① 給仕の報告
「スズメ様、スズメ様。カワセミ、ただいま帰還いたしました」
「おかえり」
葉隠邸、寝室。布団に横になり、点滴の袋を見つめるスズメの隣にカワセミがツバメの肩を借りながら座った。
「申し訳ございません。遅くなりました。ハカモリとの情報共有に時間がかかってしまい」
「左足の修理依頼は出したよ。明日、修理業者に行って。替えのパーツに交換するから」
「感謝いたします。スズメ様の診断結果とお薬はサルカに渡しておりますので、後ほどご確認ください」
「分かった。診断結果は悪いままだろうけどね」
スズメはカワセミの左足を見る。多少の修理はされた様だが、シルエットは歪で、交換が必要だった。
スズメのキョンシーはヨダカを除き、全て第二次成長期を迎える前の女児の物だ。交換に使える素体は少なく、通常ならば修理にも時間がかかる。しかし、シカバネ町にはスズメ専門と言えるような子供のキョンシー専門の素体業者があった。
ふと、スズメは考えてしまった。いつ頃から自分は子供の死体を買うことに抵抗がなくなってしまったのだろう?
昔ならば嫌悪していた。今だって忌避はある。それでも、スズメにはキョンシーが必要でそれは子供の形をしていなければならなかった。
――考えても意味無いか。
一度深くまばたきをして、思考を変える。ただでさえ体が上手く動かないのだ。無駄なことを考えている体力は無かった。
「カワセミ、何があったの?」
既にスズメの耳にもカワセミが異形のキョンシーに襲われたという話は聞いている。けれど、過去に京香からキョンシーの話を直接聞くことが大切だと教えてもらっていた。
「スズメ様もご存じの通り、私とキツツキは本日、スズメ様の診断結果とお薬を受け取った後、シカバネ町北区を巡回しておりました」
スズメは自主的にキョンシー達へシカバネ町のパトロールを命じていた。京香の役に立つため、彼女が安寧に過ごすため、少しでも懸念事項を減らしたくて命令した行動である。
「先週、ツルが行方不明になったのを覚えておりますでしょうか?」
「覚えているよ。ウグイスが嘆いてた」
「ツルからの連絡が途絶えた場所で、オプトキネシスによる壁面の改竄を発見。その後、敵の気配を察知したため、キツツキを残し、私は逃げ出しました」
「それで、異形のキョンシーに追われたんだね」
「はい。キツツキと別れて僅か数十秒後に異形のキョンシーが現れました。きっと、キツツキはなすすべもなく破壊されたでしょう」
「映像は? 何かキツツキからの映像とかは残ってないの?」
「いえ、データを同期する時間はありませんでした。あのテレパシスト、ココミの能力があれば可能だったのですが。申し訳ございません」
「いいよ。仕方ないから」
普段、スズメのキョンシー達は自身が見て聞いて触った情報を定期的に同期している。けれど、それにはオクトパスを使った専用の同期プログラムが必要で、ココミのテレパシーの様な自動的な情報の共有はできないでいた。
「異形のキョンシーの速度は凄まじい物でした。運動能力だけにフォーカスするのであれば、かつて第六課に所属していたキョンシー、アレックスと同等以上です」
「そんなに? ほとんどの戦闘用キョンシーよりも上なの?」
「はい」
スズメは恐ろしくなった。異形のキョンシーがどの組織から送り込まれたものかは分からない。しかし、全身を機械化したアレックスよりも運動性能が上というのは、すなわちPSI無しにおいて世界最強クラスのキョンシーということになる。
スズメはゆっくりとカワセミの隣で正座するツバメを見て、命令を出した。
「ツバメ、わたしのキョンシー全部に伝えて。わたしへの護衛は最低限。できる限りの協力を京香達に。京香を助けて」
「……おおせのままに」
恐ろしいのは自分が死ぬことでは無い。京香がまた傷ついてしまうこと。
敵がもしもモーバであったのなら、その目的はココミである。そして、もしも今回、あのクロガネやシロガネが来ているのであれば、その目的には京香も含まれていた。
許せない。京香が傷付いてしまうこと、また彼女が苦しんでしまうこと。
スズメにも分かっている。スズメが何をどうしようと、京香はずっと傷ついて、苦しんでしまう。
それでも、その負担を少しでも減らしたかった。
クラリ。貧血の感覚がスズメを襲う。また、体力が切れてきた。どこまでもポンコツな体に嫌気がさす。
「ツバメ、それともう一つ、オクトパスの準備をして。起きたら町のカメラをもう一回ハッキングするから」
「……スズメ様、ご無理をしてはなりません。今はお休みになられた方が」
「命令。オクトパスの準備をして。私が起きたらすぐに作業に取り掛かれるように」
スズメの言葉にツバメがしばし閉口した。蘇生符の奥の瞳が細かくに動いている。
行動原理の矛盾に陥っているのだ。スズメのキョンシー達は皆、スズメの健康と安全を守ることを第一優先に作られている。京香がその様に蘇生符のプログラムを頼んだのだ。
一方で、スズメがこのキョンシー達の主である。主からの命令に従うのが道具としての役割だった。
結局、ツバメはゆっくりと頭を下げた。
「おおせのままに、スズメ様。お仕事をされるのであれば点滴の種類も変更いたしましょう。より栄養価が高く、スズメ様が集中できるものに」
「うん。よろしくね」
それだけ言って、スズメは瞼を閉じた。体が重くて、関節が痛い。そして、ほとんど気絶する様に眠りに落ちた。