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⑤ 給仕の願い




***




「恭介の家に泊まるのも慣れたわねぇ」


「何だかんだでしょっちゅう危険に成ってますからね僕達」


 メゾンアサガオ301号室、すなわち、恭介の家に京香達は居た。


 霊幻とリコリスを除く人間とキョンシー達は寝間着姿だ。それぞれがリビングで各々が勝手に過ごしている。


 モーバの敵がシカバネ町に来ている。その見解をハカモリに共有してから数日が経った。


 普段よりも恭介達の危険度が上がったとして、京香と霊幻、そしてリコリスは数日前から恭介の家で寝泊まりをしているのだ。


 モーバ対策会議での一件から、京香はこうして護衛のために恭介の家に泊まる様に成った。


 何度も同じ屋根の下に泊まっていれば色々と慣れてくる物で、ソファに座った京香は洗面所から勝手に借りてきたドライヤーで髪を乾かしていた。


 ソファの先にあるのは大型の液晶テレビだ。画面近くをホムラとココミが陣取り、その後ろでフレデリカの髪に恭介とシラユキが櫛を通している。


「ハハハハハハ! リコリス、吾輩を放せ。先ほどから動きにくくて仕方が無いのだ」


「そんなこと言わないでコウちゃん。大好きだから、愛してるから、ね。くっつかせて」


 京香のすぐ近くではリコリスに絡みつかれた霊幻がその赤い髪と格闘している。


「霊幻、リコリス、ほら、神水飲んで。今日も戦闘して疲れたでしょ」


 机に置いておいたキョンシー用のエネルギー飲料を二人に渡す。霊幻は笑いながら、リコリスはこちらを睨みつけながらそれぞれ受け取った。


「今日の素体狩りは葉隠スズメからの摘発でしたっけ?」


「うん。スズメには安静にしていて欲しいんだけどね。何だかずっと無理してるみたい」


 ここ数日葉隠邸からの素体狩り摘発の報告が絶えなかった。連日スズメがシカバネ町の監視カメラをハッキングしているらしい。


 メールや電話で止める様に何度も伝えていたが、スズメが聞く素振りは無かった。


――アタシが言っても逆効果かな。


 京香はため息を付く。スズメが自分の役に立ちたいと思っていることは知っている。清金京香に尽くせている事がある種彼女の拠り所に成っていることも。


「大分体重も落ちちゃってるし、何もしないでゆっくりとしていて欲しいんだけどね」


 医者から安静にしている様に言われている。京香もそうして欲しい。しかし、当の本人がそれを望んでいない。


「葉隠さんは京香先輩のためにいくらでも無理しちゃいますからね」


「スズメを心配させてるアタシも悪いんだけどね」


 スズメが京香に戦わないことを望んでいる。京香はそれを何度も言われてきた。


 もしも京香が戦いから離れ、安全な場所に逃げたのなら、スズメは今の様な無理はしないだろう。


 ため息が出る。このままではスズメの体調は悪くなる一方だ。けれども、京香にはスズメが無理をするのを止めることはできない。


 そもそも、今、モーバがシカバネ町に入り込んでいるのだ。まずはこちらに対処しなければならない。


 現在の京香の最優先対象は恭介達の護衛、その中でもホムラとココミを守り切ることだった。


「霊幻、アンタはどうしたら良いと思う?」


「ハハハハハハハハハハ! 吾輩ならばスズメの意思を尊重するぞ。生者の選択だ。吾輩達死者が口を挟めることでは無いからな」


「ま、アンタはそう答えるよね」


 予想通りの返答が出てきた時、ピピピピと京香のスマートフォンが鳴った。


 作戦の指令か、と、その場全員が動きを止め、こちらを見る。


「メールね。……スズメ達からだわ」


 差出人はちょうど今考えていた相手からだった。


 何の用か、と京香は文面を開き、片方の眉根を上げた。


「……スズメのキョンシー達からのメールね。スズメに無断で送ったみたい」


「内容は何ですか?」


 恭介の言葉に京香は額を軽く搔いた。


「スズメの見舞いに来てくれないか、だって。アタシが来ないとスズメが休んでくれないからって」


「ハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 主思いのキョンシー達ではないか!」


「恭介、明日の予定は?」


 京香達ハカモリは現在、モーバへの警戒態勢を引いている。その中でも恭介達は最重要な護衛対象だ。できる限りリスクの低い行動を取る必要がある。


「ちょっと待ってください。……午後三時から四時なら空けられそうです」


「そ。ちょっと付き合って」


「承知しました」


 二つ返事の了承に京香は頷き、葉隠邸のキョンシー達へ返信メールを送った。







 そして、次の日、京香と恭介達は予定通り、葉隠邸を訪れていた。


「スズメー、見舞いに来たわよ」


 呼び鈴を鳴らし、少しの時間の後、ゆっくりと正門が開かれる。


「京香様、恭介様、お待ちしておりました」


 現れたのは美しい黒髪を伸ばした大人体の給仕のキョンシー、ヨダカだった。


「ヨダカが正門まで出てくるなんて珍しいじゃない」


 スズメが起床している時間、ヨダカは離れの部屋か外回りに出ている。万が一でもスズメの目に自身の体を触れさせないためだ。


 葉隠邸の給仕長にして唯一の大人体のキョンシーである彼女の配慮とも言える判断である。長いこと葉隠邸を訪れてきた京香だが、正門でヨダカを見たのは久しぶりだった。


「スズメ様は今お眠りですから」


「……そんなに体調が悪いの?」


「はい。随分とお痩せに成られました」


 京香の唇の端に力が入った。どれ程疲れていても、どれ程体を壊していても、自分が来ると知ったなら跳ね起きるのがスズメだ。


 そのスズメが、事前に行くと伝えていたにも関わらず、京香が来るその時まで起き上がれない。


「ハハハハハハハハハハ。想定以上に体を壊している様だな。どうする? 一度帰るか? お前と会って無理をさせてもいかんだろう?」


 傍らから霊幻が提案する。その横ではリコリスがジッとこちらを見ていた。


 提案には一理あった。それ程までに体を壊しているのなら、下手に会わない方が良いかもしれない。きっとあの座敷童の様な女は京香の前では無理して明るく振舞ってしまうのだから。


