② 知ってる手癖
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蜘蛛型キョンシーについてマイケルから調査完了の報告が京香へ届いたのは数日後のことだった。
「マイケル、来たわよー」
「あラ、遅かったデスネ」
「ヤマダは早いわね。第二課の手伝いは終わったの?」
「いえ、休憩がてら報告を聞きに来ただけデス。すぐに戻りマス」
京香と恭介達は一団となってマイケルの研究室を訪れた時、既にヤマダがセバスの入れた紅茶を飲んでいた。
どたどたとホムラとココミを筆頭に各々が好き勝手な場所に立ったり座ったりし、京香は手持ち無沙汰に霊幻の隣に立った。逆隣ではいつものように霊幻に絡みついたリコリスがこちらを睨んでいる。
「おお、来たか来たか、って、こんなに人とキョンシーが来たらさすがに狭いなこの部屋」
マイケルとメアリーが奥の処置室から出てきた。たった今までキョンシーを解体していたのだろう。二人の白衣はキョンシーの薄紅色の血で汚れていた。
「マイケル、あの蜘蛛型の調査が終わったって聞いたわ。何が分かったの」
「おお、ちょっと待っててくれ。プロジェクター用意するから。メアリー、コードは?」
「こっちよダーリン」
来客用ソファ前のテーブルへ簡易プロジェクターを置き、マイケルとメアリーがノートパソコンにカチャカチャとコードを繋ぐ。
――何か顔が硬いわね。
マイケルの雰囲気がいつもよりも硬いことに京香は気づいた。普段ならば『おいロケットパンチのギミックのパーツ作れたぜ。一回改造させてくれよ』とでもキョンシー相手に言うのに、ある種淡々と報告の準備をしている。
何かがあったのか、これから何かがあるのか、京香は不穏な雰囲気を感じ、小さく眉を顰めた。
「良し、んじゃ、これを見てくれ」
程なくしてマイケルがプロジェクターで投影したのはノイズだらけの波形グラフだった。
グラフの周囲には専門用語のコメントと数式がいくつも書かれていて京香では意味を理解できない。
辛うじて監視カメラなどの映像から切り取ったのであろう蜘蛛型キョンシーの写真があったから、京香にはグラフがあの蜘蛛型キョンシーの何かを意味しているということだけ分かった。
それは恭介も同じだったようで、フムフムとグラフの意味を理解しているのは霊幻達キョンシーだけだった。
「ハハハハハハハハ! マイケル、この脳波は何だ? あの蜘蛛型キョンシーの物か?」
「ああ、めちゃくちゃな脳波だろ?」
マイケルが硬い表情のまま苦笑し、そのままいくつかのページを順番に流していった。
どうやらマイケルはあの蜘蛛型キョンシーの散らばった脳を解析していたようで、彼がまとめた様々な結果を示すデータを京香達へ見せていく。
キョンシー達はそれぞれが納得や理解の表情を見せていたが、京香には一割でさえページの意味を理解できなかった。
数少なく理解できたのは、あの蜘蛛型キョンシーの脳が複数のキョンシーの脳をつなぎ合わせて作られた物であるということだけだ。
「あの蜘蛛型キョンシーは体の改造が酷かったが、一番やばく改造してるのは脳だ。最低でも十体のキョンシーの脳を混ぜ合わせて無理やり一つの脳にしてやがる。どんな風に混ぜたのかはすぐに分かったぜ」
困ったようにマイケルが自身の腹を叩いた。これもおかしい。いつものマイケルならば京香達に聞く気が無くても自分が分かったことを大仰に話してくる。
マイケルが言い淀んだ理由を答えたのはメアリーだった。
「……ダーリンが昔書いた論文の技術が使われていたわ」
メアリーが挙げたのは印刷された英語の論文の束である。著者名にはマイケル・クロムウェルの名前が書かれていた。
ああ、なるほど、と京香は納得した。このキョンシーにはマイケルが発明した技術が組み込まれているのだ。
技術者のことを京香はちゃんとは理解していない。だが、自身が生み出した技術そのものが自身の意図とは違う形で、自身が望まぬように使われるのは、きっと耐え難い物なのだろう。
「……このキョンシーの脳片を俺とメアリーはここ数日ずっと解析していた。どんな風に思考回路を改造してんのかとかな」
「大変だったわねダーリン。二徹しちゃったものね」
見れば、マイケルとメアリーの目の下には濃い隈があり、目は充血している。二人が徹夜をするのはいつものことだったが、徹夜をした上で機嫌が悪いのは滅多にあることではなかった。
「おーほっほっほ! ごめんなさいねマイケル、メアリー! フレデリカは全然ついていけないわ! もっと簡単に簡潔にフレデリカが分かるように言ってもらえる!?」
車椅子の上でフレデリカが声を上げる。マイケルが「アウチ」ともう一度腹を叩いた。
「悪い悪い。簡潔に言うぜ。このキョンシー達の脳の改造の中で一番特筆すべきなのは、言語野への改造だ。こいつ人間の思考回路をしてないぜ」
吐き捨てる言葉だ。自分にとって許せない物を見たかのような態度で、ピリピリとした雰囲気に京香は自身の首筋を撫でてしまった。
「他にもキョンシーが人間らしく在れる様な脳回路も軒並みめちゃくちゃに改造されてたわ。だがら、蜘蛛型っておかしな体をしてるのにあんなに動けたのね」
メアリーの補足にマイケルは数度頷き、そしてこう続けた。
「京香、ここからは俺の、俺とメアリーの技術者としての勘の話だ。データを使って確信をもって言える話じゃない。だが、俺とメアリーはこのキョンシーをどいつが作ったか分かる」
「勘で良いわ。教えて」
一度、マイケルは少し離れた場所に置いたコップを取り、そこに入っていたコーヒーを飲み干した。合理的でない動きで、それを黙って京香は見守り、続きを促した。
「このキョンシーは、ゲンナイ、モーバに所属したキョンシー技師が作った物だ。この改造の仕方を俺は知っている。あの人なら俺の論文を使ってこういうキョンシーを作る」
確信があると言った断定の言葉だった。
――来たか。
京香は息を吐く。また、モーバがシカバネ町に現れたのだ。
第六課全員がそれぞれ何かしらの動作を見せた。
息を吐くであったり、メガネを整えるであったり、首を回すであったり、唇を吊り上がらせるであったり。
その全部を見渡して、京香は第六課の主任として命令を出した。
「戦いに成るわ。全員準備しなさい」