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③ 蜘蛛




***




 シラユキが十字路の先に到達した時、給仕服のキョンシーが蜘蛛形のキョンシーに追い詰められていた。


 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!


 地面を手で触りながら、シラユキはPSIを発動する。体温が急激に減少し、地面や空気中の水分を集め、氷の大剣を生成した。


 今日は梅雨の晴れ間である。氷の材料は山の様にあった。


「凍りなさいな」


 氷の大剣が蜘蛛型キョンシーの胴に振り下ろされる。


「あああっららら、あたははあなたたはシラユキじゃじゃないかかあ?」


「!」


 だが、蜘蛛型のキョンシーがシラユキの存在に気づき、多腕多足を使い、軟体生物の様に氷の大剣を避けた。


――構造に反して速い。間接部の結合が想定以上に滑らか?


 歪な形の敵だ。その性能を予測しながら、シラユキは給仕服のキョンシーと蜘蛛型キョンシーの間に体を入り込ませ、氷の大剣を構える。


「そこの給仕服のキョンシー、お名前は? 状況を説明して」


「カワセミです。北区の外壁近くで本キョンシーと遭遇。以降追われています」


「了解。あなたの戦闘能力は?」


「近接戦闘技能はインストール済。PSIはありません」


「上等。下がってなさい」


 シラユキは戦況を整理する。恭介達からの増援が車で数十秒。敵は蜘蛛型に体を改造した怪物キョンシー。身体能力は自分より上。PSIがあるかは不明確。


「まあ、良いわ。肉の体なのは確かみたいだし。凍らせて砕けば、変わらないでしょう」


 シラユキは蜘蛛型キョンシーに踏み込む。自分のPSIは近接戦向けで、有機物が主成分の相手ならば得意分野だ。


 少しずつ凍らせ、動けなくしてから、砕けば良い。


 ゴオォ! 風切り音が耳に届く程の豪腕でシラユキは氷の大剣を振るう。


「あぁぁああっぁぁぁああだめえだだだだだめめめまだだっめね」


 だが、やはり、蜘蛛型の動きは奇妙で滑らかで速かった。


 氷の切っ先を皮一枚で躱し、多腕多足を振るい、シラユキの腹を殴り飛ばす。


「くっ!」


 シラユキの腕とは比べ物に成らない程の膂力。


 一瞬でシラユキの体は吹き飛び、背後の壁へと叩き付けられた。


 コンクリート製の壁が氷の大剣と共に砕ける。その音を聞きながらシラユキは自身の損傷を把握する。


――内蔵破壊。強化骨格第四層までの破損。脊髄神経三十二パーセント破裂。


 被害は中度。すぐさまにシラユキは蜘蛛型へと突撃し直す。


「ああぁぁぁああぁぁぁぁっぁぁぁああ! ててててがあががてがてあがががあが!」


 蜘蛛型のキョンシーは凍り付いた一本の腕に狼狽している。シラユキは殴り飛ばされる一瞬で凍らしたのだ。


「よそ見とは余裕ね」


 口から薄紅色の血を吐きながら、シラユキはその血ごと氷の槍を生成し、蜘蛛型へと突いた。


 けれど、蜘蛛型の多腕と多足はぐねぐねと動き、先ほどと同じようにシラユキの攻撃を避けていく。


 シラユキは両手に持つ武器の形を多種多様に変えながらどうにか蜘蛛型へと攻撃を当てようとするが、その全てが躱され、凍らせるには至らない。


 戦闘技能ではあちらが上らしい。


「ジョーゴ、ハルカ、キュウジ、目標を拘束しろ!」


 しかし、目標は達した。援軍が到達する。第一課の大中小一組のキョンシー達が蜘蛛型へと突進する。


 戦力的にシラユキ達が優勢だ。


 攻勢を強めるべく、シラユキも第一課のキョンシー達の連携に加わる。


「あああぁぁぁぁあぁあ、ここここられれれははははだだだだめめめえかかかか!」


 が、その瞬間、蜘蛛型のキョンシーが多腕で自分の体を強く殴り付けた。


「ッ!」


 異常な挙動。シラユキは両目の赤外線センサーを起動する。そして、気付いた。蜘蛛型の胴の中に子供大の熱源が急速に産まれている。


 シラユキの戦闘記録が解を出す。


「下がって! 爆発するわ!」


 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!


