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③ 家族







 一彦達との話を終え、シロガネは足早に歩いていた。


「カッカッカ。上手く行ったねぇシロガネ。楽しくなりそうじゃないか」


 カンカンカンとコンパスの様な義足で地面を鳴らし、カーレンがニヤニヤと顔の皺を強くしている。


「カーレン、作戦を立てましょう。チャンスだとは言ってもシカバネ町でのココミの警護は厳重です。無策で突っ込んでも意味がありません」


「良いね良いね。あたしの部屋でやるかい? それともクロガネの近くにするかい?」


「カアサマの記憶リソースを無駄に使いたくありません。あなたの部屋を貸してください」


「了解了解。あたしの部屋はタルタロス2だよ。早く行こうじゃないか」




 カーレンの部屋はタルタロス2の中央部の居住施設の一つにあった。


「ほら、好きな所に座りな」


 カーレンの部屋はシロガネの予想よりも整頓されていた。壁には銃が幾つか掛けられ、サイズごとに振り分けられた銃弾が入った棚がある。それ以外には解析や統計学などの学術書が収められた本棚が目立った。


 中央に置かれたテーブル席にシロガネが座り、その体面にカーレンがノートを持って座った。


「カーレン、そのノートは?」


「これかい? 紙でメモを取るのがアタシ的には一番頭に入るのさ」


 カーレンが真っ新なノートのページを開き、シロガネへ質問した。


「んじゃ、作戦会議だ。シロガネ、後二組のキョンシーとキョンシー使いはどうする?」


「カーレン、あなたのキョンシーはどうするんですか? ハピリスも前の戦いで壊れてしまった。あなたには今専属のキョンシーが居ない筈だ」


 カーレンは他のキョンシー使いと違って特定のキョンシーを持たない。その都度その都度、組むキョンシーを変えて戦うのが彼女だった。


「候補は居るさ。一先ず無視してくれて良い」


「分かりました。では、あなたの質問に答えます。まず、一組目ですが、カケルとガリレオの組を連れて行きたいと思ってます」


「妥当だね。シカバネ町の地理に詳しいし、清金京香の思考にも詳しい。異論は無いよ。後もう一組は?」


「敵の戦力次第に対応できる組が良いですね」


「と、なると、清金京香、霊幻、リコリス、それに第四課の関口湊斗にコチョウとは最低限戦える奴じゃなきゃダメだね」


 カーレンのペン先がノートを走る。その顔には難しい問題に当たった学者の様な笑みが貼り付いていた。


「……ヨシツネとベンケイが丁度良いと思うんですが、どうでしょう?」


「アタシも同意見だよ。清金京香相手じゃ相性的にどうしようもないけど割る切るしかないさ」


 三組目が決まり、シロガネは頭の中で戦力を数える。最低限の質はこれで担保できそうだった。


「でも、戦力が足りないねぇ。シロガネ、チルドレンはどれくらい使えるんだい?」


 カーレンが頬を吊り上げる。きっと露悪的と言うのだろう。


「……連れて行けるだけ。必要なら前のゴルデッドシティの時の様に加工しても構いません」


「カッカッカ。良いねぇ、シロガネ。なら、お前の家族をどういう風に使い潰すかを決めようじゃないか」


 チルドレン。クロガネの遺伝子から培養されるキョンシー達の総称。低品質でほとんどがPSIにも目覚めていない。


 けれど、クロガネにとって紛れも無い家族の一員だ。壊れてしまえば、母の心は張り裂ける様に痛むだろう。


「ええ、全てはカアサマの為です。カーレン、あなたの意見を聞かせてください。爆弾でも発信機でも、好きな様に僕の家族を改造しましょう」


 シロガネは表情を崩さない。チルドレン達に情もある。けれど、シロガネにとってもチルドレン達にとっても最優先事項はクロガネだった。







「ただいま戻りましたカアサマ」


 シロガネが戻った時、母は眠ったままだった。脳再生用のチューブから薬液を注入する音しか聞こえない。


 クロガネの顔が良く見える位置にシロガネは座る。


 蘇生符を額に貼り、母はピクリとも動かなかった。


「……カアサマ、ボクはあなたに謝らなければいけません」


 母の手を握り、シロガネは額にそれを押し付けた。


「あなたの大切な子供を、ボクが守らなければいけない弟と妹達を、ボクが壊して潰します」


 母はチルドレン達を愛していた。母の遺伝子を使い、実験用に培養した試作体。


 モーバのキョンシー技術はシロガネの弟妹の犠牲の元に成り立っている。


 何度もクロガネはチルドレン達を改造してきた。例えば、前のゴルデッドシティでの一件でも数々のチルドレン達を犠牲にしてフォーシーの破壊という偉業を成し遂げたのだ。


 けれど、チルドレンが一人、また一人と稼働を止める度に、クロガネは悲しみ、静かに涙を流していたのをシロガネは知っている。


「きっと、チルドレンは許してくれるでしょう。むしろ、カアサマの役に立てて本望だと思います」


 間違いない。シロガネは確信している。チルドレンもシロガネと同様に母が執着の一つだった。


 だからと言って、シロガネがこれから犯す罪が消える訳では無い。


「連れて行けるだけのチルドレンを連れて行きます。潰せるだけのチルドレンを潰します。壊せるだけのチルドレンを壊します。きっと、ボクは止まれません」


 その中でも最もクロガネへ執着し、この母の幸せを望んでいるのは自分だとシロガネは自負していた。


 母はもう限界である。寝ている時間が随分と伸びた。起きている時も会話が噛み合わない。


 モーバを救う英雄の一柱だろう。モーバの誰もがクロガネの犠牲に感謝をし、エンバルディアの未来へと眼を潤ませている。


 シロガネは気付いていた。きっと自分というキョンシーにとってエンバルディア等には価値が無いのだ。


 ただ、クロガネがエンバルディアを望んでいて、エンバルディアの先にある家族で過ごす日々を夢見ている。


 それゆえにシロガネはクロガネの為にモーバに尽くすのだ。


 母の手を頭に押し当てる力を強くする。それでも母が起きる事は無い。


 いつもならば、前ならば、シロガネが甘えたい時に優しく撫でてくれた手は動かなかった。


 悲しいとシロガネは感じている。蘇生符が論理的に導いた感情の流れだ。


 その中で来たる戦いに向けた計算がパラレルに動いて行く。


 一体、何体のチルドレンが必要なのか。


 一体、どの様な改造をする必要があるのか。


 一体、どうすれば作戦が成功するのか。


 思考は高速だ。母が産んだキョンシーの中でシロガネは最高傑作。最高傑作たる所以を示さなければならない。


 母の手は暖かい。人間の体温よりは低いけれど、シロガネにはこの暖かさが丁度良かった。


 キョンシーの思考回路は奇跡を否定する。


 だから、シロガネはクロガネが快方に向かう未来が無い事は理解していたし、遠くない内にクロガネの稼働が止まる事も予測できていた。


 だからこそ、論理的に行動しなければならない。


 シロガネの行動理由は母の望みを叶える事。母の望みは家族と幸せに暮らす事。


 そして、その為にはネエサマが必要で、エンバルディアを叶えなければならなかった。


「……ボクがカアサマの夢を叶えますから」


 決意をここに。シロガネはしばらく母の手を額に押し付けたまま動かなかった。

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