 けれど、霊幻の提案をヨダカがすぐに否定した。


「いえ、霊幻様、それはお止めに成ってください。スズメ様は京香様と会えることだけを楽しみにしております。何卒、スズメ様の喜びを奪わないでくださいませ」


 ヨダカが深々と頭を下げる。ある種の剣呑さがあり、左腰に携えた白鞘が目に付いた。


「大丈夫。見舞いに来たんだもの。ちゃんと会うわ」


「感謝いたします。今、サルカとウグイスがスズメ様を起こしに行っております。スズメ様の準備が済むまで少々お待ちくださいませ」


 もう一度、ヨダカが深々と頭を下げる。


 今回、京香達を呼んだのは葉隠邸のキョンシー達の総意で、スズメに断りなく行った独断だった。


 葉隠邸のキョンシー達の行動原理は葉隠スズメの幸せと安寧である。そうであるように京香がマイケル達に設定を頼んだ。


「恭介様、お手数をおかけしますが、離れでお待ちくださいませ。お茶菓子は用意しております」


「分かった。ほら、行くよ」


 ヨダカの指示に、恭介がフレデリカとシラユキと共に離れ屋敷へと向かっていく。


 しかし、その恭介の背をホムラとココミが追わなかった。当然、それに気づいた恭介が振り返り、京香の後ろに立っていたホムラとココミへ手招きをした。


「ん? ホムラ、ココミ、どうした。早くこっちに来て」


「ココミがこっちの屋敷に入りたいと言っているわ」


「……」


「はぁ?」


 恭介がこちらを見た。ホムラとココミの我儘は今に始まったことでは無い。しかし、この姉妹が葉隠邸に自ら入りたいと言ったのは初めてだった。


「ハハハハハハ。お前達の見た目の年齢はスズメにとってギリギリでは無いか? ただでさえ体調を崩しているというスズメの近くにお前達が行きたいなどと我儘を言える理由などあるのか?」


 霊幻がギョロリとホムラとココミを見下ろした。その腕はわずかに戦闘態勢に入っていて、京香は力がこめられた霊幻の腕を抑え、ホムラとココミを見た。


「二人とも、理由は? 霊幻の言う通りよ。今のスズメにはできるだけ刺激を与えたくない。ただの我儘なら通せないわ」


 京香の言葉にホムラとココミはまともに答えない。二人の隻眼がヨダカへと向けられた。


「……ちっ」


「……」


 そして、ホムラが舌打ちをしたその瞬間、ココミが一歩踏み出し、片手でヨダカの頬を撫でた。


「ココミ!」


 突然のことに恭介が声を上げた。ココミがホムラ以外の物に触った。


 その意図は今までの経験から分かっている。


 今、このキョンシーはテレパシーを行使したのだ。


「ハハハハハハハハハハ! 何だお前達! 撲滅して欲しいのであればそう言うが良い!」


「あ、コウちゃん、この二体が邪魔なの? じゃあ、溶かしちゃおうか?」


 霊幻が拳を構え、リコリスの髪が唸り、すぐに京香が体を割って入らせた。


「やめなさい二人とも」


 このままでは仲間割れだ。京香は息を整え、ヨダカを見る。


「ヨダカ、大丈夫? 少しでも何かおかしくなっていたのなら教えなさい」


「ハハハハハハハハ! 分かるはずあるまい! 世界唯一のテレパシストによる生体ハッキングだ! 吾輩達の演算能力では改竄の兆しすら見えまいよ!」


 霊幻の声は一旦無視し、京香はもう一度ヨダカへオ話しかけた。


「ヨダカ、良く考えて。何をされたの? 言って」


 そして、ヨダカが深々と三度頭を下げた。


「皆様、ワタクシは何のハッキングも受けておりません。いえ、霊幻様の言う通り、証拠はありませんが。この一瞬、ワタクシはココミ様と会話をさせていただいたのです」


「会話? 内容は?」


「申し訳ございません。言えません」


「どういうこと? 何があったの?」


「言えません。ですが、ワタクシは給仕長としてホムラ様とココミ様がスズメ様の前に連れていくことを許可いたします」


「はぁ?」


 ヨダカの言葉は一辺倒だった。あの一瞬でココミと何かを話した。だから、給仕長として二人をスズメに会わせる。その理由は言えない。


 京香や恭介が何度も聞いても答えはそれだけで、頑なに口を割らない。


「京香様、ヨダカ、スズメ様の準備が整いました。こちらにお越しください」


 そして、サルカが京香達を呼びに来る。


 全員の視線が京香に集まった。どうするのかの判断を求めているのだ。


 悩める時間は少ない。京香は霊幻、ヨダカ、そして、ホムラとココミの順で視線を動かした。


「ホムラ、ココミ、アタシの目を見て答えなさい。本当にヨダカとはテレパシーで会話だけしたのね?」


「ええ」


「……」


 二体の二つの瞳はブレない。もしかしたら騙されている可能性もあった。


――結局は直観か。


 かつて幸太郎に教わった。最後に信じるのは自分の感覚だけだと。


「分かった。三人で行くわよ」


 京香の判断へ異を唱える者は居なかった。

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