② 護衛に囲まれて
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「お兄様お兄様! これを買って! 三色クリームのシュークリーム! トリコロールカラーでとっても美味しそう!」
「そうかなぁ?」
恭介がフレデリカ、シラユキ、そしてホムラとココミを連れてシカバネ町北区のケーキ屋に居たのはたまたまだった。
家の食材が切れていたからスーパーに寄って、その帰り道に新しい創作ケーキ屋ができていて、フレデリカ達が入りたいと駄々をこねたと言うありふれた理由だ。
今日は梅雨の晴れ間だった。空気は湿っているが、日差しは暖かい。
これからどんどんと暖かく、そして暑くなっていくという予感を感じさせる。
フレデリカ以外、恭介達はそれぞれが傘を持ち、各々がケーキを物色しようとしている。
「まあ見て、ココミ。等身大ケーキですって。可愛い可愛いあなたよりも大きいわ」
「……」
「あ、やっぱりココミもこれが良いのね。宝石みたいで綺麗だものね。もちろんあなたの方が美しいんだけど。分かったわ了解よ。これを買いましょう。今日はケーキパーティーね」
「待て待て待って。そんなの食べきれないでしょ。あ、店員さん気にしないでください。キョンシーの戯れ言です。だから、その馬鹿でかい包み紙を出すのは待ってくださいマジで」
いつもの様に二体の世界に入るホムラとココミを止めつつ、恭介は周囲を見る。
見れば、ケーキ屋の外でキョンシーを連れた黒服達がチラホラと立っていた。ハカモリからの護衛である。
「ご主人様? お疲れです? あ、私はこのアイスケーキください」
「ぶれないねお前も」
顔に出ていたのか、フレデリカの車椅子を押すシラユキがこちらを見る。
このキョンシーの言うとおりだった。
恭介は少しだけ疲れていた。
モーバ対策会議が開かれたあの日から、恭介達の周囲には必ず護衛が居る。
護衛が京香であったのならばまだ良い。ある程度は融通が利く。だが、今日彼女は定期の検診だった。こう言う日は主に第一課か第四課から選抜された捜査官達が近くでぴったりと恭介達に張り付いていた。
必要な事だとは理解している。先のゴルデッドシティでココミはその真価の一端を世界に示してしまった。
未だ詳細は不明だが、モーバの掲げるエンバルディアとやらにはココミが必須であるらしい。
ならば、ココミは最優先の保護対象である。
「お前達が素直に閉じ籠もってくれるなら良かったんだけどね」
「は? 何を言っているの? 人間の癖にとうとう頭が腐り落ちたのかしら? ココミの自由を妨げさせるなんて絶対に許さないわよ?」
「……」
「分かってる分かってる。睨まないで。ほら、そこにちっちゃいケーキでも選びなよ」
実際、ホムラとココミを何処かの部屋に隠そうという案も出た。だが、ホムラとココミは反対し、テレパシーを使ってその場のキョンシーと捜査官達を操ってでも反逆すると宣言したのである。
思考は分かる。ホムラとココミとも付き合いが長くなった。このキョンシー達はきっと自由で居たいのだ。
恭介はホムラとココミの首輪を見た。PSIの発動を抑制するはずの第二課特製の拘束具。
果たして、これが機能するのかどうか。ココミのテレパシーの前ではもはや期待はできない。
仕方が無い、と恭介はフレームレス眼鏡を整えながら苦笑する。結局、自分に出来る事をするしかないのだ。
「良し! お兄様! 決まったわ! 三色シュークリームとケミカルケーキを買って!」
フレデリカら車椅子越しにこちらへ顔を向け、顎でガラスケース向こうの菓子類を指す。
「はいはい。ほんとにこれで良いの? 食べ物の色に見えないんだけど?」
「おーほっほっほっほ! それが良いのよ! 何事も挑戦だからね!」
フレデリカが笑い、恭介もそれにつられた。
ケーキ屋から出て、恭介達は帰路に付く。人間二人にキョンシー三体分のスイーツの量は中々多く、恭介の左手にずっしりと重さがかかっていた。
シカバネ町を歩く恭介達の姿は目立つ。元から四体のキョンシーを連れたキョンシー使いの姿は目立つ物だったのに、周囲数メートルを加工用に護衛のキョンシーとキョンシー使いが張り付いているのだ。
雰囲気は物々しく、シカバネ町の住民達はそそくさと恭介の視界から消えていく。
「ホムラ、ココミ、敵は居る?」
「居ないわ。居たらと言うと前に言ったじゃない。記憶力が無い人間ね」
「……」
マイケルが言うにはココミのテレパシーの索敵範囲は陽を追うごとに上がっているらしい。
無論、対策をされていれば、索敵はできない。しかし、今のところ、周囲に不審な影は無い様だ。
大勢を連れて恭介達は進む。只帰宅するだけなのに大仰だ。
そんな中、恭介の視界の先に一体のキョンシーの姿が映った。
給仕服を着た子供のキョンシー。染め上げた青髪を揺らして全速力で走っている。
「あれは?」
給仕服に見覚えがある。葉隠スズメのキョンシーの一体だ。
子供体ながらに走行速度は人間のそれを大きく上回る。町中をキョンシーが考えられる全速力で走ると言うのは法律違反だ。
恭介は眉をひそめ、周囲のキョンシー使い達も同様だった。
給仕服のキョンシーが視界の中で左から右に動き、十字路の先へ消える。
その直後だった。
「敵よ」
「ホムラ、PSI発動を許可する」
言葉に恭介は無意識レベルで戦闘の許可を出した。
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ!
給仕服のキョンシーを追う様に現れたのは歪なキメラだった。
キョンシー、なのだろう。少なくともその体は人間の物だ。
しかし、その走り方がおかしい。そのサイズがおかしい。その形がおかしかった。
胴体よりも腕と足が長く、蜘蛛の様に何本も生えている。頭の生えている位置は胴の真ん中で、本来首があったであろう場所には一際長い二本の腕が生えていた。
サイズは人間の大きさを優に超え、乗用車を飲み込める程に大きい。
それらの歪で多い巨大な手足を使って まるで昆虫のようにめちゃくちゃに走っている。
「総員展開! 敵だ!」
第一課の号令がかかり、キョンシー達が速やかに恭介達を囲む。
普段であれば、あの異常なキョンシーの撃破へと向かうだろう。しかし、今の彼らの第一優先はホムラとココミの護衛だった。
ならば、だ。
「シラユキ、行って」
「お任せあれご主人様」
恭介の命令でシラユキが単身突撃する。既に十字路の先に消えた歪なキョンシーを追い、その背が加速した。




