


「うん。おやすみ。早く元気に成ってね」


 彼女から寝息が聞こえたのは一分も経たない内だった。

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