 シラユキは少し離れた位置に居たカワセミの元へ飛び退き、背後に氷壁を展開する。


 その直後だった。


「あぁぁぁあぁぁぁぁかかかかかあああささささまままま!」


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 強烈な爆発が産まれ、シラユキは氷壁ごとカワセミと共に吹き飛ばされた。







「シラユキ、起きろ」


 恭介の声によってシラユキは再稼働した。


「ご主人様おはよう。状況は? 私はちゃんと役割を果たせたかしら?」


 起き上がろうとしてシラユキは認識する。自分の四肢が捻り折れていた。


 あの短時間では薄い氷壁しか作れなかった。爆発の衝撃を消し切れなかったらしい。


「おーほっほっほ! 大丈夫よシラユキ! あなたはちゃんとカワセミを守れたわ! あっちを見てみて!」


 恭介が押す車椅子に乗ったフレデリカが高い声でキャンキャンと笑う。


 彼女の言うとおり首を動かすと、視線の先でカワセミが第一課に保護されていた。


 損傷が無い訳では無い。左足が千切れる直前まで折れている。だが、見たところ脳は無事だった。


「修理は少し時間がかかるかもな。子供体のパーツは少ないから」


「この機会に脳だけ大人体に移し替えれば良いのよ。そうした方が出来る事も増えるんだから」


「そうしたら葉隠スズメのキョンシーには成れないだろ」


 恭介の腕に体を引き起こされながらシラユキは首を竦める。両手足が使えないというのは不便だ。今日にでもマイケルに言って修理をしなければならない。


「木下五級捜査官、シラユキは起きたか?」


「はい。意識もはっきりしてます」


「よろしい。シラユキ、戦闘ログを渡せ。どのような敵だったのかハカモリで共有する」


「どうぞ。勝手に右目でも持って行って。後で返してくれれば良いから」


 第一課の捜査官がシラユキの眼窩に指を入れ、そこから右目をカチリと取り出す。 


 視界を半分失い、残った左目でシラユキは恭介を見た。


「ご主人様? お褒めの言葉がまだなのだけど? 単身で頑張ったキョンシーへのお褒めの言葉がまだなのだけれど?」


「繰り返すね。うん、良く頑張った。ちゃんと役目はこなしたよ。後でお前の修理をマイケルさんに頼まないとね」


 フレームレス眼鏡を整えた後、恭介がシラユキの体を引っ張り起こす。戦闘用に改造されたシラユキの体は見た目よりも重いが、シラユキの想定よりもスムーズに体は起き上がった。


「ご主人様、少し体が強くなったみたいね」


「そりゃあれだけ修羅場をくぐり抜ければね」


 苦笑した後、恭介が表情を正し、シラユキに問いかけた。


「どんな敵だった? モーバか?」


「人間のパーツを使って無理矢理、虫の蜘蛛みたいな形を作ったキョンシーだったわ。モーバかどうかはココミ様が分かるんじゃない?」


 ココミのテレパシーの有効範囲は広大である。あの蜘蛛型の思考だって読み取っていたはずだ。


 しかし、シラユキの言葉へ返ってきたのはホムラの否定だった。


「何を言っているの? あんな気持ち悪いキョンシーの思考をココミに解読させる気? 言語で思考していないのよ。あんなの解読させたらココミが疲れてしまうじゃない」


「……」


「あら、ごめんなさいホムラ様。考えが及んでいなかったわ」


 なるほど、とシラユキは仮定する。今のホムラからの情報でもいくつか分かった事があった。


 一つ、あの蜘蛛型のキョンシーは自律型である。でなければ、テレパシーで思考を読み取れない。


 二つ、あのキョンシーの思考は一般的なキョンシーのそれとは異なる。でなければ、モーバからの敵かどうか判断は直ぐに付く。


「おーほっほっほ! みんな仲良くしましょう! ひとまずシラユキも無事だったんだから!」


「ええ、その通りですねフレデリカ様。後で返ってみんなでケーキを食べましょう」


 フレデリカの笑い声にシラユキは笑う。主人たる恭介から与えられた第一優先の命令はこの四肢を無くした少女の護衛である。ならば、この少女が笑える様に振る舞う事こそがシラユキにとって至上命題の一つであった。


「ま、とりあえず、京香先輩に連絡するよ。葉隠邸のキョンシーが巻き込まれたんだ。京香先輩にも直ぐに言っておかないとね」


 そんなシラユキ達へ目を向けながら、主人たる恭介が京香へと連絡した。


 シラユキの頭は予測する。


 今まで見た事の無いキョンシーが現れた。ココミのテレパシーでも思考を読み取れない様な異形のキョンシー。


 きっと戦いが起こるのだ。


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