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⑦ 命令違反の常習犯




***




 京香はハカモリの研究棟に到達した。彼女が通り過ぎた経路には様々な重機の残骸が広がっている。鉄の塊程度が相手ならば彼女の障害でも何でもない。


 ズキ! 軽い頭痛がしたが、京香には慣れた物だった。


「水瀬克則ヨリ入電。『清金京香二級捜査官、至急戻って来い』、返事シマスカ?」


「無視しといて」


 京香の命令無視は一度や二度ではない。きっと水瀬ならば、自分の暴走に対応して上手に指示を他の連中に出すはずだと、京香は勝手に期待する。


 研究棟の外周で京香は声を張り上げた。


「霊幻! こっちに来なさい!」


 京香が研究棟に到達する僅かな時間の間に霊幻の姿が見えなくなっていた。先ほどの体の怪我の具合からいって、室内に戻っては居ないだろう。オーバーヒート寸前まで酷使していたのが京香には分かった。


「おお! 京香、来たのか!」


 ダダダッ! 霊幻が研究棟の外壁を文字通り走り降りた。


「ボロボロね」


「そうだな! ここまでやられたのは一年と二ヶ月ぶりだ」


 京香はペタペタと霊幻の体を触る。


 右のアキレス腱が断絶。左半身の筋繊維が半分ほど融解。各種間接部の損傷。


「霊幻、口開けて」


「あー」


 喉にも融解の形跡がある。気管支の総取替えが必要だろう。


「何でこんな無茶したの? ただのPSIキョンシー相手じゃなかったわけ?」


「言葉を聞いて驚け。あのテレパシストは複数のPSIを同時に使ったのだ」


「はぁ?」


「見た方が早いか。京香、吾輩の右眼とシャルロットを繋げ」


 京香は霊幻の右眼をカポッと取り外し、シャルロットへ繋いだ。


「シャルロット、映像を解析して」


 ほどなくして解析は終了し、シャルロットの中の液晶部分に映像が表示された。


「……マジか」


「マジだ。すごいだろう? テレパシーを使った脳の直列化。PSI研究の終着点がここにはあるぞ。まあ、あのキョンシーも無理をしたようだ。糸の力場が無くなっている」


 京香は後頭部を掻いた。今まで様々なPSIキョンシーを相手取ってきたが、複数のPSIを同時に、しかも合成できるキョンシーを見たのは初めてだった。


「どう見る京香? 吾輩は体熱を取ったらもう一度突撃するつもりだが」


「勝算は?」


「お前が来たことで五割を超えた」


「採用。アタシも行くわ。放熱に掛かる時間は?」


「一分だ」


「了解。少し休んだら行くわよ」


 京香は研究棟を見上げる。姉妹のキョンシー達は今どんな顔をしているのだろうか。




 報告通り、霊幻の放熱は一分で終わった。


「京香、放熱が終わった。行くぞ」


「はいはい」


 京香は一度伸びをし、トレーシーで自分の肩をトントンと叩く。


「折角だからアンタの開けた大穴から行くわよ。霊幻、アタシを抱えて」


「了解だ」


 京香はシャルロットを持った左腕を霊幻の首に絡ませ、その大きな右腕が彼女の体全体を支えた。放熱が済んだばかりの霊幻はサウナの様に熱く、焼けた合成皮膚の匂いがした。


「京香ちゃんと捕まれ、落ちても知らんぞ」


「誰に言ってんのよ」


 ギュウ。左腕に力を込めて霊幻へ体を密着させる。右手はトレーシーを握っていて、いつでも引き金を引けるようにしていた。


「アタシを感電させないでね」


「誰に言っている?」


 バチバチバチバチ。霊幻の足だけが紫電に染まる。


「良し。じゃあ行きなさい霊幻。終わらせるわよ」


「おうとも」


 ダ、ダダ、ダ、ダダ! 霊幻が研究棟を駆け上がり、四階の大穴へと突撃する。


 京香の体にも振動がガンガン届くが、霊幻に抱えられて移動するのは慣れていた。


 ダン! 荒い音を立てて京香と霊幻は404号室へ到着する。


 霊幻から降りて京香はトレーシーを構える。


 404号室には霊幻の紫電を浴びたであろうキョンシーが二体倒れているだけだ。


「最悪の場合、すぐに戦闘に成るって思ってたわ」


「吾輩としてそちらの方が楽で良いのだがな」


 京香は霊幻を自分の三歩先に先行させ、404号室を出る。


 廊下にも誰の姿も無かった。それどころか、霊幻の視覚情報にあった蜘蛛の巣や雪花を思わせるテレパシーの網すらも消えている。


「……どうしたのかしら? 壊れた?」


「可能性はあるな。あれだけのPSIの稼動。壊れていても不思議ではない」


 警戒を緩めずに京香達は廊下をゆっくりと進んでいく。目指すは六階、第六課のキョンシー技師、マイケルの研究室だ。


 途中にあった五階の一室で京香と霊幻は捕らえられていた研究員達を発見した。どの研究員も眠らされており、規則正しく息を吐いている。


 しかも、その研究員達の近くにはエアロキネシストのキョンシーが配置されており、ヒュウウウウウウウウウウウウ、と外からの空気を取り込んでいた。このキョンシーは操られていたが、戦闘する気配は無い。新鮮な酸素の供与を命令されていたようだった。


――これは……。




 結局、六階まで障害という障害は無かった。


「霊幻、蹴破って」


「おうとも」


 ダァン! 京香は何の躊躇も無く、マイケルの研究室のドアを霊幻に蹴破らせる。


 蹴破られたドアは一直線に飛び去って丁度部屋の中央で立っていたマイケルに激突した。


「グハァ!」


「あ、ごめん」


 マイケルの狸腹にドアがビターン! と景気の良い音を立てながら突撃し、マイケルの巨漢がゴロゴロと来客用オフィスに転がった。


「……マイケル? 大丈夫なら起きて。大丈夫じゃないなら気合で立ち上がりなさい」


「ぐおお、俺の寿命が今ので二年は縮まったぞ」


「その不摂生な腹を引っ込めれば五年は返ってくるわよ」


 マイケルは腹と額を抑えながらも立ち上がった。


「何でわざわざ部屋の真ん中で立ってたのよ」


「お前達を待ってたんだよ」


「何で?」


「あのテレパシストのキョンシーからの言伝だ。『屋上で待っている』だってよ」


「ハハハハハハ! 京香、聞いたか!? あのキョンシー達は屋上で吾輩達と勝ち合う気らしい! 素晴らしい! ここまで撲滅のし甲斐がある相手だったとは!」


 霊幻は大仰に右腕を振り、京香がジッとマイケルを見た。


「屋上に行けば良いのね。マイケル、あんたはテレパシストに操られているはず。その情報を信じて良いの?」


「おお、操られてるぜ。今だってあいつらを修理したくて堪らない。だが、信じる必要は欠片も無いが、あいつらは罠なんてしかけてねえ。もうギリギリ。致命傷だ。修理なんて出来ないくらい壊れてる。わざわざ策を弄する余裕がねえよ」


「そう」


 京香はトレーシーで右肩をポンポンと叩いた。


「それじゃあ、霊幻、行きましょうか」


「ああ、行くぞ相棒」


 屋上へと続く扉はマイケルの研究室から出てすぐ脇の階段先にある。

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